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第三章

一弥の過去

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「好きになって」とうわ言のように言いながら、俺を求めて甘く舌を絡める一弥に、俺の理性の糸がとうととうプチンと切れた。
グイッと一弥を抱き寄せ、体を反転させる。一弥に圧し掛かった俺は、逆に一弥の唇を求めた。
舌を絡めて吸い付いて……、俺はわけが分からなくなるほど夢中で一弥の唇を貪った。

……拙い。このままでは激情に呑み込まれて、とんでもないことになってしまう……。
まだ残っていた理性が、むくりと頭を持ち上げた。俺は必死でなけなしの理性を振り絞って、一弥の体を離した。

唇が離れて、一弥の唇から吐息が漏れる。

「……輔さん、建輔……」

離され、空いた空間を嫌がって、一弥がまた俺に縋りつこうとする。その腕をキュッと握って目を閉じて、未だ昂りかける熱を静めるために、ふうっと細く長く息を吐きだした。そして一弥と目を合わせる。

「……一弥。話がある」
「…………」

気を静めることに集中していたため、慎重な声が出た。一瞬、一弥の視線が揺らぐ。表情が、どんどん曇っていった。

だけど、このまま知らんふりで過ごしてしまうのは俺にとっても限界だ。一弥の中のカイリがどういう存在なのか分からないと、先になんて進んでいけるわけがない。
一弥がもしもカイリというやつを未だに愛しているのだとしたら、いくら体のぬくもりを一弥が求めていたとしても、やはり俺には受け入れることなんてできやしない。
……慰めるだけの、それこそ愛人のような関係なんて俺はごめんだ。

「……カイリのことなんだが」
「……? え?」

一瞬、本当にキョトンとした後、一弥は不思議そうに俺の顔を見つめた。
その顔は、カイリの何が知りたいのかという疑問にあふれていた。

「――カイリは、一弥にとってどういう存在なんだ?」
「? 存在?」
「そうだ」

訝しい顔をしているけれど、俺が真剣なのだと分かったのだろう。一弥は顔を斜め横に傾けて、考えるそぶりを見せた。

「……俺にとってのカイリは、居場所を与えてくれた人だ」
「居場所? どう言う事だ? お前、家出でもしていたのか?」

「……うん、そうだよ。俺、親のこと何にも知らないで育ったんだ。……物心ついた時には既に、母親の親戚とかいうところで育ったんだけど。……あいつらみんな俺のこと厄介者扱いでさ、ご飯とかも一食与えられればいいとこだった」

「……一弥」

目を伏せて話す姿が痛々しい。
こいつと最初、出会った頃に感じた他人を簡単に信じられない尖ったところは、そんな過去を背負っていたからなのか。

「だから義務教育を済ませた後は学校になんて行かせてもらえなかったし、俺も段々我慢して親戚んちに厄介になるのが億劫になってきて、それで家を出たんだ」
「……食っていけたのか?」

「まさか……。そんな甘くはなかったよ。あの頃の俺の生活は酷いもんだった。スーパーやコンビニから食べ物盗んで飢えをしのいでさ。時々見つかっては追っかけられて、さんざんな目に遭ったっけ」

「…………」
「……色んなとこ、転々としてた。住む家も無いから、雨露しのげるとこなら何でもいいって感じで……、そんなとき、万引きでスーパーの店員に捕まえられたところを、カイリに助けてもらったんだ」

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