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もうあんな経験はしたくない

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 がばっと僕は飛び起きた。
 ぐんっと足を床下に引きずり込まれるような嫌な感じで、びっくりして飛び起きたのだ。

 え?

 目が覚めた僕は驚いた。冷たい石造りの小さな牢屋の中にいたはずなのに、ここはマクラーレン侯爵家の僕の部屋だった。

 どういうことだ?
 あれは夢だった?

 だけどそれは違うとすぐにわかった。思い出したのだ。毒を飲み込んでしまったあの時の気持ち悪さと熱さと具合の悪さを。
 吐き気がこみ上げてきた。気持ちが悪い。

 
「なんで……僕は生きているんだ?」 

 困惑でうまく頭が働かない。わからない、わからないけど。僕は奇跡的に生き返ったということだ。

 
 
 コンコン。
 ドアがノックされてビクッとした。

「ショーン様、お目覚めでしょうか?」
 メイドのマリーの声だ。

「あ、ああ。起きてる」
 
 返事をしてあれ?と思った。マリーは僕がひどい癇癪を起こした時に突き飛ばして怪我をさせ、投獄される少し前に侯爵家を去って行ったはずだ。
 そのマリーがなんでまだ家に居るんだろう?
 頭が混乱してくる。いったい今はいつなんだ?

 マリーがドアを開けて入ってきた。

「起きていらっしゃってよかったです。アラン様はすでに朝食をいただいております。ショーン様も支度を致しましょう」
「う……、」
 兄上と比べられたのにまたついイラっとして、うるさいなあと言いかけて口を閉じた。本能が、このままではまた、何も変わらない運命を辿ることになると警告を発していた。

「あ、ありがとう、頼むよ」
「……っ、えっ? は、はいっ!」

 僕の素直な態度にマリーは心底驚いていた。驚きすぎて挙動不審だ。

「あのさ、ちょっと聞くけど。今日は何年の何月、何日だっけ」
 僕の問いにマリーは一瞬きょとんとした後、「今日はコバルト歴780年10月30日です」といった。

「……え?」
 780年の10月って、僕が死ぬ一年も前じゃないか。
 婚約話がただ持ち上がったっていうそれだけのことで、婚約者でもないのにブライアンの事を追いかけまわして嫌われていた時だ。

 ということは、死ぬ直前に戻ったということではなく、少し猶予をもらえたってことなんだ。

 ほんの少し希望が見えてきた。
 もしかしたら僕の罪の酷さに怒った神様が、もう一度同じ罰を下そうとしてるのかと一瞬そんな考えが頭をよぎっていたから。


 だったら、これから先のことを回避することができるかもしれないんだよな。
 あんな惨めで恐ろしい最期をもう一度経験しないといけないだなんてごめんだ。そのためにはどんな努力だってしてやる。それが今度の僕の目標だ。



「兄上、おはようございます」
 僕が挨拶をして席につくのを見て、兄上が目を見開いた。

「ああ、お、おはよう」

 よほど驚いたのか、僕が食事をしているのをスプーンを持ったまま凝視している。
 
「何見て(るんだよ、気持ち悪いな)……らっしゃるんですか?」
 危ない危ない。また暴言をはくところだった。今回は穏便に過ごすって決めたんだからな。

「ああ、いや……。今日は早いんだな」
「はい。そろそろマリーに迷惑をかけるようではいけないなと思いまして」
「ああ……そうか。うん、いいことだ」
「はい、ありがとうございます」

 戸惑いを隠せない兄上が可笑しい。
 だけどそんな気持ちをおくびにもださずににっこり笑うと、兄上はぎこちない笑顔を向けた。
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