拾ったのは、妖艶で獰猛な猫だった

くるむ

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第四章

関わる必要のないこと

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少しの沈黙。
微妙な空気を崩すかのように、一弥が俺の背後から顔だけを出してこっそりと囁いた。

「思い出の女性だったりして」
「……!」

あ……。図星か。

一弥は意識してだろうが、子猫のように目をくりんとして小首を傾げ、峯野さんを見ている。じいっとそんなあどけない表情で見られ続けて、峯野さんもどうやら毒気を抜かれたようだ。
フッと表情を崩して苦笑いをし、「鋭いね」と小さな声で返事を返した。

峯野さんはすごく穏やかな顔をしていた。その思い出の人が、とても愛おしくて大事で大切だと言わんばかりに。

「今の自分があるのは、その彼女のおかげなんですよ。……内緒ですけど」

そう言って、少し悪戯っぽく笑った。

その彼の表情を見た時、俺の胸の中で何かが動めいた。何と表現していいのかわからない不思議でモヤモヤとした感情だ。
彼に悪気がないのは分かっている。きっと彼にとって彼女は、もう既に過去の人となってしまっているのだろう。だから今の彼女を詮索したりはせず、ただただ彼女の幸せを願っている…… そんなふうに思えた。

「……いっ」

俺の手をつかんでいた一弥が、無意識だろうがギリッと爪を立てていた。

いてーよ。

眉をしかめて一弥を見ると、少しむくれて頬を膨らませている。

……そうか、こいつも峯野さんの表情に触発されたか。

「俺、あの『月夜の乙女』と感じのよく似た天女像を見たことあるよ」
「えっ?」
おい!

驚き慌てて峯野さんを見た。

「…………」

不意を突かれたのだろう。峯野さんは本気で驚いた顔をしている。

「どこで……」

さっきまでの余裕のある表情とは違い、確実にうろたえている。もしかしたら一弥が、佐孝さんと何らかの繋がりがあるのではないかと勘繰ったのかもしれない。

「ちょっとした知り合いの女の人」
「そう、か」
「もしかしてその天女像に覚えがあるのですか? 以前に販売したことがあるとか」
「……売ってはいません。ただ、以前に天女像を作って……、贈ったことがあります」
「それは……、もしかしてさっき言っていた女性のことですか?」

俺の直球の質問に一瞬躊躇してみせたが、峯野さんはしっかりと頷いた。

「そうです」

――ほら、調べるまでもなかっただろう?

一弥の目がそう訴えているが、この期に及んで俺は、もっと深いところにまで答えを探したくなってしまっていた。

本当のところ、峯野さんは佐孝さんのことをどう思っているのだろう?
さっきはもう過去の人という存在になっているのかと思ったのだけど、一弥の思わせぶりな発言に動揺したあの姿からは、まだ彼女に未練があると思ってもいいのだろうか?

自分が背負うことの出来ない他人の人生に踏み込む事は、野次馬同然だ。場合によっては、せっかく築いた人生をめちゃくちゃにしてしまう可能性だってある。

そんな事は、何でも屋なんかが関わることではないと、ずっとそう思って来たのに。
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