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手折ってはいけない花
羽柴という客
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「まあ、とにかくさ、考えてみれよ。また顔出すから」
「うん…」
手を上げて去っていく庄太らを、藤は複雑な表情で見送る。
頑張ろうと思っていた気持ちを、初っ端から挫かれた思いだった。
店に戻ると梅に手招きをされる。
「これ、昨日注文を受けていたものが出来上がっているから、それぞれ分けてこの紙に包んでおいてもらえる? 後で勇七さんが取りに来るから」
「分かりました」
かなりの量はあったが、何とか全て包み終わる。だがホッと一息つく間もなく、今度は溜まっている洗い物を頼まれた。
そうやって細々と動き回った後、お客さんが入っているから給仕を頼むと声を掛けられた。
…ホントに人使いが荒いんだなとため息を吐きながら店内に入る。
店の隅のテーブルに、二十代後半くらいの、パリッとした着物を身に着けた、お金持ちっぽい男性が座っていた。どこかの若旦那といったところだろうか。
「ホラ、藤。お茶が入ったからあの方に持って行って。お菓子はこれね。お代はもう頂いているから」
お盆に乗っけたお茶とお菓子を藤に手渡し、梅は忙しそうにまた店の奥へと入って行った。
「お待たせしました」
テーブルにお茶と和菓子を置いて立ち去ろうとしたら、呼び止められた。
「見かけない顔だね。新人さん?」
「はい」
「名前はなんていうの? 私は羽柴というんだけど」
「…藤です」
初対面の人は苦手なので、早く戻りたいのだけど、羽柴はなぜか話をしたがっているようだった。
「初々しくて癒されるね。…ここのところ忙しくて疲れてて、甘い物が欲しくなったんだけど…、店に入って正解だったな」
…癒される?
こんな風に褒められるのは初めてだった。
いつも朔也には、まだまだ子供だとか、考えが足りないだのと注意されてばかりだったので、藤は単純に嬉しいと思った。
「藤」
「は、はい」
呼ばれて慌てた藤は、意識して口元を引き結び真面目な顔を作って顔を上げた。
その慌てた様子にも羽柴はにっこり笑い、藤の手を握る。
それにはさすがにびっくりして藤が手を引っ込めようとしたところを、ギュッと握られた。
その感触に、え?と思う。
掌に何かを握らされている。
「元気を分けてもらったからお礼。取っといて。でも、店の人には内緒だよ? 取られちゃうかもしれないから」
羽柴は悪戯っぽく笑いながら、人差し指を唇にあてた。
掌を開いてみたら、そこには一銭が五枚入っていた。
「えっ、あの…でも」
「私はきみみたいに頑張っている子の力になりたいんだよ。気になるなら、また来た時に少し話し相手になってよ」
藤には、何がこの羽柴の気にいることになったのかは分からなかったけど、せっかくだから貰っておこうと、素直に礼を言った。
「うん…」
手を上げて去っていく庄太らを、藤は複雑な表情で見送る。
頑張ろうと思っていた気持ちを、初っ端から挫かれた思いだった。
店に戻ると梅に手招きをされる。
「これ、昨日注文を受けていたものが出来上がっているから、それぞれ分けてこの紙に包んでおいてもらえる? 後で勇七さんが取りに来るから」
「分かりました」
かなりの量はあったが、何とか全て包み終わる。だがホッと一息つく間もなく、今度は溜まっている洗い物を頼まれた。
そうやって細々と動き回った後、お客さんが入っているから給仕を頼むと声を掛けられた。
…ホントに人使いが荒いんだなとため息を吐きながら店内に入る。
店の隅のテーブルに、二十代後半くらいの、パリッとした着物を身に着けた、お金持ちっぽい男性が座っていた。どこかの若旦那といったところだろうか。
「ホラ、藤。お茶が入ったからあの方に持って行って。お菓子はこれね。お代はもう頂いているから」
お盆に乗っけたお茶とお菓子を藤に手渡し、梅は忙しそうにまた店の奥へと入って行った。
「お待たせしました」
テーブルにお茶と和菓子を置いて立ち去ろうとしたら、呼び止められた。
「見かけない顔だね。新人さん?」
「はい」
「名前はなんていうの? 私は羽柴というんだけど」
「…藤です」
初対面の人は苦手なので、早く戻りたいのだけど、羽柴はなぜか話をしたがっているようだった。
「初々しくて癒されるね。…ここのところ忙しくて疲れてて、甘い物が欲しくなったんだけど…、店に入って正解だったな」
…癒される?
こんな風に褒められるのは初めてだった。
いつも朔也には、まだまだ子供だとか、考えが足りないだのと注意されてばかりだったので、藤は単純に嬉しいと思った。
「藤」
「は、はい」
呼ばれて慌てた藤は、意識して口元を引き結び真面目な顔を作って顔を上げた。
その慌てた様子にも羽柴はにっこり笑い、藤の手を握る。
それにはさすがにびっくりして藤が手を引っ込めようとしたところを、ギュッと握られた。
その感触に、え?と思う。
掌に何かを握らされている。
「元気を分けてもらったからお礼。取っといて。でも、店の人には内緒だよ? 取られちゃうかもしれないから」
羽柴は悪戯っぽく笑いながら、人差し指を唇にあてた。
掌を開いてみたら、そこには一銭が五枚入っていた。
「えっ、あの…でも」
「私はきみみたいに頑張っている子の力になりたいんだよ。気になるなら、また来た時に少し話し相手になってよ」
藤には、何がこの羽柴の気にいることになったのかは分からなかったけど、せっかくだから貰っておこうと、素直に礼を言った。
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