上 下
71 / 98
第五章

幸せと心配

しおりを挟む
キッチンの方からカチャカチャという音が聞こえ、味噌汁の良い匂いもしてきた。ぱたんと腕をのばし、布団を撫でる。一弥の気配も温もりもない。

あんなにしっかり腕の中に抱いていたのに。気づかないうちに俺を起こさないように、一弥はすんなり俺の腕の中から出て行ってしまっていた。

「あ、建輔さんおはよう」
「……おはよう。相変わらず早いな」
「もうこれは癖みたいなもんだから」
「そうか。顔を洗ってくる」
「うん。じゃあこっちも準備しておくね」

一弥が来てからの、これはもう朝の日常だ。誰かと一緒に住むという幸せを当たり前に思ってしまっている俺は、今までどうやって一人の時間を過ごしてきたのか、わからなくなってしまっている。
茶碗の重なる音や戸棚の開け閉めの音を聞きながら、俺は歯ブラシを手に取った。

「つけてあるよ。冷めないうちに食べよう」
「サンキュ」

今日はジャガイモと白菜の味噌汁に、カボチャの煮物と卵焼きだ。一人の時のいい加減な食事とは違って、朝からちょっとうれしくなる。

「俺、今日女装しようかな」
「はっ?」

突然の一弥の言葉に素っ頓狂な声が出て、箸を落としそうになった。女装?

いくら美少年とはいえ、そんな趣味があったのかと驚愕して一弥を凝視する。そんな俺に気がついて、彼は笑いながら手を振った。

「嫌だな、変な想像して。あの店のあるところはカルキと関わりがあるようだから、竹本を探りに行った先で万が一奴らに出会ったりしたらまずいと思ったんだよ」

「でも、なんで女装?」

「……以前潜入とかしてた時に、よく女装してたんだよ。だから慣れてるんだ。それに、俺が女装していたのを知っていたのはカイリだけだったから、ばれる心配はないと思うよ」

「そうか……」
と言いつつ、かなり複雑だ。こんなに綺麗な顔をしているのだから、女装したらかなりの美少女だろう。他の男たちの視線を考えたら、もやもやする。

「一弥」
「うん?」
「美少女に化けるなよ。なるべく目だたないようにしろ」
「え……」

一弥は目を丸くして小首を傾げた。

「誰かが本気になったら困るだろ」

真顔で俺がそう注意をすると、一弥は心底うれしそうな顔をした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ユーチューバーの家でトイレを借りようとしたら迷惑リスナーに間違えられて…?

こじらせた処女
BL
大学生になり下宿を始めた晴翔(はると)は、近くを散策しているうちに道に迷ってしまう。そんな中、トイレに行きたくなってしまうけれど、近くに公衆トイレは無い。切羽詰まった状態になってしまった彼は、たまたま目についた家にトイレを借りようとインターホンを押したが、そこはとあるユーチューバーの家だった。迷惑リスナーに間違えられてしまった彼は…?

好きな人の婚約者を探しています

迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼 *全12話+後日談1話

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...