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優しい人たち
動揺3
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朔也の視線の先には、木に凭れ掛かった奏汰が雫を背後から抱きしめる形で足を投げ出して座っていた。恋人同士だという事をちっとも隠す気のない2人は、奏汰が雫の頬に口付けしたりと始終イチャイチャしている。
朔也や藤と似た関係ではあるが根本的にはどうやら違うようだ。
奏汰は確かに雫には甘いけれど、雫自身が奏汰に甘えきっているわけではなく、どちらかと言うとちゃんと自我を持っているし奏汰に完全に寄りかかっているわけではない。
「まあ、保護者の僕と恋人では違って当たり前か…」
小さくポツリと呟いて、朔也はため息を吐く。
「どうしたの? ため息なんて吐いちゃって」
「え? ああ、いや…」
縁側に腰かけている朔也の隣に丞も腰を下ろす。ニコニコと笑いかける様子は普通に可愛いとも言えなくはない。藤に変に対抗心を燃やしてちょっかいを出さなければ、雫たちと同様に友達にもなれるかもしれないのにと、埒もないことを考えて心の中で苦笑する。
「さっき話した夕食の件、絶対来てよね。お母様も是非にって言っていたから」
「…分かった」
「良かった! お母様ったらさ、僕が勉強している所を見ると、朔也のおかげねって言って喜んでくれるんだよ」
「それはほめ過ぎだよ」
「……」
「こら、藤。どこ見てるんだ? もう少しだ頑張れよ」
「…はい」
藤のところまでは朔也が丞と何を話しているのかは聞こえては来なかったが、穏やかな雰囲気で話をしている2人の事が気になって仕方がなかったのだ。
寺子屋の授業が済んで家に着き、行水や食事を済ませ、落ち着いたところで朔也が話を切り出した。
「藤、丞に招待された夕食の件だけど」
「ああ、もちろん断るんでしょ?」
「いや――」
「…え? 行く気?」
びっくりして藤が朔也を見上げる。その話を聞いた時から行く気なんて全くなく、朔也もてっきり断るものだと思い込んでいた藤は、信じられないと言いたげに朔也を凝視した。
「…行った方が良いだろう? 丞だってちゃんと礼儀をわきまえて藤のことを誘ってくれたんだし。君だってそれに応えないと」
「…何、その言い方。まるでぼくの方が、あの甘えん坊よりもなってないみたいじゃないか」
「そうかもしれないな」
「なんだよ、それ!」
藤の脳裏に、自分が龍二にそろばんを教えてもらっている時に、仲良く並んで話をしている朔也と丞の姿が浮かぶ。あの感じは、天月の時みたいに毛嫌いしているようには、藤には見えなかった。
「行きたければ一人で行けば良いだろう? だいたい家庭教師のお礼なんだ。ぼくなんてついでで、仕方ないから呼んでやるってくらいのものだろ? そんなとこにのこのこ顔出すなんて滑稽としか言えないじゃないか!」
我儘も程度だと思えるような藤のもの言いに、朔也の眉間にしわが寄る。そして宰牙の言葉が脳裏を過ぎり、また嫌な気分になってしまった。
そのせいで、朔也の口調も厳しさが増す。
「なんでそんな考え方しか出来ないんだ。大体…君は我儘が過ぎる。君は丞が甘えん坊だと言うけど、僕から言わせれば君の方がよっぽど甘えん坊だ」
朔也のその言葉には藤もカチンときた。頭に血が上り思っている以上の事が口から出てしまう。
「…なんだよ。ぼくより丞の方が好きってこと? …ぼくだってそんな分けわかんない事で責める朔也なんて嫌いだよ。顔も見たくないくらいだよ!」
「……へえ」
表情を失くした冷たい瞳で藤を見る朔也。
この時の2人は、同時に冷静ではいられなくなっていて、もはや意地を張り合っているにしか過ぎない。だが、朔也も藤もそれに気付くことが出来ずにいた。
「だったら出て行けばいい。誰も止めたりしないよ」
「……!」
売り言葉に買い言葉だ。
だが、しまったと思ってももう遅い。
藤は雨の降る外に、すごい勢いで飛び出て行った。
朔也や藤と似た関係ではあるが根本的にはどうやら違うようだ。
奏汰は確かに雫には甘いけれど、雫自身が奏汰に甘えきっているわけではなく、どちらかと言うとちゃんと自我を持っているし奏汰に完全に寄りかかっているわけではない。
「まあ、保護者の僕と恋人では違って当たり前か…」
小さくポツリと呟いて、朔也はため息を吐く。
「どうしたの? ため息なんて吐いちゃって」
「え? ああ、いや…」
縁側に腰かけている朔也の隣に丞も腰を下ろす。ニコニコと笑いかける様子は普通に可愛いとも言えなくはない。藤に変に対抗心を燃やしてちょっかいを出さなければ、雫たちと同様に友達にもなれるかもしれないのにと、埒もないことを考えて心の中で苦笑する。
「さっき話した夕食の件、絶対来てよね。お母様も是非にって言っていたから」
「…分かった」
「良かった! お母様ったらさ、僕が勉強している所を見ると、朔也のおかげねって言って喜んでくれるんだよ」
「それはほめ過ぎだよ」
「……」
「こら、藤。どこ見てるんだ? もう少しだ頑張れよ」
「…はい」
藤のところまでは朔也が丞と何を話しているのかは聞こえては来なかったが、穏やかな雰囲気で話をしている2人の事が気になって仕方がなかったのだ。
寺子屋の授業が済んで家に着き、行水や食事を済ませ、落ち着いたところで朔也が話を切り出した。
「藤、丞に招待された夕食の件だけど」
「ああ、もちろん断るんでしょ?」
「いや――」
「…え? 行く気?」
びっくりして藤が朔也を見上げる。その話を聞いた時から行く気なんて全くなく、朔也もてっきり断るものだと思い込んでいた藤は、信じられないと言いたげに朔也を凝視した。
「…行った方が良いだろう? 丞だってちゃんと礼儀をわきまえて藤のことを誘ってくれたんだし。君だってそれに応えないと」
「…何、その言い方。まるでぼくの方が、あの甘えん坊よりもなってないみたいじゃないか」
「そうかもしれないな」
「なんだよ、それ!」
藤の脳裏に、自分が龍二にそろばんを教えてもらっている時に、仲良く並んで話をしている朔也と丞の姿が浮かぶ。あの感じは、天月の時みたいに毛嫌いしているようには、藤には見えなかった。
「行きたければ一人で行けば良いだろう? だいたい家庭教師のお礼なんだ。ぼくなんてついでで、仕方ないから呼んでやるってくらいのものだろ? そんなとこにのこのこ顔出すなんて滑稽としか言えないじゃないか!」
我儘も程度だと思えるような藤のもの言いに、朔也の眉間にしわが寄る。そして宰牙の言葉が脳裏を過ぎり、また嫌な気分になってしまった。
そのせいで、朔也の口調も厳しさが増す。
「なんでそんな考え方しか出来ないんだ。大体…君は我儘が過ぎる。君は丞が甘えん坊だと言うけど、僕から言わせれば君の方がよっぽど甘えん坊だ」
朔也のその言葉には藤もカチンときた。頭に血が上り思っている以上の事が口から出てしまう。
「…なんだよ。ぼくより丞の方が好きってこと? …ぼくだってそんな分けわかんない事で責める朔也なんて嫌いだよ。顔も見たくないくらいだよ!」
「……へえ」
表情を失くした冷たい瞳で藤を見る朔也。
この時の2人は、同時に冷静ではいられなくなっていて、もはや意地を張り合っているにしか過ぎない。だが、朔也も藤もそれに気付くことが出来ずにいた。
「だったら出て行けばいい。誰も止めたりしないよ」
「……!」
売り言葉に買い言葉だ。
だが、しまったと思ってももう遅い。
藤は雨の降る外に、すごい勢いで飛び出て行った。
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