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第六章
紫藤澪という恋人……。
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渓流コースというだけあって山道っぽい道になっていた。そこを通りやすくするために、丸太のようなものが一定間隔で埋め込まれている。周りは森の中かと思ってしまう感じで、大小の木々で埋もれている。
残念なことに道幅が少し狭いので、繋いでいた先生の手を離すことになってしまった。
「足元、気をつけろよ」
「うん」
天気がいいから木漏れ日が、きらきらと木々の隙間から零れ落ちてとても綺麗だ。
日々の喧騒から隔離された、別世界にでも来ているような気分になる。
「空気が、気持ちいいわね。ひんやりしてて美味しいわ」
俺たちの前を歩く志緒利さんが、天を仰ぎながら空気をお腹いっぱい吸い込むそぶりを見せた。
前を歩く渚さんたちも、楽しそうに喋りながらここの癒したっぷりの空気感に浸っているようだ。
「あ、先生! 今の……っ」
「何? ああ、初めて見るな。……きれいだ」
木の小枝に止まっていたトンボが、スーッとどこかに飛んで行ってしまった。
それはとても綺麗な青緑色に光る胴体に、黒い羽根というとてもカッコいい姿をしていた。俺が良く知る赤トンボとは感じがかなり違う。
かと思うと、鮮やかな黒に、白の筋模様というかわいらしい蝶々も飛んでいる。
「なんだかホントに別世界だね」
「そうだな、来て良かったか?」
「うん。あ、ちょっと待って!」
さっきと同じ種類のトンボが葉っぱに止まっているのを見つけた。和葉にも見せてやろうと、慌ててスマホを取り出して狙いを定め、画面をタップし写真を撮った。
先生も俺も、どっぷりとこの空気感に浸り、足元に気を配りながら散策を楽しんだ。
しばらく歩いていると、サラサラと気持ちの良い音が聞こえてきた。視線を前方に向けると、沢が目に入る。
なんだかちょっと嬉しくなったので、近寄って水に触れてみる。水は透明で綺麗で、ひんやりして気持ちがよかった。
沢のおかげでより涼しくなった道を、皆でのんびりと歩く。
前方の遠山さんも、今はウザい感じもなくただ楽しんでいるようでホッとする。
「あの……」
先生と、遭遇する珍しい昆虫を見ながら楽しんでいると、遠慮がちに背後から声が掛かった。
「お2人、ですか?」
振り返ると、女子大生らしき2人組だった。
やはり先生目当てらしく、2人とも頬を染めて先生を見上げている。
「――いや、あいつらも一緒の、総勢8人だけど」
テンション低めの、冷ややかな声。
流石関係ない人に興味が無いと言ってのけるだけのことはある……。
彼女らは、その無愛想な声に一瞬ひるんだ後、おずおずとデジカメを差し出した。
「あの……、よければ写真を撮って欲しいんですけど」
……。
恐らく本当は先生と同行したいと思っていたんだろうけど、余りにも関心の無さすぎる声音に、慌てて別の言い訳を考えたみたいだ。
他人事とはいえ、ちょっと気の毒にも感じてしまう。……恋人としては、安心して嬉しいって気持ちにもなってしまうのは事実だけど……。
先生はそのデジカメを一瞥し、ちょっとの間を置いてそれを手に取る。そしてあろうことか、前を歩く柳瀬さんに声を掛けた。
「柳瀬、悪いが撮ってやってくれ」
え?
先生が撮ってあげるんじゃなくて?
この女子大生らも俺と同じことを思ったらしく、一瞬キョトンとした顔の後、複雑な表情を見せた。
呼ばれた柳瀬さんは、苦笑しながら近寄って来た。
いい人だよね、ホント。
「悪いな。俺、こういうの下手くそだから。せっかくの思い出の写真だから、上手い人が撮った方が良いだろ?」
「……俺も上手かどうかは分からないけど」
そう言いながらもデジカメを手にして、彼女らに「撮るよ」と声を掛ける。
無事に写真を撮り終わりデジカメを2人に返すと、彼女らはお礼を言ってそそくさとこの場を去って行った。
「紫藤……」
呆れたように名前を呼ぶ柳瀬さんに、先生は「本当に下手なんだって」と笑った。その背後では、さらに呆れた表情の志緒利さんがため息を吐いている。
ものぐさ過ぎるだろ……。
そう思いながら先生を見上げると、揶揄うようにグイっと額を指で押された。
残念なことに道幅が少し狭いので、繋いでいた先生の手を離すことになってしまった。
「足元、気をつけろよ」
「うん」
天気がいいから木漏れ日が、きらきらと木々の隙間から零れ落ちてとても綺麗だ。
日々の喧騒から隔離された、別世界にでも来ているような気分になる。
「空気が、気持ちいいわね。ひんやりしてて美味しいわ」
俺たちの前を歩く志緒利さんが、天を仰ぎながら空気をお腹いっぱい吸い込むそぶりを見せた。
前を歩く渚さんたちも、楽しそうに喋りながらここの癒したっぷりの空気感に浸っているようだ。
「あ、先生! 今の……っ」
「何? ああ、初めて見るな。……きれいだ」
木の小枝に止まっていたトンボが、スーッとどこかに飛んで行ってしまった。
それはとても綺麗な青緑色に光る胴体に、黒い羽根というとてもカッコいい姿をしていた。俺が良く知る赤トンボとは感じがかなり違う。
かと思うと、鮮やかな黒に、白の筋模様というかわいらしい蝶々も飛んでいる。
「なんだかホントに別世界だね」
「そうだな、来て良かったか?」
「うん。あ、ちょっと待って!」
さっきと同じ種類のトンボが葉っぱに止まっているのを見つけた。和葉にも見せてやろうと、慌ててスマホを取り出して狙いを定め、画面をタップし写真を撮った。
先生も俺も、どっぷりとこの空気感に浸り、足元に気を配りながら散策を楽しんだ。
しばらく歩いていると、サラサラと気持ちの良い音が聞こえてきた。視線を前方に向けると、沢が目に入る。
なんだかちょっと嬉しくなったので、近寄って水に触れてみる。水は透明で綺麗で、ひんやりして気持ちがよかった。
沢のおかげでより涼しくなった道を、皆でのんびりと歩く。
前方の遠山さんも、今はウザい感じもなくただ楽しんでいるようでホッとする。
「あの……」
先生と、遭遇する珍しい昆虫を見ながら楽しんでいると、遠慮がちに背後から声が掛かった。
「お2人、ですか?」
振り返ると、女子大生らしき2人組だった。
やはり先生目当てらしく、2人とも頬を染めて先生を見上げている。
「――いや、あいつらも一緒の、総勢8人だけど」
テンション低めの、冷ややかな声。
流石関係ない人に興味が無いと言ってのけるだけのことはある……。
彼女らは、その無愛想な声に一瞬ひるんだ後、おずおずとデジカメを差し出した。
「あの……、よければ写真を撮って欲しいんですけど」
……。
恐らく本当は先生と同行したいと思っていたんだろうけど、余りにも関心の無さすぎる声音に、慌てて別の言い訳を考えたみたいだ。
他人事とはいえ、ちょっと気の毒にも感じてしまう。……恋人としては、安心して嬉しいって気持ちにもなってしまうのは事実だけど……。
先生はそのデジカメを一瞥し、ちょっとの間を置いてそれを手に取る。そしてあろうことか、前を歩く柳瀬さんに声を掛けた。
「柳瀬、悪いが撮ってやってくれ」
え?
先生が撮ってあげるんじゃなくて?
この女子大生らも俺と同じことを思ったらしく、一瞬キョトンとした顔の後、複雑な表情を見せた。
呼ばれた柳瀬さんは、苦笑しながら近寄って来た。
いい人だよね、ホント。
「悪いな。俺、こういうの下手くそだから。せっかくの思い出の写真だから、上手い人が撮った方が良いだろ?」
「……俺も上手かどうかは分からないけど」
そう言いながらもデジカメを手にして、彼女らに「撮るよ」と声を掛ける。
無事に写真を撮り終わりデジカメを2人に返すと、彼女らはお礼を言ってそそくさとこの場を去って行った。
「紫藤……」
呆れたように名前を呼ぶ柳瀬さんに、先生は「本当に下手なんだって」と笑った。その背後では、さらに呆れた表情の志緒利さんがため息を吐いている。
ものぐさ過ぎるだろ……。
そう思いながら先生を見上げると、揶揄うようにグイっと額を指で押された。
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