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まだ先輩は私に気がついていない。――それだけが救いだ。
もしこれが、先輩が私に仕掛けたドッキリだとでも言うのなら、もうすでに大成功だ。悪ふざけはやめて早くネタバラシをしてほしい。
だがそれはほとんど確実にあり得ないだろう。
まず一つに、先輩はそんなキャラではない。無口だが、時折私を助けてくれる頼りがいのある先輩で、仕事中眠ることに関してだけは非常に厳しいが、今のようにおちゃらけるような人じゃない。そして二つの目の理由は至極簡単なことだ。やはり、先輩の脈は止まっていた。
「……とにかく、見つかったらまずい気がする」
死んでいたのに動いたとなれば、それはあれだろう。キョンシーとか、ゾンビとか、いわゆるそういうやつだ。キョンシーなら殺しにかかってくるだろうし、ゾンビなら噛まれたら私もゾンビになってしまう。
いずれにせよ、彼がどうしてあんな状態になったのかが分かるまでは、見つかってしまうわけにもいかないというわけだ。
さいわい、研究室のカギは持っている。キョンシーの方なら、ドアを突き破って出てくるかもしれないが、そもそも霊幻道士がいないこの世界じゃつみに近い。ゾンビの方であることにかけるしかない。
先輩に感づかれないように、私は静かにドアを閉め、そのまま出来る限り音を立てないようにカギを閉めた。
いずれは出てきてしまうだろうが、少しは時間稼ぎも出来たことだろう。
思ったよりも冷静に対処できている自分に驚く。
「さて、これからどうするかだけど……」
確か他の研究室にも何人か残業しているものがいたはずだ。あまり話したことがないが致し方ない。状況が状況だしね。
と言っても、今日残業申請を出したのは私たちのラボと、もう一つのラボ『幽霊研究室』だ。頼れる人がいるとは思えない……この状況なら頼れるかもしれない。キョンシーもゾンビも幽霊みたいなものだし、それに準ずる何かだとしても、幽霊研究家の方が科学的研究をしている私よりかは十分頼りになるはずだ。
そうとなれば、早めにこんな場所からは去ってしまおう。これ以上、あれのそばには居たくないしね。
音をたてないようにゆっくりと立ち上がり、すり足で廊下を進む。
確か幽霊研究室は丁度、私のラボを1つ下がった位置にある。直線距離的には近いが、これまた対角にあるお手洗いの隣にある階段を下りて行かなければならず、物理的な距離はかなりある。心理的距離もだけど。
時折、研究室の方から聞こえてくる唸り声に耳を塞ぎながら、私は音を立てないようにゆっくりと、ゆっくりと足を勧めながらも、出来うる限り早く助けを求めるために頑張った。
以外にも、先輩が私を見つけて襲いかかってくるなんてことはなく、いともたやすく目的地にはたどり着いた。
もちろんだけれど、同じ会社の仲間を知らないわけではない。『幽霊研究室』の2人は遠巻きからなら見たことがある。というよりも、そのうちの1人に関して言うなら、このアーベント株式会社では一番有名な人だ。
「社長……だもんね」
筆頭株主であり、代表取締役を務める会社の長、それがアーベント株式会社幽霊研究室研究室長であるゲルト・H・アーベントその人だ。
そんな人物が取りまとめる研究室がまともじゃないわけがない。
なんてことを考えてドアノブを握ったまま静止している私だ。たぶんまだまだ余裕というものが残されているのだろう。いやはや、慣れるというのは恐ろしいことで、ああなってしまった先輩のことを思いだしても、それほど怖くなくなっている。
とりあえず大きく深呼吸して、ドアノブをひねってみる。
どうやらカギはかかっていないらしい。もし万が一、ここまで来ておいて誰もいませんでしたならどうしようかと思ったけれど、それは杞憂だった。
「こんな大変な時に……誰だ!?」
大声とともに、ドアが開かれる。
ノックをしたわけでもなかったので、とても驚いたが、向こうの方から出てきてくれたのであれば、これほど有難いことはない。
「社長! 少しお話が!」
白い派手なスーツを着こなした金髪青目の背の高いイケメン……今出てきたその人物こそが社長だ。
まさか、社長自らが残業をしているとは思ってもみなかったが、それなら話は早い。
「ああ、君か……悪いが話は後にしてもらえないかな?」
社長はあわてた様子で、開いたドアを閉めようとする。
私はとっさに足を挟んで、ドアが閉まらないようにした。
社長がどのような状況にあるのかは知らないが、たぶん私が置かれている状況の方がはるかに悪いだろう。もし私より悪い状況にいる人間がいるのなら、名乗り出てほしいぐらいだ。
「なにをするのかね?」
閉めようとしても閉まらなかったドアをもう一度開き、私を睨み付けて社長はそう訊ねた。
「とりあえず中に入れていただけないでしょうか?」
こんなところにいて、今の先輩に見つかったら厄介だ。まあ普段の先輩だとしても、仕事をさぼっていると思われて厄介なことになることは請け合いだが、それよりも遥かに厄介なことになる。
「いや、それは出来ない」
それなのに社長はかなり渋る。
一体、中で何が行われているというのだろう。まさか、社長が例のアレ(先輩のゾンビ)に関わっているというわけでもあるまい。
いやもしかしたら……そんなはずないわよね?
「ゾンビ……」
「……入りたまえ」
社長は大きくため息をつくと、私を研究室の中へと招き入れた。
どうやら、アレは社長の仕業らしい。
もしこれが、先輩が私に仕掛けたドッキリだとでも言うのなら、もうすでに大成功だ。悪ふざけはやめて早くネタバラシをしてほしい。
だがそれはほとんど確実にあり得ないだろう。
まず一つに、先輩はそんなキャラではない。無口だが、時折私を助けてくれる頼りがいのある先輩で、仕事中眠ることに関してだけは非常に厳しいが、今のようにおちゃらけるような人じゃない。そして二つの目の理由は至極簡単なことだ。やはり、先輩の脈は止まっていた。
「……とにかく、見つかったらまずい気がする」
死んでいたのに動いたとなれば、それはあれだろう。キョンシーとか、ゾンビとか、いわゆるそういうやつだ。キョンシーなら殺しにかかってくるだろうし、ゾンビなら噛まれたら私もゾンビになってしまう。
いずれにせよ、彼がどうしてあんな状態になったのかが分かるまでは、見つかってしまうわけにもいかないというわけだ。
さいわい、研究室のカギは持っている。キョンシーの方なら、ドアを突き破って出てくるかもしれないが、そもそも霊幻道士がいないこの世界じゃつみに近い。ゾンビの方であることにかけるしかない。
先輩に感づかれないように、私は静かにドアを閉め、そのまま出来る限り音を立てないようにカギを閉めた。
いずれは出てきてしまうだろうが、少しは時間稼ぎも出来たことだろう。
思ったよりも冷静に対処できている自分に驚く。
「さて、これからどうするかだけど……」
確か他の研究室にも何人か残業しているものがいたはずだ。あまり話したことがないが致し方ない。状況が状況だしね。
と言っても、今日残業申請を出したのは私たちのラボと、もう一つのラボ『幽霊研究室』だ。頼れる人がいるとは思えない……この状況なら頼れるかもしれない。キョンシーもゾンビも幽霊みたいなものだし、それに準ずる何かだとしても、幽霊研究家の方が科学的研究をしている私よりかは十分頼りになるはずだ。
そうとなれば、早めにこんな場所からは去ってしまおう。これ以上、あれのそばには居たくないしね。
音をたてないようにゆっくりと立ち上がり、すり足で廊下を進む。
確か幽霊研究室は丁度、私のラボを1つ下がった位置にある。直線距離的には近いが、これまた対角にあるお手洗いの隣にある階段を下りて行かなければならず、物理的な距離はかなりある。心理的距離もだけど。
時折、研究室の方から聞こえてくる唸り声に耳を塞ぎながら、私は音を立てないようにゆっくりと、ゆっくりと足を勧めながらも、出来うる限り早く助けを求めるために頑張った。
以外にも、先輩が私を見つけて襲いかかってくるなんてことはなく、いともたやすく目的地にはたどり着いた。
もちろんだけれど、同じ会社の仲間を知らないわけではない。『幽霊研究室』の2人は遠巻きからなら見たことがある。というよりも、そのうちの1人に関して言うなら、このアーベント株式会社では一番有名な人だ。
「社長……だもんね」
筆頭株主であり、代表取締役を務める会社の長、それがアーベント株式会社幽霊研究室研究室長であるゲルト・H・アーベントその人だ。
そんな人物が取りまとめる研究室がまともじゃないわけがない。
なんてことを考えてドアノブを握ったまま静止している私だ。たぶんまだまだ余裕というものが残されているのだろう。いやはや、慣れるというのは恐ろしいことで、ああなってしまった先輩のことを思いだしても、それほど怖くなくなっている。
とりあえず大きく深呼吸して、ドアノブをひねってみる。
どうやらカギはかかっていないらしい。もし万が一、ここまで来ておいて誰もいませんでしたならどうしようかと思ったけれど、それは杞憂だった。
「こんな大変な時に……誰だ!?」
大声とともに、ドアが開かれる。
ノックをしたわけでもなかったので、とても驚いたが、向こうの方から出てきてくれたのであれば、これほど有難いことはない。
「社長! 少しお話が!」
白い派手なスーツを着こなした金髪青目の背の高いイケメン……今出てきたその人物こそが社長だ。
まさか、社長自らが残業をしているとは思ってもみなかったが、それなら話は早い。
「ああ、君か……悪いが話は後にしてもらえないかな?」
社長はあわてた様子で、開いたドアを閉めようとする。
私はとっさに足を挟んで、ドアが閉まらないようにした。
社長がどのような状況にあるのかは知らないが、たぶん私が置かれている状況の方がはるかに悪いだろう。もし私より悪い状況にいる人間がいるのなら、名乗り出てほしいぐらいだ。
「なにをするのかね?」
閉めようとしても閉まらなかったドアをもう一度開き、私を睨み付けて社長はそう訊ねた。
「とりあえず中に入れていただけないでしょうか?」
こんなところにいて、今の先輩に見つかったら厄介だ。まあ普段の先輩だとしても、仕事をさぼっていると思われて厄介なことになることは請け合いだが、それよりも遥かに厄介なことになる。
「いや、それは出来ない」
それなのに社長はかなり渋る。
一体、中で何が行われているというのだろう。まさか、社長が例のアレ(先輩のゾンビ)に関わっているというわけでもあるまい。
いやもしかしたら……そんなはずないわよね?
「ゾンビ……」
「……入りたまえ」
社長は大きくため息をつくと、私を研究室の中へと招き入れた。
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