24 / 98
第三章
愛人より恋人
しおりを挟む
腹は立ったがそれでも俺はホッとした。
というのも、一弥の気配が初めて谷塚に会った時と同じような雰囲気を醸し出し始めていたからだ。幸いここに包丁は無いが、殺気立ち胸倉を掴もうものならどうしようかと思っていた。客の前でもあるし。
元凶が去って行ったのでもう大丈夫だろうと、俺は一弥を制するために掴んでいた手首をそっと離した。
ドン!
へ?
手を離した途端、一弥が背後から抱き着いていた。
「か、一弥?」
戸惑い呼びかける俺に対して一弥は何も言わず、代わりにぎゅうぎゅうと俺に抱き着く力を込めてくる。
……おい。いつもの部屋の中じゃないんだぞ。ここは外だし、客の前だ。
戸惑いながら大田さんを見ると、パチッと目が合った。お互い困ったように苦笑して、大田さんは「あ、そうでした」と財布を広げた。
「料金お支払いします。追加料金は……?」
「ないですよ。時間どおりですし、最初の見積もり以外の作業もありませんでしたから」
「そうですか。では――」
俺に代金を支払った後、大田さんは自分の車に乗り込み引っ越し先へと向かった。
引っ越し先の場所は地図をもらい把握しているので、俺らは荷物をそこまで運んで部屋に運び入れればそこで今日の仕事は完了だ。
なのに……。
「一弥、どうした?」
「……俺、建輔さんのものだよね? 暇だからって余所に行かされたりしないよね? 雇用契約は……っ」
……ああ、そうか。さっきの言い訳が気になったのか。
「俺らの仕事は客があっての商売だろ? さっきは大田さんもいたしあまり喧嘩腰にもなれないから、だから無難な言葉を選んだだけだ。言ったろ? 一弥はうちの専属だって。一日だろうが一時間だろうが、一弥をよそに出したりなんてしないよ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。……安心したか?」
「うん……」
うんと言いながら、一弥はちょっと口を尖らせて俯き、もぞもぞと俺のシャツを掴んだ。
「建輔さん……、俺のこと、愛人としてまだ受け入れられない?」
……は?
「俺、建輔さんの愛人になりたい」
戸惑う俺に、一弥は俯いていた顔を上げ、猫のような目で俺を見る。そして、その目を眇めて色っぽい表情を見せた。
「お前……、どういう意味で言ってるんだ? 俺は愛人なんて欲しいなんて思わ無いぞ」
「え?」
「なんとなくだけど、俺には愛人って響きは暗くて自分本位で表に出せないような関係に思える。――だから欲しいとしたら恋人だな。互いに思いあって大事にしたいと思う、そんな相手との恋愛なら、きっとどんな大変なことでも乗り越えていけるだろ」
「一緒に……、乗り越えて?」
「そうだ」
しっかりと俺が頷いて見せると、一弥の瞳が揺れた。
「……健輔さんにはそんな人……、いるの?」
絞り出すようにこぼれた言葉に、俺の胸が甘くしめつけられた。縋るような声音が、心臓を直撃する。
すんげー音。心臓、バクバク言ってんじゃねーか。
……と、とにかく落ち着け俺。
こいつは俺の気持ちを知らないからこんなセリフが言えるんだ。
「……いる気配なんてないだろ」
「あ……、ああ。うん」
苦笑交じりにそう言うと、一弥は"ああ"という表情をして顔を上げた。
「かわいいと思っちまう奴は、目の前にいるけどな」
そう言いながらクシャリと髪の毛を軽く持ち上げてやると、え?という顔をして、それからじわじわと顔を赤くした。
「…………」
え? え?
これは、この一弥の表情は、どうとらえればいいんだ?
どぎまぎしながらハッと我に返った。
そうだよ、今は仕事中で先に大田さんが車で出ているんだ。のんびりしてる暇はなかった。
「一弥、仕事中だった。荷物を運ばにゃならんから、とりあえず出よう」
「……あ、そうだった!」
もしかしたらいい雰囲気になれていたのかもしれないけど、飯を食うためには仕事をしなきゃならない。俺らは気持ちを切り替えて引っ越し先へ行き、荷物を運び入れて、無事今日の仕事を終了したのだった。
というのも、一弥の気配が初めて谷塚に会った時と同じような雰囲気を醸し出し始めていたからだ。幸いここに包丁は無いが、殺気立ち胸倉を掴もうものならどうしようかと思っていた。客の前でもあるし。
元凶が去って行ったのでもう大丈夫だろうと、俺は一弥を制するために掴んでいた手首をそっと離した。
ドン!
へ?
手を離した途端、一弥が背後から抱き着いていた。
「か、一弥?」
戸惑い呼びかける俺に対して一弥は何も言わず、代わりにぎゅうぎゅうと俺に抱き着く力を込めてくる。
……おい。いつもの部屋の中じゃないんだぞ。ここは外だし、客の前だ。
戸惑いながら大田さんを見ると、パチッと目が合った。お互い困ったように苦笑して、大田さんは「あ、そうでした」と財布を広げた。
「料金お支払いします。追加料金は……?」
「ないですよ。時間どおりですし、最初の見積もり以外の作業もありませんでしたから」
「そうですか。では――」
俺に代金を支払った後、大田さんは自分の車に乗り込み引っ越し先へと向かった。
引っ越し先の場所は地図をもらい把握しているので、俺らは荷物をそこまで運んで部屋に運び入れればそこで今日の仕事は完了だ。
なのに……。
「一弥、どうした?」
「……俺、建輔さんのものだよね? 暇だからって余所に行かされたりしないよね? 雇用契約は……っ」
……ああ、そうか。さっきの言い訳が気になったのか。
「俺らの仕事は客があっての商売だろ? さっきは大田さんもいたしあまり喧嘩腰にもなれないから、だから無難な言葉を選んだだけだ。言ったろ? 一弥はうちの専属だって。一日だろうが一時間だろうが、一弥をよそに出したりなんてしないよ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。……安心したか?」
「うん……」
うんと言いながら、一弥はちょっと口を尖らせて俯き、もぞもぞと俺のシャツを掴んだ。
「建輔さん……、俺のこと、愛人としてまだ受け入れられない?」
……は?
「俺、建輔さんの愛人になりたい」
戸惑う俺に、一弥は俯いていた顔を上げ、猫のような目で俺を見る。そして、その目を眇めて色っぽい表情を見せた。
「お前……、どういう意味で言ってるんだ? 俺は愛人なんて欲しいなんて思わ無いぞ」
「え?」
「なんとなくだけど、俺には愛人って響きは暗くて自分本位で表に出せないような関係に思える。――だから欲しいとしたら恋人だな。互いに思いあって大事にしたいと思う、そんな相手との恋愛なら、きっとどんな大変なことでも乗り越えていけるだろ」
「一緒に……、乗り越えて?」
「そうだ」
しっかりと俺が頷いて見せると、一弥の瞳が揺れた。
「……健輔さんにはそんな人……、いるの?」
絞り出すようにこぼれた言葉に、俺の胸が甘くしめつけられた。縋るような声音が、心臓を直撃する。
すんげー音。心臓、バクバク言ってんじゃねーか。
……と、とにかく落ち着け俺。
こいつは俺の気持ちを知らないからこんなセリフが言えるんだ。
「……いる気配なんてないだろ」
「あ……、ああ。うん」
苦笑交じりにそう言うと、一弥は"ああ"という表情をして顔を上げた。
「かわいいと思っちまう奴は、目の前にいるけどな」
そう言いながらクシャリと髪の毛を軽く持ち上げてやると、え?という顔をして、それからじわじわと顔を赤くした。
「…………」
え? え?
これは、この一弥の表情は、どうとらえればいいんだ?
どぎまぎしながらハッと我に返った。
そうだよ、今は仕事中で先に大田さんが車で出ているんだ。のんびりしてる暇はなかった。
「一弥、仕事中だった。荷物を運ばにゃならんから、とりあえず出よう」
「……あ、そうだった!」
もしかしたらいい雰囲気になれていたのかもしれないけど、飯を食うためには仕事をしなきゃならない。俺らは気持ちを切り替えて引っ越し先へ行き、荷物を運び入れて、無事今日の仕事を終了したのだった。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説

公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる