これは兄さんじゃありません

くるむ

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第一章

兄さん発見! 2

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……兄さん。
……兄さんだ、兄さんがいる!

体がわなわなと震える。
うれしすぎて、体中の細胞隅々までが歓喜に打ち震えているかのようだ。

僕の目に映る兄さんは、表情にも力が無くて疲れているようにも見える。

だけど僕には余裕がなくて、心配するよりも何よりも只々嬉しくってたまらなくて、飛びつく勢いで兄さんの傍に駆け寄った。

「兄さん! 良かった、生きてたんだね! 心配したんだよ! なんですぐに帰ってきてくれなかったんだよ!」
「…………」

……?

目の前で僕が必死で言い募っているのに、兄さんの表情はパッとしない。いくら疲弊しているとはいえ、久しぶりに会う僕に対しても、なんの感慨も無いように見えた。

「兄さん……?」

信じられない面持ちで僕らを見ていた大翔さんたちも、やっと我に返ったようにハッとした表情で僕らの傍に近寄って来た。

「おい! 壱琉、お前ちゃんと返事してやれよ! いったい志音がどれだけ心配したと思ってるんだ? もちろん俺らだってそうだぞ!」

ぼんやりしている兄さんに、本気でイラっとしたんだろう。それはそうだ。だって、本当にみんな兄さんのことを心配してくれていたから。安心と同時に、ぼーっとしている兄さんに腹が立ったんだろう。

それなのに、そんな大翔さんに目の前で怒鳴られても兄さんは一向に動じる気配がなかった。
腕を揺すって返事を強要すると、兄さんの体が小さくぐらりと揺れた。

「……お、」

お? みんなで詰め寄って出た言葉が"お"?

「お腹空いた……」
「兄さん!?」

一言呟くような小さな声を発した後、兄さんはその場に崩れ落ちそうになり慌てて僕が支えた。


失踪してからこの一年、いったいどういう生活をしていたのか兄さんは栄養不良で少し痩せたような気もする。

その後僕らは慌ててホテルに戻って、通りかかった女性の従業員に事情を説明しておかゆを作ってもらうように頼んだ。
もしもしばらく何も食べていないのだとしたら、急に固形物を食べるのは胃に良くないと考えたからだ。

「……それにしてもこいつ、本当に壱琉なのか?」
「え? 違うの? だって、こんなに兄さんそっくりだよ?」

「そりゃ、姿かたちは壱琉そのものだけど……。あの壱琉が"お腹空いた"って言って倒れるか? あいつプライド高いし、何よりストイックな奴だから、どんなときにも弱音なんて吐くようには思えないんだがな」

「……そう言われてみれば……」

目の前には兄さんそっくりの1人の男。
姿かたちだけを見れば兄さんそのものなんだ。

「でも……、兄さんだって思いたい。だって、この地は兄さんが失踪した場所なんだよ? それに、もしかしたら何かがあって記憶を失っただけかもしれないじゃない……」

「志音……」

みんな黙って僕を見た後、視線を未だ気を失っている男に向けた。



「……ん」

そして、目の前の男がゆっくりと瞼を開けた。
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