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優しい人たち
親子ごっこ9
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"気"に満たされて、身体中の細胞がやっと満足した後、藤の正常な意識がようやく目を覚ます。
「うん…」
…ミツ?
藤の目の前に、顔を横にして、うつ伏せに寝転ぶミツの姿がある。
「ミツ、どうし…?」
ドクン――
悍ましい光景が脳裏を過ぎる。
飢餓状態に陥った藤が、怯えて抵抗するミツに襲い掛かり、貪るようにミツの"気"を吸収した記憶だ。
「あ…、ああぁっ」
ガクガクと震える身体。
藤はミツの横たわる体を凝視したまま、頭を手で覆いしゃがみ込む。
己の起こしたとんでもない状況に、藤は気が狂いそうだった。
杉原の家の前に、朔也がやって来た。
本当は、もっと早く来るつもりだったのだが、寝る前にいろいろと考え過ぎて夜更かしをしてしまい、早く起きることが出来なかったのだ。
こっそり家の中を覗き込んだ朔也の耳に、藤の悲痛な声が聞こえてきた。
それにいち早く反応した朔也は、声の聞こえた部屋を確認し、誰にも見つからないようにという懸念も忘れて、藤の元へと駆けだした。
「藤!」
「朔…也?」
朔也が部屋に飛び込んで来た時、藤は泣きながら横たわっている若い女性の腕や肩を必死に擦っていた。まるで凍死した人間を温めて生き返らせようとしているように。
「さく…朔也あぁ」
ぼろぼろと涙を零しながら、藤が朔也めがけて駆け寄って来る。
「ミツを…、ぼく…ミツを…」
しゃくりあげながらしがみ付き震える藤を、朔也は宥めるように背中を擦った。
「飢餓状態か…?」
「うん…」
「そうか」
横たわる女性はまだ若い。まだ十八かそこらだろう。
これから楽しい事がたくさんあっただろうにと思うと、居た堪れない気持ちになる。
「助け…られない?」
「無理だな」
「…っ、うっ、うう…っ」
泣きながら震える藤を抱きしめながら、朔也の頭はフル回転していた。
(藤を宥めるのは後だ。とにかくここを出なければ)
「藤――」
朔也が藤を呼びかけようとしたその時、廊下の方から足音がして佐紀が姿を現した。
「ミツ、藤はまだ――? …え? 朔也?」
突然の佐紀の登場に、朔也の腕の中の藤がビクッと身じろいだ。
「ミ…ツ?」
佐紀の視線の先には畳の上に横たわるミツの姿。
その異様な光景に、佐紀が視線を藤に向ける。
その藤の顔は怯えていて、まるで幼子のようだ。
「…め、んなさい…」
「藤…」
「ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさいっ」
佐紀は、顔をくしゃくしゃにして謝る藤に呆然とした。横たわるミツに謝る藤。
それはまるで、藤がミツに酷い事をしたと言っているようなものではないか。
ついていけない状態に佐紀が混乱している中、藤は謝り続ける。
「こんなつもりじゃなかったの…。おばさんもおじさんも優しいし、ミツも…凄く良い人で…。なのにぼく…」
「藤…、…すみませんでした。僕がしっかり断っていれば良かったんです。…信じられないかもしれませんが、僕らは人間じゃありません。彼女には本当に申し訳ない事をしてしまいました。本当にすみませんでした」
「……」
朔也の懺悔について行けない佐紀は、ただただ呆然と2人を見つめている。
朔也と藤は深々と頭を下げた。そしてそのまま、朔也が泣き止まず項垂れる藤の腕を引っ張って、杉原の家を出て行ってしまった。
朔也に言われた事は何とか理解できた。
彼らは人間ではなく、ミツは藤に殺された。そういう事なのだろう。
だけどそれをどう飲み込めばいいのか分からず、佐紀はミツの遺体の前でしばらく動くことすらできなかった。
「うん…」
…ミツ?
藤の目の前に、顔を横にして、うつ伏せに寝転ぶミツの姿がある。
「ミツ、どうし…?」
ドクン――
悍ましい光景が脳裏を過ぎる。
飢餓状態に陥った藤が、怯えて抵抗するミツに襲い掛かり、貪るようにミツの"気"を吸収した記憶だ。
「あ…、ああぁっ」
ガクガクと震える身体。
藤はミツの横たわる体を凝視したまま、頭を手で覆いしゃがみ込む。
己の起こしたとんでもない状況に、藤は気が狂いそうだった。
杉原の家の前に、朔也がやって来た。
本当は、もっと早く来るつもりだったのだが、寝る前にいろいろと考え過ぎて夜更かしをしてしまい、早く起きることが出来なかったのだ。
こっそり家の中を覗き込んだ朔也の耳に、藤の悲痛な声が聞こえてきた。
それにいち早く反応した朔也は、声の聞こえた部屋を確認し、誰にも見つからないようにという懸念も忘れて、藤の元へと駆けだした。
「藤!」
「朔…也?」
朔也が部屋に飛び込んで来た時、藤は泣きながら横たわっている若い女性の腕や肩を必死に擦っていた。まるで凍死した人間を温めて生き返らせようとしているように。
「さく…朔也あぁ」
ぼろぼろと涙を零しながら、藤が朔也めがけて駆け寄って来る。
「ミツを…、ぼく…ミツを…」
しゃくりあげながらしがみ付き震える藤を、朔也は宥めるように背中を擦った。
「飢餓状態か…?」
「うん…」
「そうか」
横たわる女性はまだ若い。まだ十八かそこらだろう。
これから楽しい事がたくさんあっただろうにと思うと、居た堪れない気持ちになる。
「助け…られない?」
「無理だな」
「…っ、うっ、うう…っ」
泣きながら震える藤を抱きしめながら、朔也の頭はフル回転していた。
(藤を宥めるのは後だ。とにかくここを出なければ)
「藤――」
朔也が藤を呼びかけようとしたその時、廊下の方から足音がして佐紀が姿を現した。
「ミツ、藤はまだ――? …え? 朔也?」
突然の佐紀の登場に、朔也の腕の中の藤がビクッと身じろいだ。
「ミ…ツ?」
佐紀の視線の先には畳の上に横たわるミツの姿。
その異様な光景に、佐紀が視線を藤に向ける。
その藤の顔は怯えていて、まるで幼子のようだ。
「…め、んなさい…」
「藤…」
「ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさいっ」
佐紀は、顔をくしゃくしゃにして謝る藤に呆然とした。横たわるミツに謝る藤。
それはまるで、藤がミツに酷い事をしたと言っているようなものではないか。
ついていけない状態に佐紀が混乱している中、藤は謝り続ける。
「こんなつもりじゃなかったの…。おばさんもおじさんも優しいし、ミツも…凄く良い人で…。なのにぼく…」
「藤…、…すみませんでした。僕がしっかり断っていれば良かったんです。…信じられないかもしれませんが、僕らは人間じゃありません。彼女には本当に申し訳ない事をしてしまいました。本当にすみませんでした」
「……」
朔也の懺悔について行けない佐紀は、ただただ呆然と2人を見つめている。
朔也と藤は深々と頭を下げた。そしてそのまま、朔也が泣き止まず項垂れる藤の腕を引っ張って、杉原の家を出て行ってしまった。
朔也に言われた事は何とか理解できた。
彼らは人間ではなく、ミツは藤に殺された。そういう事なのだろう。
だけどそれをどう飲み込めばいいのか分からず、佐紀はミツの遺体の前でしばらく動くことすらできなかった。
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