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第三章
愛人より恋人
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腹は立ったがそれでも俺はホッとした。
というのも、一弥の気配が初めて谷塚に会った時と同じような雰囲気を醸し出し始めていたからだ。幸いここに包丁は無いが、殺気立ち胸倉を掴もうものならどうしようかと思っていた。客の前でもあるし。
元凶が去って行ったのでもう大丈夫だろうと、俺は一弥を制するために掴んでいた手首をそっと離した。
ドン!
へ?
手を離した途端、一弥が背後から抱き着いていた。
「か、一弥?」
戸惑い呼びかける俺に対して一弥は何も言わず、代わりにぎゅうぎゅうと俺に抱き着く力を込めてくる。
……おい。いつもの部屋の中じゃないんだぞ。ここは外だし、客の前だ。
戸惑いながら大田さんを見ると、パチッと目が合った。お互い困ったように苦笑して、大田さんは「あ、そうでした」と財布を広げた。
「料金お支払いします。追加料金は……?」
「ないですよ。時間どおりですし、最初の見積もり以外の作業もありませんでしたから」
「そうですか。では――」
俺に代金を支払った後、大田さんは自分の車に乗り込み引っ越し先へと向かった。
引っ越し先の場所は地図をもらい把握しているので、俺らは荷物をそこまで運んで部屋に運び入れればそこで今日の仕事は完了だ。
なのに……。
「一弥、どうした?」
「……俺、建輔さんのものだよね? 暇だからって余所に行かされたりしないよね? 雇用契約は……っ」
……ああ、そうか。さっきの言い訳が気になったのか。
「俺らの仕事は客があっての商売だろ? さっきは大田さんもいたしあまり喧嘩腰にもなれないから、だから無難な言葉を選んだだけだ。言ったろ? 一弥はうちの専属だって。一日だろうが一時間だろうが、一弥をよそに出したりなんてしないよ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。……安心したか?」
「うん……」
うんと言いながら、一弥はちょっと口を尖らせて俯き、もぞもぞと俺のシャツを掴んだ。
「建輔さん……、俺のこと、愛人としてまだ受け入れられない?」
……は?
「俺、建輔さんの愛人になりたい」
戸惑う俺に、一弥は俯いていた顔を上げ、猫のような目で俺を見る。そして、その目を眇めて色っぽい表情を見せた。
「お前……、どういう意味で言ってるんだ? 俺は愛人なんて欲しいなんて思わ無いぞ」
「え?」
「なんとなくだけど、俺には愛人って響きは暗くて自分本位で表に出せないような関係に思える。――だから欲しいとしたら恋人だな。互いに思いあって大事にしたいと思う、そんな相手との恋愛なら、きっとどんな大変なことでも乗り越えていけるだろ」
「一緒に……、乗り越えて?」
「そうだ」
しっかりと俺が頷いて見せると、一弥の瞳が揺れた。
「……健輔さんにはそんな人……、いるの?」
絞り出すようにこぼれた言葉に、俺の胸が甘くしめつけられた。縋るような声音が、心臓を直撃する。
すんげー音。心臓、バクバク言ってんじゃねーか。
……と、とにかく落ち着け俺。
こいつは俺の気持ちを知らないからこんなセリフが言えるんだ。
「……いる気配なんてないだろ」
「あ……、ああ。うん」
苦笑交じりにそう言うと、一弥は"ああ"という表情をして顔を上げた。
「かわいいと思っちまう奴は、目の前にいるけどな」
そう言いながらクシャリと髪の毛を軽く持ち上げてやると、え?という顔をして、それからじわじわと顔を赤くした。
「…………」
え? え?
これは、この一弥の表情は、どうとらえればいいんだ?
どぎまぎしながらハッと我に返った。
そうだよ、今は仕事中で先に大田さんが車で出ているんだ。のんびりしてる暇はなかった。
「一弥、仕事中だった。荷物を運ばにゃならんから、とりあえず出よう」
「……あ、そうだった!」
もしかしたらいい雰囲気になれていたのかもしれないけど、飯を食うためには仕事をしなきゃならない。俺らは気持ちを切り替えて引っ越し先へ行き、荷物を運び入れて、無事今日の仕事を終了したのだった。
というのも、一弥の気配が初めて谷塚に会った時と同じような雰囲気を醸し出し始めていたからだ。幸いここに包丁は無いが、殺気立ち胸倉を掴もうものならどうしようかと思っていた。客の前でもあるし。
元凶が去って行ったのでもう大丈夫だろうと、俺は一弥を制するために掴んでいた手首をそっと離した。
ドン!
へ?
手を離した途端、一弥が背後から抱き着いていた。
「か、一弥?」
戸惑い呼びかける俺に対して一弥は何も言わず、代わりにぎゅうぎゅうと俺に抱き着く力を込めてくる。
……おい。いつもの部屋の中じゃないんだぞ。ここは外だし、客の前だ。
戸惑いながら大田さんを見ると、パチッと目が合った。お互い困ったように苦笑して、大田さんは「あ、そうでした」と財布を広げた。
「料金お支払いします。追加料金は……?」
「ないですよ。時間どおりですし、最初の見積もり以外の作業もありませんでしたから」
「そうですか。では――」
俺に代金を支払った後、大田さんは自分の車に乗り込み引っ越し先へと向かった。
引っ越し先の場所は地図をもらい把握しているので、俺らは荷物をそこまで運んで部屋に運び入れればそこで今日の仕事は完了だ。
なのに……。
「一弥、どうした?」
「……俺、建輔さんのものだよね? 暇だからって余所に行かされたりしないよね? 雇用契約は……っ」
……ああ、そうか。さっきの言い訳が気になったのか。
「俺らの仕事は客があっての商売だろ? さっきは大田さんもいたしあまり喧嘩腰にもなれないから、だから無難な言葉を選んだだけだ。言ったろ? 一弥はうちの専属だって。一日だろうが一時間だろうが、一弥をよそに出したりなんてしないよ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。……安心したか?」
「うん……」
うんと言いながら、一弥はちょっと口を尖らせて俯き、もぞもぞと俺のシャツを掴んだ。
「建輔さん……、俺のこと、愛人としてまだ受け入れられない?」
……は?
「俺、建輔さんの愛人になりたい」
戸惑う俺に、一弥は俯いていた顔を上げ、猫のような目で俺を見る。そして、その目を眇めて色っぽい表情を見せた。
「お前……、どういう意味で言ってるんだ? 俺は愛人なんて欲しいなんて思わ無いぞ」
「え?」
「なんとなくだけど、俺には愛人って響きは暗くて自分本位で表に出せないような関係に思える。――だから欲しいとしたら恋人だな。互いに思いあって大事にしたいと思う、そんな相手との恋愛なら、きっとどんな大変なことでも乗り越えていけるだろ」
「一緒に……、乗り越えて?」
「そうだ」
しっかりと俺が頷いて見せると、一弥の瞳が揺れた。
「……健輔さんにはそんな人……、いるの?」
絞り出すようにこぼれた言葉に、俺の胸が甘くしめつけられた。縋るような声音が、心臓を直撃する。
すんげー音。心臓、バクバク言ってんじゃねーか。
……と、とにかく落ち着け俺。
こいつは俺の気持ちを知らないからこんなセリフが言えるんだ。
「……いる気配なんてないだろ」
「あ……、ああ。うん」
苦笑交じりにそう言うと、一弥は"ああ"という表情をして顔を上げた。
「かわいいと思っちまう奴は、目の前にいるけどな」
そう言いながらクシャリと髪の毛を軽く持ち上げてやると、え?という顔をして、それからじわじわと顔を赤くした。
「…………」
え? え?
これは、この一弥の表情は、どうとらえればいいんだ?
どぎまぎしながらハッと我に返った。
そうだよ、今は仕事中で先に大田さんが車で出ているんだ。のんびりしてる暇はなかった。
「一弥、仕事中だった。荷物を運ばにゃならんから、とりあえず出よう」
「……あ、そうだった!」
もしかしたらいい雰囲気になれていたのかもしれないけど、飯を食うためには仕事をしなきゃならない。俺らは気持ちを切り替えて引っ越し先へ行き、荷物を運び入れて、無事今日の仕事を終了したのだった。
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