上 下
20 / 161
手折ってはいけない花

羽柴との約束

しおりを挟む
「さっき聞こえたんだけどさ、お前明日休みなんだって?」
「うん」
「じゃあさ、羽柴さんに連絡つけてやろうか」
「え?」

庄太の言葉にキョトンとして顔を上げる。

「だってお前誘われてんだろ? 遊んで来いよ。あの人、金持ちだからきっと良い物食わせてくれるぞ」
「いや、僕は…」

藤は食べ物なんて興味は無い。というか、どちらかというと人間の食事は正直食べたいとは思えなかった。
元が人間の藤は、お腹を空かせたときのご飯の美味しさを知っている。だからこそ、腹の満たない満足感を伴わないかつての人間の食事が、下手に郷愁を誘って、悲しくなるのだ。

「飯じゃなくてもさ、芝居小屋とかいろいろあるだろ。あんなに優しい人の誘いを無下に断り続けるってお前、人としてどうかと思うぞ」

三人に寄ってたかって説得され、藤はとうとう折れた。
それに朔也だって、という気持ちもその決断を後押ししていた。

「羽柴さんと遊びに行くのは良いけど、もう明日の事だから羽柴さんには急すぎるんじゃないの?」
「大丈夫だろ。よし、今からひとっ走りしてきてやるから待ってろ!」
「「待ってろ!」」
庄太に続き信吾や茂吉も走り出して行った。


そして店じまいをしている最中に三人が戻ってくる。
羽柴からの、午後に迎えに行くという伝言を藤に伝え、彼らは足早に去って行った。



◇◇◇◇◇


「藤」

店での夕餉ユウゲの時間、朔也が何気なく藤の腕を引っ張る。その際、朔也の掌から掴まれた藤の腕へと温かい"気"が流れ込んでくる。
いつものように優しい"気"。ずっと拗ねて言葉も発しない藤に、変わらず毎日のように"気"を注いでくれる朔也。その根気ある温かく優しい"気"に、藤の拗ねた気持ちも少し和らいできた。

久しぶりにちゃんと顔を上げて朔也の顔を見ると、もう朔也も何も気にしていないと言った風情で、優しい目で藤の瞳を見つめていた。

(人間の食事がすんだら、謝ろうかな)

本当にこの時は、藤は本心からそう思っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

記憶喪失の君と…

R(アール)
BL
陽は湊と恋人だった。 ひねくれて誰からも愛されないような陽を湊だけが可愛いと、好きだと言ってくれた。 順風満帆な生活を送っているなか、湊が記憶喪失になり、陽のことだけを忘れてしまって…! ハッピーエンド保証

処理中です...