拾ったのは、妖艶で獰猛な猫だった

くるむ

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第四章

一弥の焼き餅

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艶っぽい笑みを向けられて素直に疼く自分と、その反面一弥を危惧する自分がいる。考え過ぎかもしれないが、その艶やかで危険な表情は、彼がまだ暗く重い過去を引きずっているからなのではないのか?

「建輔さん……?」

俺が何の反応もせずぽかんとつっ立っているのを見て、一弥が俺の袖を引いた。

「ああ、悪い。行こうか」

そんな事を、俺が今ここでうだうだ考えていてもしょうがない。こいつの事なら何もかもを受け入れられる自信があるんだ。たからずっと傍にいて、一弥の気持ちを引き上げてやればいい。それだけのことだ。

店内は、思った通りの現状が待っていた。ママ友仲間らしき団体や、小さな子供を連れたお母さんたち。男性客も何人かはいたが、やはり女性客が圧倒的に多い。
俺達が中に入った時その中の何人かがこちらを向いたが、すぐにまたみんな視線を戻した。

どこからどう見てもイケてるとは言い難い帽子の効果は、どうやらそれなりにあったようだ。

しばらく待った後、席に案内された。

「なに食いたい?」
「ええっと、……あ、日替わりランチってのもあるんだね」
「ああ、そうだが。外食は、またいつになるか分からないから、日替わりが気に入らなかったら他から選んでもいいぞ」

「ううん。俺生姜焼き好きだから、日替わりにする。お味噌汁にサラダも付くからお得っぽいし」
「そうか。じゃあ俺も日替わりにしよう」

テーブルの端に置いてある呼び出し音を鳴らし、店員に注文した。

「……ねえ、建輔さん。建輔さんから見て左の席に座ってる人達、見覚えのある人? さっきからこっちの方見てる」

一弥の指摘にハッとした。一弥を見られてはいけないということばかりを気にしていたけど、その対象が俺の同業者だという事をすっかり失念していた。一弥と出会う前の俺は、従業員もいない(必要ない)ちっぽけな仕事しかしない奴で知られていたから、変に興味を持たれたのかもしれない。俺は、出来るだけ顔を向けずに視線だけをずらしてその相手を確認した。

…………?

「知らない子だ」

確かにこちらの方を窺うようにしているけれど、見た事もない女性たちだ。楽しそうに燥ぐようにしている感じからして、とても悪い事を企んでいるようには見えない。

「…………」

俺の言葉に、一弥はぷくっと頬を膨らませて恨めしそうな目で俺を見た。

……なんだ?

「建輔さん、実はモテるんだろ?」
「は?」

はああ?

驚愕する俺をよそに、一弥は運ばれて来た生姜焼き定食をがっつく。何だか自棄になっているような食べっぷりだ。

焼き餅焼いてるってわけか?

あの子たちが俺を見てはしゃいでいるのかどうかは別として、一弥の俺に対する独占欲がうれしくて思わず頬を緩めた。
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