上 下
35 / 43

魔草、キリンス

しおりを挟む
 家庭教師のレイモンド先生からは、キリンスは癒しの花としか教えてもらっていなかった。キリンス自体が希少植物のため薬草図鑑には載っておらず、植物図鑑という大きな辞典に名前と原産地だけが載っていたらしい。ぼくも図鑑や辞書で探してみたんだけど、やはりキリンスに関して書かれたものを見つけることができなかった。
 レイモンド先生は薬草を専門に扱っているので、薬草のことで知らないことは多分ほとんど無い。だからキリンスは薬草では無いだろうとのことだった。そして癒しの花に近い要素がいくつか見つかったということで、癒しの花の1種だろうと結論づけたのだ。
 要するに希少というだけあって、それを活用する機会があまりないと言ったのが現実なのかもしれない。

 明日、カーギル先生に聞きに行ってみようかな? 先生なら王立学園の講師をしているのだから、いろんなことを知っているはずだ。


 翌日、ぼくは登校するとハロルド兄様と別れたあとカーギル先生に会いに行こうと薬草研究科の職員室に向かった。

「おはようノエル。どこへ行くんだ?」
 ルークとクリスだった。教室と反対方向に向かうぼくを見て不思議に思ったようだ。

「おはようございます。職員室です。先生に聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「はい、キリンスのことで」
「キリンスの何を知りたいのか分からないけど、僕も一緒に行きたい」
 ルークがぼくの元に駆けてくる。クリスもルークの後を追ってやってきた。
「じゃあ、一緒に行きましょう」

 授業の時間までまだだいぶ間があるので、職員室はそれほどあわただしくはなかった。目当てのカーギル先生ものんびりとお茶を飲んでいる。

「おはようございます、カーギル先生。質問したいことがあるんですけど、いいですか?」
「いいよ、なんだ?」
 持っていたカップをソーサーにおいてぼくを見た。
「先生は、キリンスって植物知ってますか?」
「……キリンス? ……珍しい名前を知っているな。希少植物の魔草だ」
「え? 癒しの植物でなくて、魔草なんですか?」

「癒しの植物の側面もあるが分類で言えば、魔草だ。ただ、あれは稀少すぎて私もまだ一度も目にしたことはないんだ。詳しいことを知りたければ宮廷魔導師のジョーンズ様が、今日二年の特進クラスの授業に来られるはずだから会いに行って聞いてみるといいよ」

「ありがとうございます!」
「ちょっと待て、ノエル」
「はい?」
「君は何でキリンスのことを知っているんだ?」
「ぼくの庭にあるからです」
「はあ? 君の庭にあるのか? なんで?」
「父の知り合いから頂きました。えっと、大分前に」
「それ、良ければ私に見せてくれないか?」
「構いませんけど」
「そうか、ありがとう。それでジョーンズ様に会いに行くとき、私もついて行く。いいか?」
「はい。別に構いませんけど」

 ぼくの返事にカーギル先生は、よっしゃと拳を握った。
 カーギル先生がこんなに喜ぶだなんて思ってもいなかった。キリンスって、本当に希少なんだなぁ。

「僕も同行させてね」とルークが言う。
「はい、いいですよ」
 頷くぼくにカーギル先生が微笑んだ。
「君たちは仲がいいねえ」
「はい、いいですよ。そしてなぜか僕の部屋にもキリンスがあるので、ちょっと気になりました」
「何? 君の部屋にもあるのか」
「はい、なぜか」
「なぜかってなんだ?」
「知らないうちに部屋にあったって、感じですかね」
「はあ? どういうことだ」
「さあ? 僕に聞かれても……」

 はたから聞くと珍妙な会話を繰り返すルークとカーギル先生を横にして、ぼくはひとり心臓をバクバクさせていた。
 うっかりしてたんだ。巻き戻る前にルークにキリンスをあげたことをコロッと忘れていた。

 どう説明していいかわからないしたぶん説明しない方がいいのではないかと思うので、結局ぼくは知らんふりを通すことにした。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

あめふりバス停の優しい傘

朱宮あめ
青春
雨のバス停。 蛙の鳴き声と、 雨音の中、 私たちは出会った。 ――ねぇ、『同盟』組まない? 〝傘〟を持たない私たちは、 いつも〝ずぶ濡れ〟。 私はあなたの〝傘〟になりたい――。 【あらすじ】 自身の生い立ちが原因で周囲と距離を置く高校一年生のしずくは、六月のバス停で同じ制服の女生徒に出会う。 しずくにまったく興味を示さない女生徒は、 いつも空き教室から遠くを眺めている不思議なひと。 彼女は、 『雪女センパイ』と噂される三年生だった。 ひとりぼっち同士のふたりは 『同盟』を組み、 友達でも、家族でも恋人でもない、 奇妙で特別な、 唯一無二の存在となってゆく。

【完結】こんにちは、君のストーカーです

堀川ぼり
恋愛
数ヶ月前から届く差出人不明の手紙をひそかに心待ちにしている中小企業の事務員、坂北あかり。 たとえストーカーからの手紙だとしても、初めて寄せられた好意を無下にできずにいたある日。郵便受けに手紙を入れようとする怪しい男とバッタリ鉢合わせてしまう。 怖がるあかりを必死に宥めるその男、よく見れば、もしかして、大好きなアイドル斎賀紀広(さいがきひろ)なのでは──? 「ずっと手紙だけで我慢してたけど、こんなにガード緩いと流石に心配なる。恋人って形でそばにいてよ」 虎視眈々と溺愛してくる推し兼(元)ストーカーに流されて絆されるお話。

婚約破棄されて捨てられたけど感謝でいっぱい

青空一夏
恋愛
私、アグネスは次期皇后として皇太子と婚約していた。辛い勉強に日々、明け暮れるも、妹は遊びほうけているばかり。そんな妹を羨ましかった私に皇太子から婚約破棄の宣言がされた。理由は妹が妊娠したから!おまけに私にその妹を支えるために側妃になれと言う。いや、それってそちらに都合良すぎだから!逃れるために私がとった策とは‥‥

女性のオナニー!

rtokpr
青春
女子のえっち

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

アルファポリス収益報告書 初心者の1ヶ月の収入 お小遣い稼ぎ(投稿インセンティブ)スコアの換金&アクセス数を増やす方法 表紙作成について

黒川蓮
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスさんで素人が投稿を始めて約2ヶ月。書いたらいくら稼げたか?24hポイントと獲得したスコアの換金方法について。アルファポリスを利用しようか迷っている方の参考になればと思い書いてみました。その後1ヶ月経過、実践してみてアクセスが増えたこと、やると増えそうなことの予想も書いています。ついでに、小説家になるためという話や表紙作成方法も書いてみましたm(__)m

私を狙う男

鬼龍院美沙子
恋愛
私はもうすぐ65になる老人だ。この私を欲しがる男が告白してきた。

処理中です...