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第五章

一歩前進

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「さてと、あんまりゆっくりしてる時間は無いんだった。一応こちらの方でもスノウのことは気にかけておくけど、南くんも油断しないように」
「……あ、はい。ありがとうございます」

お互い好意の持てない相手ではあっても、僕の為に気を配ってくれているのは確かなことだから、僕はマクにペコリと頭を下げて礼を言った。
マクはそれにちらりと視線をよこしてお愛想で会釈をして、そのまま部屋を出て行った。

「さてと、私らもそろそろ帰るか」
「うん」

日の暮れかけた帰り道を、ロベールとゆっくり歩く。

「なんかドキドキしてきた」
「うん?」

なにが?というように、ロベールが小首を傾げながら僕の顔を見た。

「だってさ、母さんたちにロベールのこと紹介するんでしょ? 緊張するよ」
「何言ってんだ。下宿させてくれと私が頼むだけだろ?」
「でもさー、紹介は紹介じゃん! それに一緒に住めるのは嬉しいけど、いろいろとドキドキするしっ」
「そうなのか?」
「そうだよ!」

もうっ。なんだよ、そのロベールの平常心は。

「……まあ安心しろ。南が困るようなことはしないし、お前の両親に対しては善良な大人として振舞うから」
「……いや、別にそんな心配をしているわけじゃないけど」

たださ、好きな人と一緒にいるところを見られる恥ずかしさっての?
バレたら拙いなとか、そういうもろもろのドキドキなんだけどな。

そうこうしている内に家に着いた。玄関で「ただいまー」と声を掛けると、母さんが顔を出した。

「おかえり。……あ、こんばんは。保健の先生、ですか?」

母さんは僕の後ろに控えているロベールにすぐに気づいて、声を掛けた。

「こんばんは、初めまして。ロベール・ローラン・デルコートです。話を聞く時間を設けていただき、ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。南を助けていただいたとか、ありがとうございました。あっ、玄関先ではなんですのでどうぞお入りください」
「それではお言葉に甘えまして、失礼します」

二人ともいつになく硬い挨拶を交わしている。ロベールなんて、あんた誰?と言いたくなるくらいの真面目な表情だ。
ロベールをリビングに通し、母さんはお茶でも淹れに行ったのかキッチンへと消えて行った。

「ロベールなんだか別人みたい」
「そうか? なら成功かな? お前の親には堅物だと思ってもらった方がいいだろうからな」
「……別に。気さくな人だと思ってもらってもいいんだよ?」

僕らがぼそぼそとそんな話をしていると、母さんがお茶を淹れてきた。

「お気遣いすみません。仕事の関係で、こんな時間にお邪魔して申し訳ないです」
「あら、いいえ。大丈夫ですよ。どうぞ」
「いただきます」

ロベールは勧められるままお茶を飲んで、ホッと一息を吐いた。そのタイミングを見て、母さんが口を開く。

「……その、下宿をと言う事ですが、どういう形を考えていますか? 私たちは下宿とかそういう経験は無いので、参考までにお聞きしたいんですけど」

やっぱりあんまり乗り気というわけでは無いみたいだ。母さんは、慎重にロベールに尋ねている。

「部屋は小さくても構いません。一部屋提供していただければ。後は普通にトイレや風呂をいただければ」
「それはもちろんそうですけど……」

あまりにも細かいことまで話すロベールに、母さんは何かのツボにハマったのか、笑いを堪えるような表情をしている。
ロベールもそれに気づいたのか、少し笑みをこぼした。

「それくらいです。部屋を提供していただければ、他は……」
「ちょっと待って! ロベ……、ロベール先生大事なこと忘れてるよ! ご飯もお願いしないと!」
「え? ああ、いや。そこまでお願いするのは……」

「なにおっしゃってるんですか、先生! 南の言う通りです。食費としてちゃんと戴きますから、こちらでご飯を食べてください。外食ばかりじゃ、お体に障りますよ!」

「……えっ、はあ、すみません」

まったくう!
ロベールってば、ご飯のこと本当に何にも考えてないよね。

「では、朝食と夕食をお願いします」
「分かりました。それは平日の仕事のある日ですね? 休みの日は、ちゃんと昼食もご用意しますよ?」
「……あ、では、お願いします」

……あれ?
いつの間にか、どういうわけか母さんってば下宿させる方向で話がまとまりつつあるけど……。
ちらりとロベールを窺うも、してやったりという表情ではない。それどころか、ご飯の一件でどこかバツの悪そうな表情にも見える。

あれは確実に母さんの母性本能をくすぐっている。
天然なのか何なのか、意外なロベールの一面だった。
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