俺を助けてくれたのは、怖くて優しい変わり者

くるむ

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これが初恋

約束

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「ん……」

日差しの強さに目を開けた。

……?
何時だ? この感じだと、もう八時は回ってるんじゃないのか……?

モゾモゾと体を起こし、なんだか違和感を覚える。
回らない頭で部屋を見回して、自分が灰咲さんのベッドにいることに気が付いた。

……あ、そうだよ!
昨日、俺、灰咲さんに駄々こねて一緒に寝てもらったんだった。

「…………」

昨日はあんなに恐怖で落ち着かなくて、居ても立ってもいられない気分だったのに……。
灰咲さんって、なんか凄い。ただ傍に居て体温を感じるだけで、俺をこんなに落ち着かせてくれた。

こんな厄介者の俺が、このまま灰咲さんの傍に居続けていいのか分からないけど。


――そんなことをしてみろ。俺はお前を取り戻しに、単身で店に乗り込むぞ。

……灰咲さん。
俺、このまま本当に甘え続けててもいいの?
いつか、本当に灰咲さんに迷惑を掛けることにならない?

何度自問自答したところで、答えなんて出ない。
出せるわけないけど……。

寝室に、灰咲さんの姿は既に無かった。
ふうっと息を吐いて壁に掛かっている時計を確認する。時刻は現在八時五十分。
今頃灰咲さんは顔も洗い終えて、お腹を空かしているかもしれない。

……答えは、もう少し先延ばしにしてもいいよな?

俺は、エイッと勢いよくベッドから飛び出して寝室を出た。

顔を洗いに洗面所に向かっている途中で、アトリエから出て来た灰咲さんと鉢合わせる。
パチッと目が合って、俺は瞬時に昨夜のキスを思い出してしまった。

うわわ。そうだよ、俺。灰咲さんとキス……。

――まあ、アレだ 。……おまじないだ。

……ああ、そうだった。おまじない。おまじない、ね……。
熱くなり始めた顔が、瞬時に冷めた。

「…………」

「尚哉?」
「あ、お……、おはよう灰咲さん」

一人で百面相をしていただろう俺の顔を見て、灰咲さんが怪訝な顔をした。
この調子だと、昨日の事なんてあんまり意識してないようだな……。

増々不貞腐れた気持ちになるけど、いつまでも拘っててもしょうがないか。

「おはよう。飯作ってあるから、さっさと顔洗ってこい」
「あ、うん。――て? ごめん、ご飯作ってくれたの?」
「ああ。これから設楽さんの紹介で、絵のモデルに美人が来るんだ。だからさっさとご飯済ませよう」
「……? え?」

美人? 今、美人って言った!

「ああ。尚哉は設楽さんを知らないか。紅林さんの友人だ。今日来る美人は絵画モデルに興味があるらしくて、俺が紅林さんに相談したら、もしよければと紹介してくれたんだ」

設楽さんなんて、どうでもいいよ!
そんなことより……。

「……灰咲さんがそんなもの、描くとは思わなかった」
「こう見えても、人物画は割と得意なんだぞ?」
「…………」
「心配するな。いい絵に仕上げて、画廊に吹っ掛けてやる」

……そういう問題じゃないんだけど。

「ホラ、ホラ。顔洗ってこい。飯にするぞ」
「……はあい」

美人ってなんだよ! 肩透かしのキスの次は、それかよ!
もう、灰咲さんのバカ!

「尚哉」
「なにー」

洗面所に向かうため背を向けた俺の後ろから、灰咲さんが声を掛けた。少しムッとしている俺は、振り返りもせずぞんざいに返事を返す。

「昨日言ったことは本気だからな」
「……え?」

本気? 何が。

余りにも真面目な声で帰って来た言葉に、さすがに俺も振り向いた。

「俺に迷惑を掛けるだなんて、バカなことは考えるなって事だ。望月とかいうバカな奴の所に戻ったりしたら、俺は店に乗り込んでお前を取り戻しに行くからな」

「……灰咲さん」
「約束しろ。勝手に出て行ったりするなよ」
「……っ、うん……。俺、灰咲さんに何も言わずに出て行ったり……しないよ」
「――お前は、前科があるからな」

前科。
俺が朱里さんに嫉妬して、この家を出ようと決心した時のことだ……。

「……約束する。灰咲さんに何も言わずに、ここを出て行ったりしない」
「ああ、じゃあ信じるからな」
「うん」

俺はしっかり頷いて、顔を洗いに洗面所へと向かった。
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