上 下
117 / 161
優しい人たち

親子ごっこ2

しおりを挟む
佐紀は家路をゆっくりと、藤と共に歩いていた。

「ねえ、藤」
「何? おばさん」
「朔也と2人でおばさんたちの子にならない?」

「…え?」

びっくりして藤が佐紀の顔を見る。そして朔也が油断するなと言っていた事を思い出した。

「ごめん、それは無理だよ」
「どうして?」
「……だって」

自分をじっと見つめる佐紀に、なんと説明をすればいいのか分からなくて、藤は目を伏せて俯いた。本当は、もしも藤が人間だったのなら、一も二もなく頷いていたはずだ。
何より佐紀は優しいし、藤が親のいる温かな家庭を欲さないと言えば嘘になる。

「おばさんちの子供になるのは不安?」
「…そういう事じゃ……」

藤の顔を覗き込みながら、優しく問いかける佐紀と目を合わせることが出来なくて、藤はもごもごと言い訳をするのが精一杯だ。


「じゃあ、お試しに一週間くらいお家に泊まりに来ない?」
「え?」

目を見開いて顔を上げた藤に、佐紀はにこりと笑う。

「それでダメだと思うのならおばさんも諦めるわ。でも、こんなに藤と仲良くなれたんだもの。おばさんはきっと大丈夫だと思うの」

ね?と言いながら、藤の手を両手で握りしめる佐紀に、藤は首を横に振ることが出来なかった。


ある程度送った後、佐紀と別れた藤が朔也の待つ家へと帰り着く。どうしたものかと考えながら言葉少なに戻って来た藤に、朔也は自分の勘が当たってしまったことを確信していた。

「何か言われたか?」
「……うん。おばさんちの子供にならないかって」
「やっぱりな…。で? もちろん断ったんだろ?」
「…断ったよ。でも、なんで?って聞かれて答えられなかった」

俯いて、畳の上にのの字を書き始める藤。朔也は眉間にしわを寄せた。

「それで、どうなったんだ?」

「…一週間くらい泊まりに来いって」
「行くのか?」

低く機嫌の悪い朔也の声。
朔也の心配は藤にだって嫌というほど分かっている。だけどあの状況でどうやって、佐紀の誘いを断ることが出来たというのだろう。
藤は本当に佐紀の事が好きだし、邪険になんてしたくはないのだ。

「仕方ないじゃない…。優しい顔でぼくらを引き取りたいって言ってくれてるんだよ。あんまり冷たい事…、言えないよ」
「……」
「ねえ、朔也…」
「僕は行かないよ。なんなら君の事も、断って来てもいい」
「朔也…」

藤は眉を下げた情けない顔で、しかも微妙にウルウルした瞳で朔也を見上げる。
(ほんとにこいつは質が悪い…)藤にじっと見つめられた朔也は、そっとため息を吐いていた。

「君はあの夫婦と一緒に住みたいと思っているのか?」
「まさか…っ。そんな事、ないよ…」
「……」
「朔也…」

「…分かった。行ってくると良いよ。ただし、その一週間のお泊りを終えたら、ちゃんと断るって約束してくれ」
「朔也…! うん。もちろん、そうする」

先程までのしょげた顔はどこへやら、一変して明るい表情になった藤に、また朔也は軽くため息を吐いた。

「僕は行かないからね」
「え? なんで?」
「行く気が無いからな。それに、僕が行ったら藤の大好きなおばさんに、素っ気なくあしらってしまいそうだし」
「そう…なんだ」

「藤」
「うん?」

呼ばれて顔を上げた藤に、朔也は真剣な表情で釘を刺した。

「バレないように、気を引き締めろよ。…一週間は結構長いぞ」
「……分かった」

神妙な顔で頷く藤だが、朔也の心には一抹の不安がよぎる。
それでも、今回は自分が傍にいない方が良いと思った。人間と一緒に住むという事の重大さを、早いうちから知ってもらうには多少の荒療治は仕方がないと考えたのだ。



大人の姿に成りきるまでには、まだまだ時間がかかる。それまでは、こうやって思いもよらないところから厄介な事が舞い込んでしまう事もあるのだろう。
佐紀夫婦の家に泊まりに行くことに、期待と不安の入り混じった表情を浮かべる藤を見ながら、朔也は改めて気を引き締めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

最強美人が可愛い過ぎて困る

くるむ
BL
星城高校(男子校)に通う松田蒼空は、友人が類まれなる絶世の(?)美少年であったため、綺麗な顔には耐性があった。 ……のだけれど。 剣道部の練習試合で見かけたもの凄く強い人(白崎御影)が、防具の面を取った瞬間恋に落ちてしまう。 性格は良いけど平凡で一途な松田蒼空。高校一年 クールで喧嘩が強い剣道部の主将、白崎御影(しろざきみかげ)。高校二年 一見冷たそうに見える御影だが、その実態は……。 クーデレ美人に可愛く振り回される、素直なワンコのお話です♪ ※俺の親友がモテ過ぎて困るのスピンオフとなっています。 ※R15は保険です。

unfair lover

東間ゆき
BL
あらすじ 高校二年生の佐渡紅はクラスを支配するアルファ性の右京美樹によるいじめを受けていた。 性行為まではいかないが、性的な嫌がらせを中心としたそれに耐え続けていたある日右京美樹が家に押しかけて来て…ー 不快な表現が含まれます。苦手な方は読まないでください。 あくまで創作ですので現実とは関係ございません。 犯罪を助長させる意図もございませんので区別できない方は読まれないことをお勧めします。 拗らせ攻めです。 他サイトで掲載しています。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

処理中です...