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手折ってはいけない花

心の隙1

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黙々と、頼まれた仕事をこなしているうちに夕方近くになっていた。
今日は朔也も忙しかったのか、未だに顔を合わせていない。藤の方は少し手が空いたので、朔也の所に顔を出してみようと、こっそり裏口に回った。

帳場には、たぶん朔也以外に手代の勇七がいるはずだ。
運が悪ければ旦那様もいるかもしれない。
襖の向こう側をこっそり窺うと、話し声が聞こえて来た。

「…ああ、ありました。ここが間違えています。だから合計が合わなかったんですよ」
「どれ。…本当だ。ったく、とんだ手間を取らせてすまなかったな」
「いえ、大丈夫ですよ。それでは僕は少し…」

朔也が立ち上がって出て来そうな気配に、藤がホッとしたところで、別の声がかかる。

「待って、朔也。長い間帳簿とにらめっこして疲れたでしょう? これ、うちの新作よ。ゆずが利いて美味しく出来上がっているの。味見して見て? お茶もすぐ淹れるから」

「あ、いえ、僕は…」
断ろうとする朔也に勇七が窘めるように言葉を挟んだ。

「いいから付き合ってやれよ。お嬢さんは朔也がお気に入りなんだから」
「ちょっと、勇七!」

慌てたような万理の声が飛ぶ。だけど恥ずかしそうなその声は、勇七の言葉を肯定している様だった。
藤はイラつきながら、だけどどうすることも出来ずに一枚の襖を隔てたところで待っていた。
だけどどうやら朔也は、万理の誘いに乗ってしまったらしい。
聞き耳を立てていると、朔也が座りなおす気配が聞こえて来た。

朔也にとっては特別欲しいとも思えない和菓子とお茶を飲みながら、楽しそうに談笑する声が聞こえてくる。

…朔也にとっても万理は特別なんだろうか。

脳裏に浮かぶ甘えたような表情で朔也を見つめる万理。
そしてそれを受け入れて楽しそうに喋っていた朔也。
自分が知らないうちに、朔也にとって親しい人が出来ているようで、藤は複雑な気分だった。

(…どうしよう。店から少し離れたところにちょっぴり大きな木があったよな。それで急場を凌ぐかな…)

少し待っていれば朔也は出てくるかもしれない。
だけど拗ねる気持ちが勝った藤は、ゆっくりと立ち上がって、そのまま店を出て行った。



その大木は、店から歩いて10分もしないところにあった。
きょろきょろと辺りを見回して人が居ないことを確認し、藤はその大きな木に手の平を当てて、神経を集中した。
ゆっくりと掌を通して、大木の"気"が流れてくる。
それは朔也の物とは違って、静かで、朔也のそれよりも温度は低かった。

(少し物足りない気もするけどこんなもんかな)

よいしょ、と木から手を離して店に戻るためそこから離れた。
ふと前を見ると羽柴が向こうから歩いてくるのが目に入る。
向こうも気が付いたようで、表情を緩めて藤に手を振って来た。
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