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優しい人たち

敵対心

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皆が各々席に着き始めた頃、龍二が戻って来て藤のところにやって来た。

「みんな、ちょっとこっち向いて」

パンパンと手を叩き皆の注意を引く。一斉に視線が藤の元へと集まった。

「今日からこの寺子屋で一緒に勉強する藤だ。みんな仲良くするように」
「はーい」

可愛らしい返事と拍手に、藤は慌ててペコリと頭を下げた。

「ここは年齢もバラバラだし、それぞれの進み具合に合わせて勉強も進めていくから、心配することは無いよ。読み書きはどの辺くらいまで出来るのかな?」

そう言いながら龍二はお手本を何枚か藤に見せる。藤は覗き込んで、習った覚えのある物を指さした。
しばらく龍二は藤に付きっ切りで教えていたが、ある程度時間が経つと年少者のところに行ったり、声を掛けられた生徒のもとに行ったりと、忙しなく動いていた。

それから一時間以上過ぎた頃に、龍二がパンパンと手を叩く。

「はーい、そろそろ集中力が切れるだろうからしばらく休憩!」
そう皆に告げた後、藤の方を向いて「外に出ても良いけど、遠くまでは行かないように」と注意をして、龍二はそのまま部屋を出て行った。

奏汰や雫、そして他のみんなも藤のもとにやって来た。雫の方は、奏汰に連れられて嫌々といった風情ではあったのだが。
そして藤が親はいず、朔也と2人でこの地にたどり着き、空き家を綺麗にしてそこに住むことにしたことを告げると、皆一様に驚いていた。

「…偉いな、お前。親がいないでよく頑張ってるな」

朔也に似た奏汰にしみじみと褒められて、藤はこそばゆい気分だ。

「朔也と…一緒だから」

はにかみながら小さな声で返事をする藤に、みんな口々に「何か困ったことがあれば言えよな」と言ってくれた。藤よりも年少の真輝も、みんなの口調を真似て「言えよな!」と続ける。その愛らしい口調に皆は笑い、藤も頬を緩ませた。
朔也と離れて寂しい思いをしていた藤にとっては、その和気あいあいとした雰囲気は、すごく嬉しい事だった。
ただ、そんな中でも雫だけは、相変わらず敵意を込めた目で藤のことを見続けていたのだけど。

雫の腕はしっかりと奏汰の腕に絡められ、体もぴったりと寄せて時々甘えた表情で奏汰を見る。そんな雫に奏汰も優しい目を向けていた。

「雫さー、少しはみんなの前ではそのあからさまな態度、控えようとは思わないわけ?」
呆れたように年長組の柊が言う。

「なんだよー。…奏汰、僕、引っ付き過ぎ?」

甘えた表情だが、どこか不安そうに雫が奏汰を見上げる。そんな雫の様子に、奏汰は甘く蕩けるように微笑んで、「そんな事ない、大丈夫だ」と囁いた。

「うーわ、これだよ。奏汰、お前甘すぎだろー」

柊はわざと背中を掻きながら自分の席へと歩いて行った。それを切っ掛けに、みんな各々の席へと戻っていく。
雫は奏汰にくっ付いたまま、チラリと藤を横目に見て自分たちの席へと戻って行った。

(…なんだよ、あいつ)

藤は、雫が奏汰との仲をわざわざ見せつけようとしている気がしてならない。朔也に似ていて、しかも優しそうな奏汰とは友達になってみたいなという気になるけれど、あんな風に仲良さそうな姿を目の当たりにすると、朔也を思い出してしまって悲しくなる。今すぐ朔也にぎゅうぎゅうと抱き着いて、甘えたくなってしまった。


藤は、心の中で大きなため息を吐いた。
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