22 / 98
第三章
天使な横顔
しおりを挟む
日曜日。
谷塚の事務所に寄って軽トラを借りに行き、それから引っ越し依頼のあったアパートへ向かった。
「俺、こういう車に乗るの初めてだ」
「そうか?」
「うん。助手席に乗るのも初めてだよ。いつも後部座席に座らされて……カーテンも閉めて暗かったな」
「…………」
それは……、どういう状況なんだ?
突っ込んでもいい内容なのか?
「でも、なんだろ?」
「……何が?」
チラッと目だけを一弥に向けると、一弥はシートベルトをしたまま体をこちら側に向け楽しそうな表情をしている。
「今の方が楽しいよ。シートもごわごわだしクッションも硬いけど。……なんでだろう? 健輔さんの傍にいるからなのかな?」
ゴホッ!
「え? どうしたの、健輔さん?」
「ゴホッ、……ゴホホッ。……いや、なんでもない。ちょっと咽ただけだ。……っ、埃っぽいかもな……、ゲホッ、この車……」
「え? そうだっけ? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。……、と、それより今日の仕事だが――」
素直と言うか無自覚と言うか……。
一弥は俺の気持ちを知らないから仕方が無いんだが。
あの、「カイリ」と呟かれたあの時から、俺は自分の気持ちの中に確かに同情だけじゃない感情が、一弥に対してある事に気が付いちまってる。
もっとも、今のところそれを一弥に伝える気は無いけど。
「マルキアパート……、ここだな。着いたぞ。依頼主は一階の102号室、大田憲一朗さんだ」
「りょーかい」
車を止めて、大田さんの部屋に向かった。チャイムを押すと、三十代前半位の男性が出て来た。
「なんでも屋・川口です。引っ越し作業に来ました」
「ああ、ありがとう。入って下さい」
「失礼します」
部屋に入ると、荷物の詰まった段ボール箱が数箱かたまって置かれている。だがそれで全部では無さそうで、本棚にも本がまだ残っているし、細々としたものが床に乱雑に放置されている。
「ごみの処分は大田さんの方でされるとのことでしたが、こちらに残っているのはみんな新居に運ぶものだと考えてよろしいですか?」
「ああ。いらないものは既に処分したよ」
「そうですか。では荷造りしていきましょう。一弥、この紐で運びやすいように本を纏めてくれ」
「わかった」
コクンと頷いた一弥が、意外と手早く同じような大きさの本を纏めて縛っていく。その様子に安心して、俺は残っている雑貨類を丁寧に破損しないようにクッション材を挟みながら詰め込んでいく。
……?
俺らが作業している間、しばらく大田さんは突っ立ったままでいた。今までの経験から言うと、作業時間が長くなり追加料金を払うのを嫌って、客は自分からも率先して作業をする人が多いのだが。
珍しい客だな。お金に余裕があるか、単に労働が嫌なタイプなのか。
チラリと窺うと、彼は呆然としていた。
呆然と……、その視線の先には一弥の横顔。
ああ、なるほどね。見惚れてるわけだ。
思わず苦笑してしまったわけだが、そんな俺の気配に気が付いたのか大田さんとパチッと目が合った。
「……あ、お、俺も手伝わなきゃだよな」
慌てた大田さんは、自分も本棚から本を取り出し一弥の後ろで荷造りを始めた。
谷塚の事務所に寄って軽トラを借りに行き、それから引っ越し依頼のあったアパートへ向かった。
「俺、こういう車に乗るの初めてだ」
「そうか?」
「うん。助手席に乗るのも初めてだよ。いつも後部座席に座らされて……カーテンも閉めて暗かったな」
「…………」
それは……、どういう状況なんだ?
突っ込んでもいい内容なのか?
「でも、なんだろ?」
「……何が?」
チラッと目だけを一弥に向けると、一弥はシートベルトをしたまま体をこちら側に向け楽しそうな表情をしている。
「今の方が楽しいよ。シートもごわごわだしクッションも硬いけど。……なんでだろう? 健輔さんの傍にいるからなのかな?」
ゴホッ!
「え? どうしたの、健輔さん?」
「ゴホッ、……ゴホホッ。……いや、なんでもない。ちょっと咽ただけだ。……っ、埃っぽいかもな……、ゲホッ、この車……」
「え? そうだっけ? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。……、と、それより今日の仕事だが――」
素直と言うか無自覚と言うか……。
一弥は俺の気持ちを知らないから仕方が無いんだが。
あの、「カイリ」と呟かれたあの時から、俺は自分の気持ちの中に確かに同情だけじゃない感情が、一弥に対してある事に気が付いちまってる。
もっとも、今のところそれを一弥に伝える気は無いけど。
「マルキアパート……、ここだな。着いたぞ。依頼主は一階の102号室、大田憲一朗さんだ」
「りょーかい」
車を止めて、大田さんの部屋に向かった。チャイムを押すと、三十代前半位の男性が出て来た。
「なんでも屋・川口です。引っ越し作業に来ました」
「ああ、ありがとう。入って下さい」
「失礼します」
部屋に入ると、荷物の詰まった段ボール箱が数箱かたまって置かれている。だがそれで全部では無さそうで、本棚にも本がまだ残っているし、細々としたものが床に乱雑に放置されている。
「ごみの処分は大田さんの方でされるとのことでしたが、こちらに残っているのはみんな新居に運ぶものだと考えてよろしいですか?」
「ああ。いらないものは既に処分したよ」
「そうですか。では荷造りしていきましょう。一弥、この紐で運びやすいように本を纏めてくれ」
「わかった」
コクンと頷いた一弥が、意外と手早く同じような大きさの本を纏めて縛っていく。その様子に安心して、俺は残っている雑貨類を丁寧に破損しないようにクッション材を挟みながら詰め込んでいく。
……?
俺らが作業している間、しばらく大田さんは突っ立ったままでいた。今までの経験から言うと、作業時間が長くなり追加料金を払うのを嫌って、客は自分からも率先して作業をする人が多いのだが。
珍しい客だな。お金に余裕があるか、単に労働が嫌なタイプなのか。
チラリと窺うと、彼は呆然としていた。
呆然と……、その視線の先には一弥の横顔。
ああ、なるほどね。見惚れてるわけだ。
思わず苦笑してしまったわけだが、そんな俺の気配に気が付いたのか大田さんとパチッと目が合った。
「……あ、お、俺も手伝わなきゃだよな」
慌てた大田さんは、自分も本棚から本を取り出し一弥の後ろで荷造りを始めた。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
好きな人の婚約者を探しています
迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼
*全12話+後日談1話
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
帝国皇子のお婿さんになりました
クリム
BL
帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。
そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」
「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」
「うん、クーちゃん」
「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」
これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。
非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
俺を助けてくれたのは、怖くて優しい変わり者
くるむ
BL
枇々木尚哉は母子家庭で育ったが、母親は男がいないと生きていけない体質で、常に誰かを連れ込んでいた。
そんな母親が借金まみれの男に溺れたせいで、尚哉はウリ専として働かされることになってしまっていたのだが……。
尚哉の家族背景は酷く、辛い日々を送っていました。ですが、昼夜問わずサングラスを外そうとしない妙な男、画家の灰咲龍(はいざきりゅう)と出会ったおかげで彼の生活は一変しちゃいます。
人に心配してもらえる幸せ、自分を思って叱ってもらえる幸せ、そして何より自分が誰かを好きだと思える幸せ。
そんな幸せがあるという事を、龍と出会って初めて尚哉は知ることになります。
ほのぼの、そしてじれったい。
そんな二人のお話です♪
※R15指定に変更しました。指定される部分はほんの一部です。それに相応するページにはタイトルに表記します。話はちゃんとつながるようになっていますので、苦手な方、また15歳未満の方は回避してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる