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第一章
日曜日は教会に行きましょう
しおりを挟む「まっことさーん! 朝ですよ朝! うわぁ、すごい朝!」
「……うるさいなぁ。まだ八時じゃないか」
今日でココとサンドラが人間界に来てから、約一週間となる。
加減を知らない二人の教育に費やされた真琴の労力は計り知れないが、ココは真琴を休ませる気はないらしい。
「今日は日曜日ですよ!? 今日遊ばないといつ遊ぶんですか! 寝てる暇はありませんよ!」
ココはそう言うと、真琴の全身を覆っていた布団を、テーブルクロス引きの要領で一瞬にして抜き取った。
刹那、真琴の周りにあった熱が空気中に散らばり、一気に眠気も吹き飛ぶ。
どうにかして布団を取り戻そうとしたが、時すでに遅し。
布団は完全にココの手に渡っていた。
こうなってしまってはもう起きるしかない。
「おはようございます、真琴さん! 今日はいい天気ですよ! どうします? お花見でもしちゃいます?」
「まだ桜は咲いてねえよ。……顔洗ってくる」
朝から妙にハイテンションなココを今度は上手く躱しながら、真琴は朝のルーティンを実行する。
十秒ほどかけて顔を洗ったあとには、半開きだった目が完全に開き、まともに思考が出来るまでには覚醒した。
「おはよう、ドラちゃん」
「おはようなの、まこと」
朝食を食べるためにリビングへ行くと、そこには朝の特撮ヒーロー番組に夢中になっているサンドラの姿があった。
真琴も子どもの頃はヒーローに憧れていたが、年齢を重ねる度に、その憧れは薄れてしまう。
純粋にヒーローに目を輝かせているサンドラが、少しだけ羨ましくもあった。
「懐かしいなぁ。ヒーロー好きなんだ」
「うん。でも私にとって一番のヒーローはまことなの」
聞かなきゃ良かった――真琴はそう思った。
どこに地雷があるか分からないが、今回は簡単に踏み抜いてしまったらしい。
「あ、ありがとう、ドラちゃん……さて、朝ご飯でも食べようかなー」
真琴は慣れたように話題を切り替える。
こういった場合は、当たり前だが引き伸ばすより、すぐに切り替える方が得策だ。
話題すり替えの技術も、この一週間で随分と身についた。
一回、二連続で地雷を踏み抜いたことがあったが、それすらも真琴の成長材料になってくれている。
「あ、朝ご飯は今から作りますので、サンドラと遊んでてください」
逃れることは出来なかった。
というか、貼り付けられてしまった。
サンドラも隣の床をポンポンと叩いて合図している。
遠慮せずこっち来いよ――とでも言いたげだ。
「分かったよ……」
真琴はサンドラの合図した位置――そこにゆっくりと座り込む。
サンドラが座っている所にはクッションか敷いてあるが、真琴の所は完全に地べたである。安物のカーペットの硬い感触が、直でお尻に伝わってきた。
「…………」
更にそこを追撃するかのように、サンドラが自分のクッション席を捨て、何故か胡座をかいている真琴の足へ潜り込んできた。
小さいサンドラの体は、真琴の足の中にスッポリと収まる。
そして、しっくりくる態勢を探し当てると、背中の体重を真琴の胸板辺りに預けてもたれかかった。
「……ぐっ……」
しかし、サンドラは心地いいかもしれないが、真琴からしたら地獄の時間である。
というのも、胡座の上にサンドラが乗っかっているため、真琴の足が悲鳴を上げているのだ。
最初は特に何も感じなかったが、時間が経つにつれて段々と苦しくなってくる。
遂には足の感覚すら無くなってきた。
「……ぐぐ……」
それでもサンドラを下ろす気はない。
ここで下ろしてしまっては、サンドラを傷つけるかもしれないし、何よりも男としてかっこ悪い。
かなり遠い将来の話になるが、もし自分に子どもができた時、折角来てくれた子を足が痛いからどいて――などと断ったとしたら男として失格だろう。
ここは男としての試練。
女性で言うところの花嫁修業と考えて、必死にこの時間を耐えるのみだ。
何故かサンドラがぐりぐりと体重移動を始めたが、歯を食いしばって取り戻した痛みにも耐える。
せめてココが来るまでは――と、自分でも驚きの粘りを見せた。
「お待たせしまし――ってあれ? サイヤ人編で悟空を待っている時のクリリンのような顔をしてどうしたんですか?」
「イマイチ分かりにくいような比喩はしなくていい」
「じゃあ、そろばん責めをされている時のような顔をされていますが、どうしたんですか?」
「もう比喩はどうでもいいよ!」
危機的状況である真琴からしたら、ココのゆっくりとした態度に腹が立ったが、ここは落ち着いて不自然でないように戦況を変える。
「よし、ドラちゃん。朝ご飯にしよう」
「……ん、分かったなの」
そう言うと、サンドラはスッと真琴席から立ち上がった。
同時に真琴は、本当の自由というものを理解する。
ココに影響された訳ではないが、界王星から地球に戻った時の悟空というのがピッタリの表現だろう。
「サンドラ、楽しかったですか?」
「うん。まことは座り心地も素晴らしいなの」
「羨ましいですねぇ。今度私も体験してみます」
何やら二人から不穏な会話が聞こえたが、真琴はあえて聞こえなかったフリをしておいた。全てはその時の自分が何とかするはずだ。
****
「ごちそうさま。……やっぱり朝から肉は重いなぁ」
ココによって用意された朝食は、鶏の足をそのままもぎ取ったかのような、超ビッグサイズのフライドチキンだった。
もちろん比較的少食の真琴が、朝からこれ程のものを食べ切れるはずもなく、四分の一ほどでギブアップしてしまう。
「……そんな信じられないものを見るような目で僕を見るな。僕からしたらお前らの方が異常だ」
「……貰ってもいい……なの?」
隣で一本目を完食したサンドラが、すぐさま返事を聞く前に二本目(真琴の分)を手にする。
骨すらもバリボリと噛み砕くその様子は、サンドラには悪いが、エイリアンの捕食だと錯覚するほどだ。
思春期真っ只中の真琴は、一応間接キスだと気にしていたが、今のサンドラを見ていると、そんな事を気にしていた自分が馬鹿みたいに感じた。
「そういえば、これから真琴さんは私たちと遊んだ後にどうされるんですか?」
「お前らと遊ぶことを確定事項にするんじゃねえ。用事があるから外に行くよ」
「私も行きたい……なの」
三人は食休み中、会話は突然行われる。
それは予定を聞くものだったが、真琴としては思わぬ誤算を呼んでしまった。
一緒に行くと言い出したのはサンドラだ。
それを聞くとココも便乗するように名乗りを上げる。
この悪魔二人が外に出ることは、特に何の問題もないことだとこの一週間で実証されていた。
むしろ、真琴よりもコミュニケーション能力があるということが判明してしまったほどだ。
近所の人にも、ココとサンドラは可愛らしい子として認知されている。
つまり、そういった所に問題はないのだが、今回は場所が問題だ。
「僕は今から教会に行くんだけど、それでもついてくるのか?」
真琴が行こうとしている場所は教会である。
悪魔である二人が教会という神聖な場所に入ると、どのような現象が起こるか想像もつかない。
そもそも入れないのであろうか、それとも入った瞬間に消滅してしまうのであろうか。どう考えてもあまりいい結果は浮かばない。
「なーんだ、それで心配されてたんですね。全然問題ありませんよ、それに少し興味もありましたし」
「……え? 大丈夫なのか? それに興味があるって、悪魔的にもよろしいものなのか」
「はい、昔から興味はありましたね。ほら、私たちって信仰されたことはあるけど、信仰したことって無いんですよね。だからどんなものなのかなーって」
ココから、特に問題はない――と軽く答えが返ってきた。
それならそれでいいし、ココとしても興味があったようだ。
こういう悪魔ならではの視点も面白い。
二人としても真琴としても、いい体験になるだろう。
「よし、じゃあ行くか。遅れたらアイツに怒られるからな」
とりあえず一安心した真琴は、仲間であるクラスメイトの顔を思い浮かべながら、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
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