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第零章 恐怖の襲撃者

最終兵器起動準備

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「……エマも敗北したか。このままでは不味い」

 ここはディストピアの中でも、トップクラスで手入れが行われている部屋。即ちアルフスの部屋である。
 特に広いわけでもなく、目を見張るような装飾などは無いが、埃一つなく普段からの、手入れへの力の注ぎ具合が見て取れる部屋であった。
 勿論、部屋の手入れをしているのは、部屋の主であるアルフスではない。
 城内の雑用や、清掃を任されている、メイド人形たちの努力の賜物である。

 しかし、そのメイド人形たちはこの部屋には居ない。
 普段ならアルフスの為にいつでも奉仕できるよう、傍で待機しているはずである。
 現在メイドたちは、危険なため地下に避難させている。勿論メイドたちからは、一緒に居たいとの声が沢山あったが、何とかアルフスが押し切る形で避難させることになった。

 なので部屋の中には、大きな水晶に手をかざし、戦況を確認しているアルフスの姿があるだけである。

「失礼致します。アルフス様」

 扉の外から下僕の声が聞こえてくる。
 その声はアルフスからすると、かなり久しぶりに聞く声だった。
 扉が丁寧にノックされ、アルフスの「入れ」という声ともに開かれる。
 扉の先には、純白の鎧に身を包んだ最上位天使セラフィムの姿があった。

「シエルか。お前が無断で出歩くとは、余程のことだな」

「余程のことでございます。外出の件に関しましてはご容赦ください」

 シエルと呼ばれた天使は、片膝をつき、謝罪の言葉を口にする。
 大魔王に仕える最高位天使セラフィムとは、なかなか奇妙な図であったが、二人とも特に気にする様子もない。

「分かった。聞くまでもないと思うが、何をしに来たか教えてくれ」

「はっ。襲撃者の件でございます」

「やはりか……私が見る限り、レフィカルはともかく、ベルンでも厳しいだろうな」

 アルフスは、襲撃者の強さを鑑みて、正直な意見を口にする。
 シエルも特に驚いた様子はない。アルフスからしたら、少し否定してもらいたい気持ちもあったが、恐らく意見は同じということだろう。

「どうやら私の出番も回ってくるであろうな。ベルンが倒されたら私が戦うとしよ――」

「なりません!」

 アルフスが言い終わる前に、シエルの言葉がそれを遮った。

「アルフス様と襲撃者が戦った場合、恐らく勝率は五分五分。かなり危険でございます」

「しかし、私が戦わなくては誰が戦うというのだ。お前はアビスの監視で、これ以上動けないだろう?」

 シエルを諭すように話すアルフスだったが、シエルの返答はアルフスの予想もつかないこたえだった。

「アビスを起動しましょう」

「……馬鹿を言うな。あれは失敗作だ」

「しかし、それではアルフス様が危険な目にあわれてしまいます。」

「アビスを起動する方が危険だと思うがな」

 そう言うと、アルフスは戦闘用の装備に身を包み、アンドレとの戦闘に備えようとする。
 しかし、シエルは部屋を出ようとするアルフスの前に立ちはだかった。

「どうしても戦いに行くと言うのなら、私を倒してからにしていただきます」

「……本気か?」

「はい」

 シエルが答えると、アルフスの肩に入っていた力が急に抜けた気がした。
 その雰囲気からは、怒りの感情も、戸惑いの感情も一切感じられない。

「フハハハハ! それは無理な話だな! 私がお前に勝てるはずがないだろう」

 アルフスは突然、破れるように笑った。
 シエルは少し恥ずかしそうに俯く。

「忠言に耳を傾けていただき感謝します」

「かまわん。お前がそこまで言うとは――そうだな……稀有なことだからな」

 アルフスはシエルの肩を叩き、とても愉快そうな顔つきである。
 どうやら、熱心に屈託してくれる下僕に心を打たれたようだ。

「アビスの起動だが、どれくらい時間がかかる?」

「十分程でございます。それまではレフィカルと、ベルンに時間を稼いで貰えるでしょう」

「うむ。一応レフィカルとベルンに話を付けておこう」

 アルフスは伝達魔法テレパシーを使い、レフィカルとラピスに連絡を図る。

「レフィカルそしてベルンよ。聞こえるか?」

「「何でしょうアルフス様!」」

 レフィカルとベルンから、一秒のラグもなく返答が返ってくる。
 まるで、連絡が来るのを待っていたかのようだった。

「襲撃者の件だが、今からお前たちの元へ来るはずだ。お前たちには、どうか時間を稼いで貰いたい」

「時間を稼ぐどころかアタシが倒しちゃいますよ! アルフス様!」

「ベルン……アルフス様が仰られているんだ、何か理由があるはずだよ。私たちが口を出すべきではない」

「まあ落ち着け。言うまでもないが襲撃者は強い。もし戦ったなら、レフィカルはもちろんベルンでも厳しいだろう――なのでアビスを起動するために十分ほど時間を稼いで欲しいのだ」

「かしこまりました! 十分くらいなら余裕だと思います!」

「アルフス様、時間を稼ぐことのみに集中するのであれば、一人で戦うより二人で戦った方が得策かと思われます」

「そうだな。その辺はお前たちに任せよう」

「了解致しました。では後ほど」

 一通りの連絡を終わる。
 アルフスとシエルは、下僕が稼いでくれる時間を無駄にしまいと、急いでアビスの元へと向かおうとした。

瞬間移動テレポート

 シエルがテレポートの魔法を唱えた直後、もう二人の姿は部屋の中にはなかった。

****

「久しぶりね、レフィカル」

「やあ、ベルン。元気そうじゃないか。今日はどっちだい?」

 時間稼ぎのため、連れたって行動することになった二人は、八階の元々レフィカルがいた場所に集まるようにした。
 レフィカルは悪魔らしい服装に身を包み、ベルンのメドゥーサの象徴でもある蛇は、まだ引っ込ませてある。

「大丈夫だよ。襲撃者ってかなり強いらしいね。アタシでも厳しいって想像つかないや」

「あまり想像したいものでもないね。だけど我々の目的は襲撃者の足止めだ。それ以外特に考える必要は無いよ」

 二人は、久しぶりに会ったからか、つい会話が弾んでしまう。
 同じディストピアの下僕――同じ冥府の八柱と言えど、実際に会うことは少ないのだ。

 そこにタイミングが良いのか悪いのか、巨大な音が響き渡った。

「おや、今度は二人いるのか。これで八柱は揃ったということだな」

 扉を強引に開け、アンドレが部屋の中へと入ってきた。その様子からエマとの戦いで受けた傷は、もう殆ど回復していることがわかる。
 弱っている所を狙う作戦は、どうやら使えないらしい。
 レフィカルとベルンは、褌を締め直し戦闘態勢に入る。

「戦い方忘れてないでしょうね」

「心配ないよ――さあ行こうか」

 レフィカルは背中から翼を生やし、鋭利な爪が姿を現す。
 ラピスは長い髪から、蛇の頭が何匹分か現れ、牙を剥き出しにして今にも襲いかかろうとしていた。

「面白い、二人まとめてかかってこい!」

 アンドレのその一言で、戦いの火蓋は切って落とされた。
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