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優しい人たち

動揺4

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(なんだよ! なんなんだよもうっ!!)

止む気配が全くなく降り続ける雨の中、藤は顔を顰めながら走り続けた。
藤以外の別の誰かを、あんな風に比較しながら褒める朔也は初めてで、そのことが藤にとって相当のダメージになっていたのだ。

「寒い…」
朔也と違って藤には、秘炎そのものの特殊な能力は全くなく、炎を出すことも体を温めることも全くできない。そのため振り続ける雨に濡れた体は芯から冷え切り、藤の身体はガタガタと震え始めた。

「朔也…」

思わず自分の口から零れた朔也を呼ぶ声に、藤は苦笑し…、唇を震わせた。

なんでこんな事になったのだろうと、藤はぼんやりする頭で考えてみる。
――そして、脳裏に浮かんだのはやはり丞の事だった。

『なんでそんな考え方しか出来ないんだ。大体…君は我儘が過ぎる。君は丞が甘えん坊だと言うけど、僕から言わせれば君の方がよっぽど甘えん坊だ』

丞が朔也を気に入っていて藤を敵視しているのは明らかなのに、それでも藤よりも丞の方がましだと言う朔也の言葉が、より一層藤の気持ちを頑なにしてしまっていた。

「寒いよ、朔也ぁ」

体温が奪われるくらいに激しく降り続ける雨のせいで、藤の震えはますます酷くなり、歯の根も合わなくなるほど震え始めていた。
それでも、泣き言は口からいくつもいくつも零れて来るのに、家に戻る気にはなれなかった。

藤が家を飛び出す直前の、あの無表情な冷たい朔也の顔が脳裏に浮かび、藤の心を萎れさせていたのだ。



一方、藤が飛び出て行った後の朔也もイライラしていた。
自分が宰牙に言われたことを気にしすぎて、つい藤にきつく当たってしまったことを後悔し始めていた。
もちろん、宰牙のいう事は正しい事だとは思う。そしてそのことに関してちゃんと己が考えなければならないだろうという事も理解はしているが、それでも、きっと伝え方というものがあるのだ。
今まで甘やかし過ぎていた自分の事を棚に上げ、一度にあんな過度な言い方をしてしまった自分を朔也は悔いていた。

だが、
「藤の言い方にカッとしたのも事実なんだよな…」

怒った表情で朔也の事を嫌いだと言った藤。朔也は口ではどう言おうが本当は藤を甘やかしたいし、藤を囲ってでも誰の目にも触れさせたくないくらい溺愛しているのだ。
そんな藤に嫌いだと言われて朔也は頭にきてしまい、余計にきついもの言いになってしまった。

しばらくまるで檻に入れられた熊のようにウロウロと家の中を歩き回っていた朔也だったが、なかなか戻って来ない藤に舌打ちし、朔也も家を飛び出した。

一向に止みそうにないどしゃ降りの雨。
きっとどこかその辺に隠れているだろうと高を括っていた朔也だったが、藤の姿はどこにも無かった。

「くそっ」

朔也の心に焦燥感が募る。
降り続く雨の中、藤の名を呼びながら朔也は必死で藤を探し回った。
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