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優しい人たち

新しい場所

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東雲寮を出た後、2人は野宿をしながら歩き続け一軒の空き家を発見する。周りは畑の跡のようだが既に荒れ果てているので、家主がいなくなってからある程度時が経っているように思われた。
朔也と藤は少しでも居心地がよくなるようにと、早速片づけを始めた。扉を開けてごみを掃き、雑巾に出来そうな布を水に濡らして床などを拭く。

そうしてようやく人が住めそうな状態になった頃には、2人ともへとへとだった。その日の食事はさすがの藤も遠慮して、朔也からもらうのは止めて2人で大きな木から"気"を吸収する。


「久しぶりに2人で住める家だな」
「うん」

最近はずっと人のいる中で過ごしてきたから、2人だけの空間が何だか静かに感じられる。

「ここにはどれくらい居る予定?」
「そうだなぁ。…別に予定もないから居れるだけ居よう。と言っても、せいぜい2~3年ほどだろうけど」
「うん、わかった」

さほど密集した集落では無いが、ここに来るまでにもぽつぽつと家が立ち並んでいたので、やはり人目はある。後五十年くらいしないと朔也たちは成人した姿には成れないので、それまではこういう形で短期間で家を点々としないといけないだろう。

汗を掻いた2人は井戸の水を汲み上げて、手拭いを濡らし体を拭いた。

「お湯、被ってみるか?」

朔也に悪戯っぽく言われて一瞬キョトンとするが、朔也の言わんとしている事を理解すると、藤は喜んで頷いた。
水を入れた桶に朔也が手を突っ込むと、ジュワッと音がして湯気が立った。即席瞬間湯沸かし器だ。
藤は着ている物をさっと脱ぎ、ゆっくり丁寧にお湯を被る。汗と疲れを、温かいお湯が洗い流してくれた。
そして朔也も、また同じ要領でお湯を作り、着物を脱ぎ棄てお湯を被った。

着物を着なおしさっぱりして、片付けた家へと戻ろうと立ち上がったところで30代前半くらいの青年に声を掛けられた。

「見かけない顔だな。他所から来たのか?」

突然見知らぬ男に声を掛けられて、驚いた藤が朔也の後ろに隠れる。その様を見た青年が笑いながら言葉を続けた。

「ああ、いや。責めているわけじゃないんだ。俺はこの集落で寺子屋の世話をしている龍二という者だ」

龍二の丁寧な対応に、朔也も藤の背中を撫でながら返事を返した。

「僕は朔也、こっちは藤です。親がいないので仕事や居場所を探しながら渡り歩いています。……実は今、あそこの空き家を見つけたのでそこに住もうと思って勝手に片付けたのですが、誰かの所有だったりしますか?」

朔也が指差す方向を見て、龍二は"ああ"という顔をする。

「いや、大丈夫。見て分かったと思うけど、あそこの家主は大分前に亡くなって、そのままになっているんだ。特に持ち主はいないから勝手に住んでも誰も文句は言わないよ」

「そうですか。それなら良かった」

ホッとする朔也の顔を見て龍二は感心したように笑った。

「だけどあの家はかなり埃まみれだっただろう? 頑張って片付けたのかい?」
「そりゃ、住むためですから」

あの家の荒れようは大変な物だったので、確かに2人掛かりでへとへとになるまで頑張った。とりあえず何とか住めるくらいにまでは片付けたが、少し時間をかけてまだまだ掃除はしなければならない。

「ああ、そうだ。君たちも寺子屋に通うと良い。これからは学問の時代だ。大人になってから仕事に困らないように、ここの子供たちにもいろいろと教えているんだよ。良ければ明日からでも通いなさい」

龍二の言葉に藤は不満そうに口を尖らせた。

「学問なら朔也に習うから…」
「え?」

藤の呟きを聞きとがめて龍二が藤の顔を覗き込む。びっくりした藤は、慌てて朔也の後ろに引っ込んだ。

「こら、藤」

いつもの事とはいえ、子供っぽい藤の態度を朔也が注意する。だが、龍二は他のことが気になるようだった。

「いや、君は読み書きそろばんは得意なのかい?」
「え? 得意というか…。まあ、出来ますけど」

朔也の返事に龍二の表情が一変する。

「そうか! じゃあ悪いが三日ほど泊まり込みで家庭教師をしてみないか? いや、是非してくれ! お給金はちゃんと払うから!」

前のめりに頼み込む龍二に朔也はあっけにとられる。


藤はやはり不満そうに口を尖らせていた。
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