俺を助けてくれたのは、怖くて優しい変わり者

くるむ

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ケジメをつけるために

叔父との再会

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尚哉が作ってくれていた昼飯を食べた後、俺は絵を抱えて久しぶりに実家に戻った。

――実家。

俺の家は、いわゆるやくざというもので、親父はその組長だった。一人っ子で兄弟のいない俺は、跡目を継ぐのはお前だと言い続けられ、守役まで付いていた。
俺は、それが嫌で嫌で仕方がなかった。

『あいつはヤクザの家の子だ』
『かかわると碌な事は無いぞ』

さんざん後ろ指を指され、楽しい子供時代の記憶なんて無かった。

『俺は絶対に痕目なんて継がない! こんな家なんて出てってやる!』

反抗しては親父に殴られ、守役の杉藤すぎとうに何度執り成されたことか。


住宅街の奥へ奥へと進んでいき、見慣れた屋敷が見えて来た。
外から見た感じは昔と何ら変わらない。庭の手入れも行き届いているように見える。

ため息を吐きつつ、ドアホンを鳴らした。


「坊ちゃん、お久しぶりです!」

ドカドカと走り寄る大柄な杉藤に苦笑いが浮かぶ。

「久しぶりだな、杉藤。だが俺はもう、坊ちゃんなんかじゃないぞ?」
「ああ、そうでしたね。すみません。つい……。お元気でしたか? 随分……、大人っぽい感じになりましたね」
「そうか? ――お前も、少し老けたようだな」
「ハハ……。それは、まあ。あれから……もう八年になりますか」
「――そうだな」
「あ、すみません。坊ちゃ……、龍さん。親父さんがお待ちです」

そう言って、杉藤が案内するように俺の前を歩き始めた。

何だか変な気がするな。
八年前までは、俺はここに自分の家として住んでいたんだ。

「親父さん、龍さんが来られました」
「入れ」

杉藤がスッと襖を開けて、俺に入るように促した。

「失礼します」

久しぶりに会う叔父は、八年前となんら変わらない貫禄があった。

「……久しぶりだな、龍。――だいぶ大人になったな」
「お久しぶりです。叔父さん。先日は、無理な頼みを聞いてくれてありがとうございました」
「いや。却って、百塚組の役に立ったのだから、礼はいらん」
「……え?」

どういう意味だ?

顔を上げて叔父の顔を見ると、叔父は口角を上げて人の悪そうな笑みを作っている。

「あの『男花魁』は、半グレのオーナー格の野郎が出資している店だったんだよ。前に、プリペイド式のスマホを別名義で取ってくれと頼んできたことがあっただろ? あの時に、いろいろ下の者に調べさせてな、それで奴らのことを徹底的に調べ上げて弱みをきっちり握らせてもらったのさ」

「…………」
「それに、枇々木尚哉とかいう坊主の件も、気にすることは無い。坊主の代わりに、母親とその愛人に自力で返済するよういい場所を紹介してやったから」
「そうでしたか」

だいたいの検討は付いていたが、こうハッキリ聞かされるとどう反応したらいいのか分からなくなる。

……尚哉の母親に関しては、愛人の為に息子を売るような女だ。聞かなかったふりをして、尚哉には何も言わずにいてやった方がいいだろう。

「それはそうと、酒井から聞いているぞ。今、画家になっていて、期待の新人と言われているそうだな?」
「それは買いかぶりですよ。……ですが少しずつ俺のことを知ってもらえてきて、知名度だけは上がって来たようです。俺の絵を気に入った顧客も幾人か、付いてくれてますし」
「そうか……。良かったな」
「はい。あの時叔父さんが、俺をここから解放してくれたおかげです」
「解放……か。――お前は、潔かったからな。先代の遺産は何一ついらないと、遺留分すらもらわなかっただろう。……姐さんの遺産すらいらないと言い切っていたしな」

「でも結局は、母の実家だけはいただきました」
「ふっ……。あれは、百塚家とは関係のない遺産だろう?」
「それでも、おかげで済む家に困らずに済んでいます。――叔父さん……、」
「ん?」

居住まいを正し、きっちりと叔父の目を見た。

「百塚家との縁を切った俺の不躾な頼みを聞いていただき、本当にありがとうございました。これから先、これ以上百塚家に頼みごとをすることも迷惑を掛けることも一切ありません。今日はその返礼に、俺が精魂込めて描いた絵を持ってきました」

「それか……。何を抱えているのかと思ったら……。開けてみても良いか?」
「はい」

しっかりと梱包してきたものを丁寧に剥がし、叔父の前に差し出した。

「おお……、これは……」

一瞬目を見開き息を呑んだ叔父は、しばらく無言で絵を眺めていた。

「凄い絵だな。……お前はやはり、堅気の方があっている男だったんだな」

「……叔父さん」
「なんだ?」
「ヤクザを、辞める気は無いですか?」
「――今は、無理だな」
「ですが昔と違って、かなり厳しくなってきてるのではないですか?」
「そうだな。みかじめ料も取れなくなってきたご時世だ。上納金の徴収自体もだいぶ減っている」
「ではもしも、もしも組を解散する気になって、その際に金が要りようになった時はこの絵を売り払って金に換えてください」
「…………」
「俺の絵の売値は、少しずつですが確実に上がってきています。今はまだ俺の絵の最高額は、百万に手が届くか届かないかといったところなんすけど、もっともっと頑張って、そのうち一千万を超える価値が出るように努力をしますから」

夢のような話だという事は分かっている。だが、努力もせずに端から諦めていては、成れるものも成れないだろう。

「――まったくお前ときたら……。礼をしたいという気持ちは本心なんだろうが、龍。お前の一番の目的は、百塚には絶対に戻る気は無いと念押ししに来ることだったんだな」
「……それもありますが、あの時、俺を解放してくれた叔父さんへの恩義の気持ちが強いのも事実です。ですからこの絵を受け取って、万が一の時に使ってやってください」

俺がそう言うと、叔父は絵をじっと見て、じっと見てぼそりと呟いた。

「手放すには惜しい絵だ」

それは世辞ではなく、本当に気に入ってくれたようだった。近くに遠くに絵をやりながら、叔父はいろんな角度から絵を楽しんでいるようだった。

「これは有り難くいただいておく。だが、お前の言う万が一のことが起きたとしても、この絵を売り飛ばさないで済むように、先のことも少しは真剣に考えるようにしよう」
「はい」

俺はその言葉にホッとして、やっと肩の荷が下りたような気持ちになれた。

「龍、今日はゆっくりしていけるんだろうな? 雅高の奴もお前に会えるのを楽しみにしていたぞ? 今日はお前の部屋を空けてあるから、そこに泊まっていけばいい」
「……はい」
「それと、北原には会っていくか?」
「北原……、元気にやっていますか?」
「ああ。龍が来ることは知らせてないから、今日はまだ家に顔を出していない。どうする? 連絡するか?」
「そう……、ですね。本当は会わない方がいいのかもしれませんが、……後で俺がここに来たことを知ったら、余計やさぐれるかもしれませんし……。会います。連絡を取ってください」

「わかった。では、そうしよう」

北原将也 、俺の守役の一人だった男だ。
親父を敬愛していたあの男は、俺に心底期待して跡目を継ぐと信じて疑ってはいなかった。
俺がどんなにそれを毛嫌いしていたか、分かっていたのに。

気は重いが逃げるわけにはいかない。
俺は腹にグッと力を入れた。
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