拾ったのは、妖艶で獰猛な猫だった

くるむ

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第四章

依頼人の事情

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決心はしたようだが、佐孝さんの口は重かった。

「ではちょっとお聞きしていいですか?」
「あ、はい」
「取り返してと言っていましたが、相手が誰だか検討はついているのですか?」
「……はい。多分、……峯野ひろ美さんじゃないかと」
「峯野ひろ美……。その人とはどういうお知り合いですか?」

俺がそう聞くと、佐孝さんの肩がぴくっと動いた。やはりかなりの訳ありと言う事か。

「……ひろ美さんは、陶芸家の重鎮、一岡宗男の一人娘なんです」
「一岡……」
「建輔さん知ってるの?」
「いや、初めて聞く」
陶芸なんて興味ないし。

「だよね。俺も聞いたことない」

俺らがコソコソ話しているのを見て、ほんの少し佐孝さんが笑った。

「そうですよね。その世界の中では有名な方なんですけど、興味がなければ分からなくて当然です」
「あ、いや。無知ですみません」
「いえいえ」

佐孝さんは手を横に振りながら笑った。
些細なこの会話で、少し佐孝さんの緊張もほぐれたようだった。

「……実は、そのひろ美さんの旦那様の峯野真人さんと私……、昔恋人同士だったんです」
「え……」

驚く俺らを前に、佐孝さんは寂しそうな笑みを浮かべた。

「真人さんは昔から絵をかいたり物を作るのが好きで、高校の時にろくろの陶芸体験をしたことが切っ掛けで陶芸の道を選んだんです。しばらく窯元で就職して必死で頑張って、自分の工房を持つことが出来たんですが……、なかなかうまくはいきませんでした」

「陶芸のことはよくわかりませんが、独立は大変だったでしょうね」
「はい。……でもそんな時に展示会に参加したことが切っ掛けで、彼の作品が一岡先生の目に留まったんです」

佐孝さんはそこまで言って一区切りし、一弥が淹れたお茶を飲んだ。そしてふっと息を吐き、言葉を続ける。

「その世界の重鎮でもある一岡先生に声をかけてもらって、真人さんも私もすごく喜んだんです。だけど……、ひろ美さんとの縁談話が持ち上がってしまって……」

「酷いな……」

思わずといった風に、一弥がポツリとつぶやいた。眉間にはしわが寄っている。
それに佐孝さんは苦笑して、目を伏せた。

「……で、真人さんは断れなくてそのお嬢さんと結婚されたんですか?」

「いえ……。真人さんはその場で断ってくれてたんです。確かに一岡先生の支援があれば仕事も軌道に乗るだろうけれど、それはお受けできないと言って。だけどそう言って取り合わない真人さんに業を煮やしたひろ美さんが私の前に現れたんです」

「……それであなたが説得されてしまった?」

「はい……。だって、真人さんが陶芸の道をひたすら頑張っているのをこの目で見てきましたから。一岡先生のお話を蹴ったそのあとから、今まで真人さんの作品を扱ってくれていた店への商談も、展示会に関する通知すら来なくなってしまってたんです」

「圧力だな。未だにそんなことがあるもんなんだな」

「はい。……それでも真人さんは私には気にするなと言ってくれて、ネット販売とかにも力を入れてみたんですけど、そうそう甘くはなくて……。日に日に気落ちし疲弊していく真人さんを私が見ていられなくなってしまったんです。真人さんには幸せになってほしいのに、私が足かせになっているんじゃないかってそう思ってしまって……」

「そう、ですか。……では、その天女像は別れる前にあなたが真人さんからもらったものなんですか?」
「あ、いいえ。別れたのは二年前なんですけど、……四か月前くらいに私の下に送られてきたものなんです」
「四か月前……? ということは、真人さんとは別れた後も連絡を取り合っていたんですか?」
「いいえ、それは一度も。……思い出すのも辛すぎて、なるべく早く忘れようと考えていましたし。彼に迷惑をかけたくないって思っていましたし……」

「あのさ、佐孝さん」

佐孝さんの話に耳を傾けていた一弥が、身を乗り出すようにして話しかけた。佐孝さんも顔を上げて、一弥を見る。

「一つ確認してもいい?」
「はい」
「佐孝さんは今でもその真人さんって人のこと、好きなの?」

一弥の少し踏み込んだ質問に一瞬固まる風情を見せた佐孝さんは、それでも静かにこくりと頷いた。

「……すごく好きだった人だから、やっぱりそう簡単に諦めることは出来そうもなくて……」
「そうか。うん、だよな」

佐孝さんの返事を聞いた一弥の目の色が、今までとは明らかに違っていた。
光が宿ったというか、やる気スイッチが入ったというか。

かくいう俺も、佐孝さんの話を聞いているうちにこの仕事を引き受ける気持ちの方が強くなってきていた。
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