拾ったのは、妖艶で獰猛な猫だった

くるむ

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第四章

非売品の陶人形

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「松坂ギャラリー、ここだな」

舞洲まいすビル。
その複合ビルの一角に、そのギャラリーはあった。入り口から覗いて見ると、受け付けらしき女性が一人。それに、あれは峯野さんだろうか? 背を向けているのではっきり顔は見えないが、客らしき男性に作品の説明をしているようだ。
その他にも客らしき人は数人いた。

「入るか」
「うん」

そう広くはないスペースだが、個人展ならこんなものかもしれない。感じ良く配置されたテーブルの上に、コーヒーカップやデザート皿、お茶碗や深皿などが置かれている。

「建輔さん、あれ」

感じのいいコーヒーカップに目を奪われていると、一弥が俺の袖をクイクイと引っ張った。

「なんだ?」
「見て、あれ」
「え?」

一弥が指差した先を目で追うと、その一角に、陶器で作られた人形が置かれていた。作品名は『月夜の乙女』。立ち膝で、月に祈るかのように両手を組んでいる。

「非売品なんだね、これ」
「そのようだな」

展示即売会も兼ねているようで、ほとんどの作品には値段の提示もなされているが、この作品にはそれがない。

「でもこれだけじゃないな。あそこにある花器も非売品みたいだ」
「あ、向うに置いてあるウサギの置き物も非売品みたい。基準は何なんだろうね」
「さあなー」

売り物にならないというレベルではなさそうだし、あのウサギなんて特に作家の思い入れが強い作品には見えない。そう考えると……。

「お越しいただきありがとうございます。気に入った作品などありましたか?」
「えっ、あ……」

びっくりして一瞬言葉に詰まった。
振り返ると、画像で確認した通りの峯野さんが立っていたから。

心の準備が出来ないままいきなりターゲットが現われたことに慌てる俺を、いつものように冷静でいてくれる一弥がそっと俺の背中を叩いた。

……情けない。

「あっ、ええっと……、はい。だけど貧乏人には目の保養でしかないですね。あそこのコーヒーカップ、いいなと思ったんですけど、とてもじゃないけど手が出ない」

「ああ、それは……。この個展用に、お客様をもてなすための器と言うコンセプトで作りましたから。工房の直売所では、普段日常で使ってもらうための器や皿とかも結構あるんですよ」

「そうですか。――ところで、あの非売品の人形ですが風情があっていいですね。……どなたかモデルがいらっしゃるのですか?」

「え?」

俺の突然の質問に言葉を詰まらせた峯野さんの表情は、明らかに動揺しているようだった。
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