悪魔が教会生活を始めるのは何かおかしいだろうか

ああああ

文字の大きさ
上 下
7 / 13
第一章

釣りは男のロマンですから

しおりを挟む

「ん? ドラちゃん何見てるの?」

「お魚さんなの」

 休日の真昼間からテレビとにらめっこをしているサンドラ。
 その画面には群れで泳ぐ綺麗な魚が沢山映っていた。

「魚好きなんだ。確かに結構綺麗だな」

「美味しそうなの」

「そっちかよ!」

 水中でキラキラと光を反射して、何か一つの芸術作品のような模様を作っている魚の群れは、とても美しく思えた。
 しかし、サンドラからすればそんなことはどうでも良かったらしい。
 カエルを見ている蛇のような目で、画面に映る魚たちを見つめていた。

「お魚さんが食べたくなったなの。今の季節はお魚さんなの」

「魚って言ってもなぁ……釣りにでも行くか?」

「釣りですか!」

 サンドラの我儘ともいえる発言によって、真琴は必死に頭を働かせるはめになった。
 その中で半ば冗談のつもりで言った一言。それには魚ではなく、ココが食いついてしまったようだ。

「いや、別に行くと決まったわけじゃ……」

「釣りって最高ですよね! 魚がかかったのはいいものの、どうしていいか分からずにアワアワしている女の子って可愛いですよね。見たいですよね? 真琴さん」

「いや、確かに可愛いかもしれないけど、そういうのを狙ってやってる女の子は好きじゃねえよ――って何言わせるんだよ」

 真琴はサンドラと話していたはずだったが、いつの間にか相手がココに変わってしまっていた。
 何やら細かいこだわりを見せたココだったが、どうやらココも行きたいということだろう。
 誤爆として真琴の考えも晒されてしまい、ココがしょんぼりしていたが、釣りという望み自体は叶いそうだ。

「確か牧野先生が釣竿とか色々持ってたような。それを借りて今度行こうか」

「賛成なの。とても楽しみなの」

「じゃあ、私たちは餌用のゴカイでも捕まえてきますね!」

「そこまでしなくていいよ。普通に買ってくるから」

 釣竿の確保は完了した。
 ココは袖を肩までまくって、綺麗な腕をブンブンと振り回しているが、流石にそこまでさせられない。
 それに、岩場で石をひっくり返したり、砂地を掘ったりしている美少女を想像したくもない。

「サンドラは魚用の餌を食べないでくださいね」

「むぅ、あんな不味いもの食べないなの」

 何やらサンドラから不穏なセリフが聞こえたが、言葉の綾だという事を信じて真琴は聞かなかったフリをしておく。


*****


「いやぁ、遂に来ましたねー」

「待ちに待ったなの」

 ココとサンドラは、潮風に髪をなびかせながら釣竿を担いでいた。
 まるでプロの釣り人のようだったが、実際には初体験である。

「さぁ、釣って釣って釣りまくりますよー! まずはサメでもいっときましょう!」

「フカヒレなの!」

「ここら辺にはいねぇよ」

 有り得ない敵を想定している二人を、慣れたようにツッコミながら、真琴は買った餌を針に付ける。
 真琴は小さい頃こそならしたものだが、高校生になってからは初めてと言ってもいいほどにブランクがあった。

 しかし、ブランクがあったといっても、餌をつけるくらいなら容易い。
 ちょっとゴカイを触る時に躊躇ったくらいである。

「よし、出来た。ほら、これ使え」

「わぁ、ありがとうございます!」

 真琴は餌をつけた釣竿をココに渡す。
 ココはありがたそうにその竿を受け取った。

「なのー」

「あ、ちょっとサンドラ!」

 その先についている餌をサンドラに食べられる前に、ココは海へと針を投げ入れた。
 もう少し遅かったら、恐らくサンドラが釣れていただろう。

「ほら、変な事してないで集中しとけよ。魚との真剣勝負だからな」

「あ、こら、サンドラ! 海の中潜ろうとしないでください! 魚が逃げちゃうじゃないですか!」

「……待つ時間が暇なの」

 魚との真剣勝負――持久戦となるが、魚に飢えているサンドラは我慢できなかったようで、素潜りで捕まえようとして、飛び込む寸前だった。

 何とかココの注意によってサンドラは踏みとどまる。
 危うく釣りからモリ漁になるところであった。

「待つ時間も釣りの醍醐味ですよ、サンドラ」

「むぅ……分かったなの」

 サンドラも流石に観念したようで、今は真琴のそばで体操座りをしている。
 ココの竿に魚がかかるまで、ちょっとした食欲にも耐えながら海にゴカイを撒き、それを食べる魚をじっと眺めていた。

「海に来たのって久しぶりだな」

「……まことはお魚さん好きなの?」

「結構好きだよ。実はアクアリウムに憧れてるんだよね」

「うーん、子どもには分からないなの」


「――真琴さん! サンドラ! 釣れましたよ、しかも三匹同時!」

 真琴とサンドラがたわいのない会話をしていると、突如ココからの報告が耳に入る。
 そこには、一本釣りのように勢いよく陸へと釣り上げられた小魚が三匹いた。
 三匹どれも元気がよく、ピチピチと体についた少量の水を飛ばしながら暴れている。

「よし! やったな!」

 真琴は急いで魚を針から外し、用意したバケツの中に移動させた。
 小さすぎて食べる所はないだろうが、少しの時間だけバケツの中にいてもらう。近くで魚を見れるようになったことによって、サンドラの退屈しのぎにもなるだろう。

「ちょっと僕にもやらせてくれないか?」

「勿論ですよ! ささ、こちらにどうぞ」

 形だけでも魚を釣り上げた事をきっかけに、真琴の男としての心に火が灯る。
 ココから釣竿を受け取り、手際よく餌を付けると、昔の感覚を取り戻しながら遠くへと飛ばした。

「流石真琴さんですね! よっ、釣り名人!」

「おいおい、まだまだこっからだぞ」

 普段はココに持て囃されると嫌そうな顔をする真琴だったが、今回はその例外だ。
 真琴は、いつもだと考えられないほど上機嫌になっていた。
 こうなった真琴は、血が騒いだ一匹の男である。

「きたきたきたきた」

「瞬殺ですね! 真琴さん!」

 そんな真琴のテンションに応えるように、魚もココの時とは比べ物にならないほど早く食いついた。
 ココも真琴の腰にしがみついて、キャッキャと盛り上がっている。

 真琴は豪快にリールを巻きながら、海から一匹を釣り上げた。

「カサゴか。まあいいだろ」

「思い出の一匹ですね」

 釣れたのは、そこそこの大きさを誇るカサゴだった。
 真琴の予想していたのとは、ちょっと違う獲物だったが、ココの言ったように思い出の一匹ということで納得しておく。


「あれ? バケツの中の魚が二匹になってるけど、ドラちゃん知らない?」

「……知らないなの」

 真琴たちがカサゴをバケツの中に入れようとすると、何やら異変に気付く。
 三匹いたはずの魚が二匹になっていたのだ。つまり一匹いなくなっていた。

 数を数え間違えるはずはないので、一匹が謎の失踪をしたということになる。

「まぁいいか。元々逃がす予定だったし」

「逃がすなの!? ……じゃあ貰っても構わないなの?」

「う、うん……? 別にいいけど」

 真琴は、サンドラが間違えて逃がしてしまったのかと考え、慰める目的で逃がす予定だったという旨を伝える。
 しかし、サンドラの反応というのは予想外なもので、何やらショックを受けているような印象だった。

 そこで少し考えて、貰えることを確認すると、何とか機嫌を取り戻したようで、小さくガッツポーズをしていた。

 真琴ではサンドラの心情を読み取ることは出来なかったが、あまり考えすぎても良いことはなさそうなので思考を停止させる。

「さ、気にせず次いきましょ、海が私たちを待ってますよ」

「お、おう」


 ココの言葉によって真琴は釣りへと戻る。
 こういった時のサンドラは、一人にしておいた方が安全だ。


 その後も流れに乗った真琴たちは、入れ食いフィーバーに入り、これでもかというほどの小魚が釣れた。

 残念ながら食べれるほどのサイズではなかったが、サンドラが喜んでいたため結果オーライだ。

「あれ? 釣った魚たちは?」

「秘密なの」

 釣った魚がどんどん消えていくという謎の事件が起きたが、そんなことはどうでも良くなるくらい充実した一日になった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~ その後

菱沼あゆ
キャラ文芸
咲子と行正、その後のお話です(⌒▽⌒)

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

私の日常はバイクと共に

木乃十平
キャラ文芸
父の形見であるバイクで旅をしていた綾乃は、その道中に出会った家出少女、千紗と出会う。母の再婚を機に変化した生活が息苦しくなり、家を出ることにした千紗。そんな二人の新しい日常は新鮮で楽しいものだった。綾乃は妹の様に千紗を想っていたが、ある事をきっかけに千紗へ抱く感情に変化が。そして千紗も、日々を過ごす中で気持ちにある変化が起きて……?

処理中です...