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第三章

一弥の本心

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「……カイリは俺が万引きしたおにぎりのお金を払ってくれて、俺をそのまま家に連れ帰った」
「親切心からじゃ……、無いよな?」
「もちろんだよ」

くすりと笑うその横顔は、それでいて静かなものだった。

「俺のすさんだ目を見て、使えると思ったんだってさ。訓練に応じて、言う事を聞けば生きていけるようにしてやるって言われた」
「一弥……」

「あの頃は、ただただ居場所が得られたと思ってカイリに気に入られようと必死だったよ。殴られようが痛めつけられようが、俺が訓練を真面目に受けていればカイリが優しくしてくれたし、食べ物も与えてくれたから……」

「一……弥」

一弥の口から普通に出てくる訓練という言葉。一体、何をさせられていたんだろう?
気にはなるが、だがあまりにも淡々と話す静かな横顔に、なんだか追及する気になれなかった。

もしかしたらこいつは、自分で思っているよりも深いところで凄く凄く傷ついているんじゃないのか?

「……カイリのことは好き……、だったか?」
「――そうだね」

ズキンと、まるでナイフで抉られるような鈍い痛みが広がる。
そうか……。一弥はカイリを好きだったのか。だからあの時、俺に抱き着いてカイリと口走ったのか。

「だけど……」

ゆっくりと一弥がこちらに顔を向けて、俺の目をじっと見つめた。

「好きには種類があるんだって、建輔さんと出会って初めて知った」
「……え?」

「カイリへの好きは冷たい緊張感が伴って、優しくしてもらいたいっていう欲求だった。それに、この人しか俺を生かしてくれる人はいないんだって思ってたから、必要で絶対的な存在だった。だけど……」

そこでいったん言葉を止めた一弥は、その表情を可笑しさを堪えているような微妙なものに変化させた。

「建輔さんは違った。一緒にいるだけでうれしくて、ただそれだけで居心地いいし……。それに温かくて優しくて、そんでもってただのお人好しだったりしてさ。こんな人がこの世の中を生きていけるんだって、不思議だなあって……」

「…………」

それは、褒められていると取ってもいいのか? なんだか褒めの形をとりつつ、実はディすられてるような気がするんだが……。

「――俺は、建輔さんの一番近くにいたい。……他の誰かが、俺以上に近い存在で建輔さんの傍にいるだなんて想像したくもない。俺に溺れてほしいし、俺の心も体も丸ごと好きになってほしい。……愛してほしい。建輔さんの言う……、恋人にしてほしいんだ」

……じゃあ、なんで?
何であの時、『カイリ』とつぶやいたんだ?

どうしても脳裏に浮かんでしまうその疑問が、一弥の言葉を素直に受け入れられずにいる。俺のその微妙な表情に、一弥の顔もまた曇り始めた。

「――一弥。一つ聞いてもいいか?」

一弥がここまで話をしてくれたんだ。言葉にしにくいからと言って、気になっていることにこのまま蓋をしたままではきっとダメだ。

「は……い」

慎重に返す俺に、一弥はまた他人行儀な返事を返した。緊張すると敬語になる癖があるのか、こいつは。

「……あの時、依頼のことで言い合いになって俺が部屋に籠ったとき、お前、俺に抱き着いて"カイリ"って言ったよな? あれは、なんでだ?」
「……え?」

一弥は本気で思い当たらないようで、目をぱちぱちさせて小首を傾げた。そして一生懸命思い出そうとしているのか、顎に手をやり俯いた。
そして、ふと顔を上げる。

「もしかしたら……」
「なんだ?」

「……俺が言う事聞かなかったりした時に、俺……、カイリに何度か部屋に閉じ込められたことがあるんだ。すっごく狭い部屋でさ、窓も明かりも無くて……、息苦しいくらい暗い部屋に何時間も閉じ込められて……。立ち位置は逆だけど、建輔さんに拒否されて籠城されたとき、その時の恐怖を思い出しちゃってたから……。だからもしかしたら、そう呟いていたかもしれない」

「そう……、なのか?」
「そうだよ。それ以外の理由なんてないよ。……建輔さん、もしかして俺が本当はカイリのことを好きだとかそんな風に勘違いして、それで俺とのこと躊躇してたとか言うの?」
「それは……」

まあ、図星だ。だけどなんだか格好悪いような気がして、素直に頷けない。
何なんだろうな、この負けてる感は。

「もしも、もしもだよ? もしも今カイリが生きていて、建輔さんを殺せと俺に命令したとしたら、俺、迷わずにカイリを殺しに行ってるよ? たとえ返り討ちに遭う確率が高いとしても、俺は建輔さんの方を取る。大事なのは、一番俺の傍にいて好きになってほしいのは建輔さんだけだ。それはちゃんと分かってよ!」

目に涙をいっぱい溜めて訴える一弥に、俺は息をのんだ。
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