きみと運命の糸で繋がっている

くるむ

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優しい人たち

記憶を失くした藤

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朔也が藤を探し回っている頃、それよりも一キロほど離れた所で藤は蹲るような格好で気を失っていた。あまりにも体が冷えた状態が長引いてしまい低体温症に陥っていたのだ。

ほとんど一晩中降っていた雨も、日が昇り始め辺りが薄明るくなりはじめた頃にはすっかり止んでいた。

「雨、止んだようね」
「そりゃ、良かった。酷い降りだったから…。おい、誰かうちの前で倒れてるぞ!」
「え?」

藤が蹲るように倒れていたのは一軒の家の前だった。そこには父親のイワオと娘の京香が2人で暮らしている。というのも、5年前に母親を、そして1年ほど前には京香の弟を流行り病で亡くしていたのだ。

父親の言葉に慌てて家の前に出てみると、青い顔をした藤が倒れていた。京香は息を呑む。
顔はまるで違うが背格好が弟と同じくらいで、京香の心の奥底にしまい込んでいた可愛くて仕方がなかった弟の事を思い出させたのだ。
京香は父親と一緒に藤を家に運び込み、濡れている着物を着替えさせ、布団に寝かせる。

「見かけない子よね。どういう素性なのかしら」
「さあなぁ」
「…親なし子で、行き場がもしない子だったらここに住まわせてもいいかしらね」
「それは、まあ、話を聞いてからだな。だけどな、京香。この子は豪太じゃないぞ」
「分かってるわよ。顔なんて全然似てないもの」

京香は立ち上がり、濡れた藤の着物を洗おうと手元を見た。
「藤…」

「何?」
「たぶん、この子の名前。着物の裾に糸で藤って縫い付けられてるの」
「なるほど…、藤か。名は体を表すというが、この子にしっくりくる名前だな」
「そうね」

「ん…」
どうやら藤が気が付いたようだ。着物を洗いに行こうと思っていた京香も立ち止まり振り返った。
そして藤の傍らに座り、顔を覗き込む。手を伸ばして藤の髪をサラリと掻き上げた。

「気が付いたようね。具合、どう? 藤」

『藤…』

優しくふわりと笑いながら藤に呼びかけるその表情に、藤はぼんやりと反応する。
だが、言葉を発することも無く京香をただ見つめ続ける様子に、京香は首を傾げた。

「藤…?」
「…頭が痛い…。ぼく……?」

困惑したようにキョロキョロと辺りを見回す藤。その様子に、京香が藤を見つけたいきさつを話した。

「家の前で倒れて…? それって、ぼくが?」
「そうよ。何も覚えていないの?」
「…名前も自分がどこから来たのかも覚えてない…。だけど、藤で合ってると思う。お姉さんにさっき呼ばれた時、懐かしい感じがしたから…」
「そう」

藤の返事に京香は嬉しそうにふわりと笑った。そうやって藤を愛しそうに見つめる表情に、また気持ちが揺さぶられる。
知っている。この表情。

藤はまるで初めて見たものを親だと思う雛のように、じっと京香を見つめていた。
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