悪魔が教会生活を始めるのは何かおかしいだろうか

ああああ

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第一章

夢だと思ったら現実だった件

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 朝。
 真琴は目を覚ますと、昨日何が起こったのかを必死に思い出しながら、辺りを見渡す。
 そこには今までと何一つ変わっていない光景が広がっており、真琴に安心感を与えてくれた。
 昨日の血まみれだった女の子たちの姿はなく、そもそも血の一滴すら落ちていない。

「なんだよ、やっぱり夢じゃないか」

 寝ぼけていた脳も段々と感覚を取り戻し、真琴は自分の馬鹿げた妄想に呆れていた。
 妙にリアリティのある夢であったが、考えてみたらよくある事だ。

 真琴はいつも通り時間を確認し、まだまだ登校まで余裕がある事を知ると、少し早めの朝食を取るため台所へと向かう。
 たまにはこういった日があってもいいだろう――そんな、いつもとは違う道を通る時のような、高揚感にも似た気持ちになる。

「あ、おっはようございまーす! ご飯にします? それともお風呂にします?」

「それは朝じゃなくて夜の選択肢だろ。どう考えてもご飯だよ」

「……私もご飯にするなの」

「わっかりましたぁ! ドラゴンのステーキですよぉ!」

「食わねえよ! てかお前ら誰だよ!」

 真琴が向かった台所には、既に二人が待ち構えており、朝食を作っている最中だった。
 真琴のツッコミを物ともせず、座っていた小学生くらいの女の子は、皿からはみ出すくらい馬鹿げたサイズのステーキを完食した。
 一口で、だ。

「んもう、誰って私ですよ、ワタシ」

「そんなオレオレ詐欺のような方法で騙せるか!」

「……じゃあ本当に忘れちゃったんですか? 昨日助けてもらったじゃないですか」

「……え?」

 真琴は警察を呼ぼうとしてスマホにかかった手を止める。
 昨日――と彼女は言った。
 昨日の出来事が夢ならば、知っているのは真琴だけのはず。勿論、他に夢のことを話した人物などいるはずもない。
 真琴は一つの真実に辿り着く。

「夢じゃなかったのか……?」

「夢……ですか? 何のことか分かりませんが、昨日私たちが助けてもらったのは、紛れもない事実ですよ」

 最後の望みをかけて呟いた一言は、またもや彼女の手によって否定される。
 じわじわと昨日の正確な記憶が蘇ってきた。

 何故か真琴の家にいるこの女の子たち、昨日は血に染まっていていたが、そう言われるとそっくりだ。
 そして、昨日はパニックで確認する事が出来なかったが、もう一度ゆっくり見てみると、まるで芸術品かのように美しい。


「お、おい、どうした!」

 彼女たちは唐突に、祈るように手を組んで真琴の前に跪く。
 真琴の人生の中でこのような経験はない。故にこの状況でどうしてよいのか分からず、ただ慌てることしか出来なかった。

「本当に私たちを助けていただき、ありがとうございました。あなたは私たちの救い主です」

「す、救い主!? 大袈裟だって!」

「ううん、あなたがいなければ私たちは死んでいたなの。つまり私たちからすれば、あなたは命の恩人。どうか受け取ってほしいなの」

 彼女たちは真琴の返事を待つ。
 真琴としては、彼女たちの命を助けてやったという実感はない。ただ冷蔵庫の中の肉をあげただけで、回復したのは彼女たち自身だ。
 それにクリスチャンの端くれとしても、自分が救い主と呼ばれるのは、何かムズムズするようなものがある。

 しかし、彼女たちの様子を見ると、本当に感謝してくれているようだ。
 仕方なく、建前として言っているというような気配は一切ない。

「……分かった。お前たちの気持ちは受け取らせてもらう。だがその前に、お前たちが何者なのかだけ聞かせてもらっていいか?」

 真琴としては、彼女たちの感謝を受け取ることに、何のデメリットもない。即ち断る理由がなかった。
 有意義に使われたということで、あの肉たちも喜んでいるだろう。

 しかし、そんな事の前に、どうしても確認しておきたい事があった。
 あの血まみれの状態から一晩で、肉を食っただけで回復したこの二人は何者なのか。
 これを聞かずには、夜も眠る事が出来ない。

「私たちは悪魔です」

「…………信じるしかないよなぁ」

 今までの真琴なら、こんな答えをされたら鼻で笑っていたはずだ。
 しかし、昨日のようなものを目の前で見せられたら、信じざるを得ない。
 テレビカメラを持った大勢の人間が、ドッキリ大成功の看板を持って登場するのを期待したが、やはりそのような人間はいないらしい。

「私はヴィルヴァラン・ココといいます。こっちの小さい方は、妹のヴィルヴァラン・サンドラです」

「ドラちゃんって呼んでほしいなの」

「お、おう。よろしく。ココに……ドラちゃん」

 現状を受け止めた真琴は、二人の名前を知ることになる。
 悪魔らしい(偏見だが)難しそうな名前で、予想を裏切らないものだ。
 ドラちゃん――という呼び方に、少し気恥ずかしくもなるが最初だけだろう。

「僕は黒江真琴……ってあれ? お前らはこれからどうするんだ? 魔界……とかに帰るのか?」

 真琴は自己紹介の途中――聞いておきたいことを思いついたので、早めに切り上げるようにして質問した。
 悪魔ということは、勿論二人が元々いた世界があるはずだ。
 この後はそこに帰ってしまうのだろうか。

「いえ、このまま人間界に留まるつもりです。ですので、これからはお世話になりますが、よろしくお願いします!」

「へぇ、そうなのか――っておいおいおいおい。お世話になりますってまさか……」

「三人は仲良く暮らしました……なの。めでたしめでたし」

「やっぱりか!」

 どうやら、ココもサンドラも人間界にまだいるらしい。
 真琴としては、人間界に悪魔がいることを黙っておく事が良い事かは分からないが、危害を加えないのなら問題ないという考えだ。

 しかし、人間界に住むのならば住処というのが問題になってくる。
 身元不明なため、アパートを借りることも難しいだろう。
 真琴は少し心配になったが、二人は思いもよらない方法でその問題を解決する。

「いや、無理無理! 一人暮らしでも精一杯なんだから!」

「そんな事言わないでください! 真琴さんなら大丈夫です! どうか見捨てないでください!」

 真琴の生活は一人だとしても精一杯だ。そんな中で二人も増えてしまっては、かなり厳しい毎日を強いられる事になる。
 だが、それを伝えてもココが引く様子はない。
 逆に真琴の足元へしがみつくようにして、懇願、励まし、懇願と全く手を緩めなかった。

「…………ぐっ」

 勿論ただの高校生である真琴に、この連撃を耐えることはできない。
 元々真琴は押しに弱いタイプだ。つまり最初からココと真琴の間で勝負はついていた。

「……分かったから、勘弁してくれ」

「ありがとうございます! さっすが真琴さんですね! 助けてくれたのが真琴さんだったのを、神に感謝しています! あ、勿論真琴さんにはもっと感謝してますよ」

「急に饒舌になるな。変なことしでかしたら追い出すからな」

 真琴の一押しに少しビクッとしながらも、ココはグッと親指を立てる。
 更に心配が増すような仕草だったが、これ以上突っ込む気は真琴には無い。

「って、時間見てなかった! そろそろ出ないと」

 そうこうしているうちに、登校の時間は差し迫っていた。時間の流れは速いもので、不意に時計へと目を向けなければ、気付いてすらいなかっただろう。
 どうやら朝ご飯は我慢するしかないようだ。

「と、とりあえず帰ったら色々話す。大丈夫だと思うが、変なことするなよ」

「了解です!」

「分かったなの」

 玄関を出る直前、真琴の捨て台詞のようなものに、ココとサンドラは敬礼で返事をする。
 真琴の中に、本当に大丈夫か――という疑念が生まれたが、時間の関係上信じるしかない。

 こうして真琴のいつもとは違う、一日が始まったのだった。
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