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してはいけないこと

消えない匂い

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恐る恐る振り返ると、そこには三十代後半くらいの男が立っていた。ビジネスバッグを乗っけたスーツケースを手にしているので、どうやら出張中のサラリーマンのようだ。

「よかったら、少し俺と遊んでいかない?」
「……? え?」


どう考えても胡散臭いワードに、嫌な記憶が甦る。
警戒から眉を寄せ、身を固くして一歩退シリゾいた。

「ああ、いや。そんな警戒しないでよ。……だって君、俺と同じでしょ?」

同じ? 
なにが。

「おんなじ匂いがするんだよなー、俺と。ゲイなんだろ?」
「はあっ!?」

男のその言葉に、俺は瞬時に怒りが爆発した。

ゲイ? 匂い?
なんだそれ!

情けないことに、俺は未だに誰かを好きになったことは無い。
それなのに、何で俺がこいつと同じだと分かるんだ?

脳裏に浮かぶおぞましい俺の過去。
目を閉じて歯を食いしばって必死で耐えていたのに、それを俺が好き好んで受け入れてたとでも言いたいのか、こいつは!

「俺は男を好きになった事なんて一度だって無いぞ! 男漁りをしたいんなら、ゲイバーとかハッテン場とかに行けばいいだろ!!」
「ちょ、ちょっと君、声が大きいよ。悪かった、悪かったから。……でも、君本当に違うのか?」

怒りに塗れて喚く俺を、男は落ち着かせようと思ってなのか、近づいてきて両肩をポンポンと軽くたたいた。だけど性懲りもなく俺をゲイだと思い込んでいるようなのには腹が立った。

「違うって言ってんだろ! なんなんだ、あんた。俺に援交しろとでも……モガガッ!」
「わっ……、悪かった。悪かったってば! ほら、これ。口止め料だから……、ああ、いや……。そう、慰謝料! 慰謝料だ。気に障ること言って悪かったよ。じゃあ、……じゃあな」

怒りが治まらずに言い返しながら暴れる俺に、男は慌てて俺の口を塞いだ。そして何を思ったのか、無造作にお金を取り出して俺の掌に無理やりそれを握らせた。

「ちょっ……、ちょっと待てよ、おいっ、おっさん!!」

男は俺が呼び止めるのを無視して足早に逃げ去ってしまった。
もちろん俺も、それでも追いかける気があれば追い付くことは出来たのかもしれないけど、買い物袋を手にしていたし、重い荷物を持って走るのが何となく面倒だったからそのまま手にお金を握り締めたまま男を見送ってしまった。

……なんだか凄く嫌な気分だ。

匂いって……。

未だに俺には経験が、自分でも分からないうちに染み込んでしまっているのだろうか?どんなに綺麗になろうと思っても、やり直そうと思っても、俺の中にソレは消えずに残ってしまうものなんだろうか……?

悔しくて涙が出そうになる。


俺は重い脚を引きずって、灰咲さんの待つ家に戻った。
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