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第三章

カイリ

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抱き付いたまま発せられた『カイリ』という言葉に、俺は愕然とした。

ショックだった。

そして、ショックを受けている自分に気が付き、またそれに愕然とする。


――そいつカイリが愛人としていいように使っていただけだったから。

カイリの愛人。
脳裏に浮かんだその声に、俺は咄嗟に一弥の体を引き剥がしていた。

「健輔さん……、やっぱり……俺のこと嫌いなの?」

俺を見上げる一弥の顔は、戸惑い傷つき困惑した……まるで子供のような表情だった。

「いや、……そういう訳じゃ……」
「健輔さん……」

縋るような目。俺を一途にジッと見ている。

……気が付いて無いのか?
さっき、自分で「カイリ」と口走ったことを。

一弥は、そのカイリのことを愛していたのか?
それとも、愛とか恋とかそういうものでは無くて、未だに呪縛のようなものから解き放たれていないという事なんだろうか?

……どっちだったとしても。

静かに息を吐きだした。

いやな気分だ。嫌な気分ではあるが――、


「一弥」
「は……、はい」
「…………」

思わず苦笑いが浮かんだ。
なんだその、急に他人行儀な返事は。

一弥の表情は緊張に満ちていた。
もしかしたら俺が、追い出すとでも思っているのだろうか。

「……さっきの仕事。向こうは受けてくれると思っているのだろうから、今回は前向きに検討してみるよ。来週の月曜日だったな」
「あ……、うん」

一弥は一瞬泣きそうな顔をした後、キュッと唇を噛んだ。そして俯いて、……そっと俺の袖口をつまんだ。
その手は、震えていた。

おいて行かないで、嫌いにならないで、突き放さないで……。

一弥の震える指先が、俯いて強張るその体が……、全身で俺に訴えかけているような気がした。


……まったく。全然分かってないよな、こいつは。


俺だって呆れる。
当の本人が呆れるくらいのお人好しなんだ俺は。

……ああ、だけどそれだけじゃないな。


間違いない。俺は確実にこいつに惹かれていて、だからこその戸惑いや焦り、そしてショックなんだ。
だからいつか、いつかきっと一弥のことを引き上げてやる。愛人なんて呪縛から。

俺は自分自身に、そっと誓いを立てた。
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