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第五章
姿を現したスノウ 2
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スノウの言葉が怖くて、恐怖のあまりロベールにギュッとしがみ付いた。背中のシャツを握る指先がわずかに震える。
怖くて震えるのが恥ずかしいだなんて、そんなことを考える余裕すらない。だって、本当に怖いんだ。
「お前、私に喧嘩を売る気か?」
心底怒りを抑え込んでいるように、地を這うような低いロベールの声。その声音に、言われたわけでもない僕の心臓までもが竦んでしまう。
それなのに、そんな状況だというのに怖いもの見たさとでもいうのだろうか。僕はロベールの腕の中でもぞりと動いて、対峙しているスノウの様子を窺った。
「……滅相も無い。そんな大事にする気は無いですよ。あなたと事を構えるのはいろいろと厄介でしょうから」
「本気でそう思っているのなら、簡単に力を使うな。些細な魔力でも、ややこしい連中に察知されるぞ」
「ああ……、そういえば以前面倒くさいことになりかけたことはありましたね。その時は何とかお目溢ししてもらいましたけど」
「だったら、おとなしく帰れ。二度とこんなところに来るな」
「――それは出来ません。……こんな美味しそうな獲物がすぐ傍にいるというのに、しっぽを巻いて退散だなんて、――」
ちらりと僕に視線をよこすスノウが怖くて、ぎゅうっとロベールにしがみついた。その僕の行動とほぼ同時に、いきなり窓がガラッと開いた。
「些細な力でも、使っちゃいけないんじゃなかったんですか?」
「時と場合による。無理やり飛ばされたいか、それとも自分で出ていくか、どっちだ?」
ロベールの威嚇に、しばらく無言で二人睨みあった後、スノウはふっと軽く息を吐き口角を上げた。
「分かりましたよ。今日は退くことにしましょう」
「…………」
無言で睨むロベールを背に、スノウは開いた窓から飛び降りていった。現れた時と違う方法をとったのは、ロベールの忠告に答えたつもりなのか。
「南、怖がらせてしまったな」
「……ロベールがいてくれるから、いい」
もちろん、本音を言うとものすごく怖い。
あのスノウの美貌には、ロベールと同じような迫力はあっても、ロベールの持つ柔らかな雰囲気は、欠片も感じられなかった。
それどころかスノウの僕を見るあの目は、獣が獲物を前にしてどう味わおうかと楽しんでいるようにさえ見えた。
「大丈夫だ」
落ち着いた優しい声で、ロベールが耳元で囁いた。そして僕を抱きしめて髪を撫で、僕の側頭部に頬ずりをする。
「お前を誰にも渡す気は無いから。離れていても南の気配は追い続ける。これからは一秒たりとも気を抜いたりなんかしない」
「……ロベール」
優しい声音と仕草に、やっと体から余分な力が抜けた。
そして安心と同時にふと思う。
僕の気配を追うって、どのくらいのことがわかるんだろう?
してること全てがわかるわけでは無いみたいだけど……。
「なんだ?」
「あ、ううん、何でもない。……安心した」
「そうか、それは良かった」
抱き合ったまま、ロベールはコロンとベッドに倒れた。腕もそのまま、背に回ったままだ。
きっと、僕が怖くて堪らないでいることに気が付いてくれているのだろう。さっきから、子供をあやすような仕草が続いている。
そしてその繰り返される優しいしぐさに、僕はいつの間にか寝入ってしまったようだった。
怖くて震えるのが恥ずかしいだなんて、そんなことを考える余裕すらない。だって、本当に怖いんだ。
「お前、私に喧嘩を売る気か?」
心底怒りを抑え込んでいるように、地を這うような低いロベールの声。その声音に、言われたわけでもない僕の心臓までもが竦んでしまう。
それなのに、そんな状況だというのに怖いもの見たさとでもいうのだろうか。僕はロベールの腕の中でもぞりと動いて、対峙しているスノウの様子を窺った。
「……滅相も無い。そんな大事にする気は無いですよ。あなたと事を構えるのはいろいろと厄介でしょうから」
「本気でそう思っているのなら、簡単に力を使うな。些細な魔力でも、ややこしい連中に察知されるぞ」
「ああ……、そういえば以前面倒くさいことになりかけたことはありましたね。その時は何とかお目溢ししてもらいましたけど」
「だったら、おとなしく帰れ。二度とこんなところに来るな」
「――それは出来ません。……こんな美味しそうな獲物がすぐ傍にいるというのに、しっぽを巻いて退散だなんて、――」
ちらりと僕に視線をよこすスノウが怖くて、ぎゅうっとロベールにしがみついた。その僕の行動とほぼ同時に、いきなり窓がガラッと開いた。
「些細な力でも、使っちゃいけないんじゃなかったんですか?」
「時と場合による。無理やり飛ばされたいか、それとも自分で出ていくか、どっちだ?」
ロベールの威嚇に、しばらく無言で二人睨みあった後、スノウはふっと軽く息を吐き口角を上げた。
「分かりましたよ。今日は退くことにしましょう」
「…………」
無言で睨むロベールを背に、スノウは開いた窓から飛び降りていった。現れた時と違う方法をとったのは、ロベールの忠告に答えたつもりなのか。
「南、怖がらせてしまったな」
「……ロベールがいてくれるから、いい」
もちろん、本音を言うとものすごく怖い。
あのスノウの美貌には、ロベールと同じような迫力はあっても、ロベールの持つ柔らかな雰囲気は、欠片も感じられなかった。
それどころかスノウの僕を見るあの目は、獣が獲物を前にしてどう味わおうかと楽しんでいるようにさえ見えた。
「大丈夫だ」
落ち着いた優しい声で、ロベールが耳元で囁いた。そして僕を抱きしめて髪を撫で、僕の側頭部に頬ずりをする。
「お前を誰にも渡す気は無いから。離れていても南の気配は追い続ける。これからは一秒たりとも気を抜いたりなんかしない」
「……ロベール」
優しい声音と仕草に、やっと体から余分な力が抜けた。
そして安心と同時にふと思う。
僕の気配を追うって、どのくらいのことがわかるんだろう?
してること全てがわかるわけでは無いみたいだけど……。
「なんだ?」
「あ、ううん、何でもない。……安心した」
「そうか、それは良かった」
抱き合ったまま、ロベールはコロンとベッドに倒れた。腕もそのまま、背に回ったままだ。
きっと、僕が怖くて堪らないでいることに気が付いてくれているのだろう。さっきから、子供をあやすような仕草が続いている。
そしてその繰り返される優しいしぐさに、僕はいつの間にか寝入ってしまったようだった。
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