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第三章

天使な横顔

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日曜日。
谷塚の事務所に寄って軽トラを借りに行き、それから引っ越し依頼のあったアパートへ向かった。

「俺、こういう車に乗るの初めてだ」
「そうか?」
「うん。助手席に乗るのも初めてだよ。いつも後部座席に座らされて……カーテンも閉めて暗かったな」
「…………」

それは……、どういう状況なんだ?
突っ込んでもいい内容なのか?

「でも、なんだろ?」
「……何が?」

チラッと目だけを一弥に向けると、一弥はシートベルトをしたまま体をこちら側に向け楽しそうな表情をしている。

「今の方が楽しいよ。シートもごわごわだしクッションも硬いけど。……なんでだろう? 健輔さんの傍にいるからなのかな?」

ゴホッ!

「え? どうしたの、健輔さん?」
「ゴホッ、……ゴホホッ。……いや、なんでもない。ちょっとむせただけだ。……っ、埃っぽいかもな……、ゲホッ、この車……」

「え? そうだっけ? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。……、と、それより今日の仕事だが――」

素直と言うか無自覚と言うか……。
一弥は俺の気持ちを知らないから仕方が無いんだが。

あの、「カイリ」と呟かれたあの時から、俺は自分の気持ちの中に確かに同情だけじゃない感情が、一弥に対してある事に気が付いちまってる。
もっとも、今のところそれを一弥に伝える気は無いけど。

「マルキアパート……、ここだな。着いたぞ。依頼主は一階の102号室、大田憲一朗さんだ」
「りょーかい」

車を止めて、大田さんの部屋に向かった。チャイムを押すと、三十代前半位の男性が出て来た。

「なんでも屋・川口です。引っ越し作業に来ました」
「ああ、ありがとう。入って下さい」
「失礼します」

部屋に入ると、荷物の詰まった段ボール箱が数箱かたまって置かれている。だがそれで全部では無さそうで、本棚にも本がまだ残っているし、細々としたものが床に乱雑に放置されている。

「ごみの処分は大田さんの方でされるとのことでしたが、こちらに残っているのはみんな新居に運ぶものだと考えてよろしいですか?」
「ああ。いらないものは既に処分したよ」
「そうですか。では荷造りしていきましょう。一弥、この紐で運びやすいように本を纏めてくれ」
「わかった」

コクンと頷いた一弥が、意外と手早く同じような大きさの本を纏めて縛っていく。その様子に安心して、俺は残っている雑貨類を丁寧に破損しないようにクッション材を挟みながら詰め込んでいく。

……?

俺らが作業している間、しばらく大田さんは突っ立ったままでいた。今までの経験から言うと、作業時間が長くなり追加料金を払うのを嫌って、客は自分からも率先して作業をする人が多いのだが。

珍しい客だな。お金に余裕があるか、単に労働が嫌なタイプなのか。
チラリと窺うと、彼は呆然としていた。
呆然と……、その視線の先には一弥の横顔。

ああ、なるほどね。見惚れてるわけだ。

思わず苦笑してしまったわけだが、そんな俺の気配に気が付いたのか大田さんとパチッと目が合った。

「……あ、お、俺も手伝わなきゃだよな」

慌てた大田さんは、自分も本棚から本を取り出し一弥の後ろで荷造りを始めた。
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