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第一章
釣りは男のロマンですから
しおりを挟む「ん? ドラちゃん何見てるの?」
「お魚さんなの」
休日の真昼間からテレビとにらめっこをしているサンドラ。
その画面には群れで泳ぐ綺麗な魚が沢山映っていた。
「魚好きなんだ。確かに結構綺麗だな」
「美味しそうなの」
「そっちかよ!」
水中でキラキラと光を反射して、何か一つの芸術作品のような模様を作っている魚の群れは、とても美しく思えた。
しかし、サンドラからすればそんなことはどうでも良かったらしい。
カエルを見ている蛇のような目で、画面に映る魚たちを見つめていた。
「お魚さんが食べたくなったなの。今の季節はお魚さんなの」
「魚って言ってもなぁ……釣りにでも行くか?」
「釣りですか!」
サンドラの我儘ともいえる発言によって、真琴は必死に頭を働かせるはめになった。
その中で半ば冗談のつもりで言った一言。それには魚ではなく、ココが食いついてしまったようだ。
「いや、別に行くと決まったわけじゃ……」
「釣りって最高ですよね! 魚がかかったのはいいものの、どうしていいか分からずにアワアワしている女の子って可愛いですよね。見たいですよね? 真琴さん」
「いや、確かに可愛いかもしれないけど、そういうのを狙ってやってる女の子は好きじゃねえよ――って何言わせるんだよ」
真琴はサンドラと話していたはずだったが、いつの間にか相手がココに変わってしまっていた。
何やら細かいこだわりを見せたココだったが、どうやらココも行きたいということだろう。
誤爆として真琴の考えも晒されてしまい、ココがしょんぼりしていたが、釣りという望み自体は叶いそうだ。
「確か牧野先生が釣竿とか色々持ってたような。それを借りて今度行こうか」
「賛成なの。とても楽しみなの」
「じゃあ、私たちは餌用のゴカイでも捕まえてきますね!」
「そこまでしなくていいよ。普通に買ってくるから」
釣竿の確保は完了した。
ココは袖を肩までまくって、綺麗な腕をブンブンと振り回しているが、流石にそこまでさせられない。
それに、岩場で石をひっくり返したり、砂地を掘ったりしている美少女を想像したくもない。
「サンドラは魚用の餌を食べないでくださいね」
「むぅ、あんな不味いもの食べないなの」
何やらサンドラから不穏なセリフが聞こえたが、言葉の綾だという事を信じて真琴は聞かなかったフリをしておく。
*****
「いやぁ、遂に来ましたねー」
「待ちに待ったなの」
ココとサンドラは、潮風に髪をなびかせながら釣竿を担いでいた。
まるでプロの釣り人のようだったが、実際には初体験である。
「さぁ、釣って釣って釣りまくりますよー! まずはサメでもいっときましょう!」
「フカヒレなの!」
「ここら辺にはいねぇよ」
有り得ない敵を想定している二人を、慣れたようにツッコミながら、真琴は買った餌を針に付ける。
真琴は小さい頃こそならしたものだが、高校生になってからは初めてと言ってもいいほどにブランクがあった。
しかし、ブランクがあったといっても、餌をつけるくらいなら容易い。
ちょっとゴカイを触る時に躊躇ったくらいである。
「よし、出来た。ほら、これ使え」
「わぁ、ありがとうございます!」
真琴は餌をつけた釣竿をココに渡す。
ココはありがたそうにその竿を受け取った。
「なのー」
「あ、ちょっとサンドラ!」
その先についている餌をサンドラに食べられる前に、ココは海へと針を投げ入れた。
もう少し遅かったら、恐らくサンドラが釣れていただろう。
「ほら、変な事してないで集中しとけよ。魚との真剣勝負だからな」
「あ、こら、サンドラ! 海の中潜ろうとしないでください! 魚が逃げちゃうじゃないですか!」
「……待つ時間が暇なの」
魚との真剣勝負――持久戦となるが、魚に飢えているサンドラは我慢できなかったようで、素潜りで捕まえようとして、飛び込む寸前だった。
何とかココの注意によってサンドラは踏みとどまる。
危うく釣りからモリ漁になるところであった。
「待つ時間も釣りの醍醐味ですよ、サンドラ」
「むぅ……分かったなの」
サンドラも流石に観念したようで、今は真琴のそばで体操座りをしている。
ココの竿に魚がかかるまで、ちょっとした食欲にも耐えながら海にゴカイを撒き、それを食べる魚をじっと眺めていた。
「海に来たのって久しぶりだな」
「……まことはお魚さん好きなの?」
「結構好きだよ。実はアクアリウムに憧れてるんだよね」
「うーん、子どもには分からないなの」
「――真琴さん! サンドラ! 釣れましたよ、しかも三匹同時!」
真琴とサンドラがたわいのない会話をしていると、突如ココからの報告が耳に入る。
そこには、一本釣りのように勢いよく陸へと釣り上げられた小魚が三匹いた。
三匹どれも元気がよく、ピチピチと体についた少量の水を飛ばしながら暴れている。
「よし! やったな!」
真琴は急いで魚を針から外し、用意したバケツの中に移動させた。
小さすぎて食べる所はないだろうが、少しの時間だけバケツの中にいてもらう。近くで魚を見れるようになったことによって、サンドラの退屈しのぎにもなるだろう。
「ちょっと僕にもやらせてくれないか?」
「勿論ですよ! ささ、こちらにどうぞ」
形だけでも魚を釣り上げた事をきっかけに、真琴の男としての心に火が灯る。
ココから釣竿を受け取り、手際よく餌を付けると、昔の感覚を取り戻しながら遠くへと飛ばした。
「流石真琴さんですね! よっ、釣り名人!」
「おいおい、まだまだこっからだぞ」
普段はココに持て囃されると嫌そうな顔をする真琴だったが、今回はその例外だ。
真琴は、いつもだと考えられないほど上機嫌になっていた。
こうなった真琴は、血が騒いだ一匹の男である。
「きたきたきたきた」
「瞬殺ですね! 真琴さん!」
そんな真琴のテンションに応えるように、魚もココの時とは比べ物にならないほど早く食いついた。
ココも真琴の腰にしがみついて、キャッキャと盛り上がっている。
真琴は豪快にリールを巻きながら、海から一匹を釣り上げた。
「カサゴか。まあいいだろ」
「思い出の一匹ですね」
釣れたのは、そこそこの大きさを誇るカサゴだった。
真琴の予想していたのとは、ちょっと違う獲物だったが、ココの言ったように思い出の一匹ということで納得しておく。
「あれ? バケツの中の魚が二匹になってるけど、ドラちゃん知らない?」
「……知らないなの」
真琴たちがカサゴをバケツの中に入れようとすると、何やら異変に気付く。
三匹いたはずの魚が二匹になっていたのだ。つまり一匹いなくなっていた。
数を数え間違えるはずはないので、一匹が謎の失踪をしたということになる。
「まぁいいか。元々逃がす予定だったし」
「逃がすなの!? ……じゃあ貰っても構わないなの?」
「う、うん……? 別にいいけど」
真琴は、サンドラが間違えて逃がしてしまったのかと考え、慰める目的で逃がす予定だったという旨を伝える。
しかし、サンドラの反応というのは予想外なもので、何やらショックを受けているような印象だった。
そこで少し考えて、貰えることを確認すると、何とか機嫌を取り戻したようで、小さくガッツポーズをしていた。
真琴ではサンドラの心情を読み取ることは出来なかったが、あまり考えすぎても良いことはなさそうなので思考を停止させる。
「さ、気にせず次いきましょ、海が私たちを待ってますよ」
「お、おう」
ココの言葉によって真琴は釣りへと戻る。
こういった時のサンドラは、一人にしておいた方が安全だ。
その後も流れに乗った真琴たちは、入れ食いフィーバーに入り、これでもかというほどの小魚が釣れた。
残念ながら食べれるほどのサイズではなかったが、サンドラが喜んでいたため結果オーライだ。
「あれ? 釣った魚たちは?」
「秘密なの」
釣った魚がどんどん消えていくという謎の事件が起きたが、そんなことはどうでも良くなるくらい充実した一日になった。
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