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第三章
価値観と信条
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チラシの効果がすぐに出ることは無く、翌日は何も仕事が入ってなかったのでそのまま過ごし、俺は前原さんの所の散歩に一人で出かけた。
一弥には、新規の客やお得意様以外はメールからの依頼が多いことを伝え、時々チェックするように伝えた。そして差しさわりの無い仕事内容ならスケジュール表を確認して、いつ頃なら空いていますとまずは返信しておいてくれと伝えておいた。
というのも、俺は仕事の最中はマナーモードにするようにしているし、連絡が入っていてもすぐに気が付かないことが多々あり、ぐずぐずしている内に客が他所に流れていくことを、何度か経験していたからだ。
特に新規の依頼は信頼関係が出来上がっていないから、すぐに返信が無い場合他所に連絡してしまう客が意外と多いのだ。
だったらマナーモードなんかにするなと言いたいかもしれないが、頭が悪いと言われようが硬すぎると言われようが、それが俺の性分なんだから仕方がない。それがどんなに些細な仕事でも、俺は目の前の仕事に集中していたいのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「ただいま」
「お帰りなさい!」
リクとムムの散歩を済ませ、特に用事も無かったのでスーパーで買い物をしてからそのまま家に戻った。
玄関を開けると、ガチャリという音に反応したのか一弥が俺の『ただいま』より早く駆けてくる。
……こういうところはホント、犬っころみたいで可愛いんだよな……。
「健輔さん、仕事! 入ったよ!」
「え? そうか。返事は返しておいてくれたか?」
「うん。なるべく早い方がいいらしいけど明日はだめらしいんだ。で、来週の月曜日に会うことにしたんだけど」
「そうか。で? 仕事の内容は?」
荷物をテーブルに置いてリビングに行くと、一弥がメールを開いて俺に見せた。
『初めまして。佐孝夕海 と申します。先日我が家から盗まれた陶器製の天女像を取り返してほしく、依頼しました。大事にしたくない事情があるため、警察に届けは出していません。どうぞよろしくお願いします』
「おい、ちょっと待て! 引き受けた仕事って、これか?」
「うん、そうだよ。……何? ダメだったの?」
「当たり前だ! こういう事は警察の管轄だろ? どんな事情があるにせよ、俺たちがすべきことじゃない」
どんなに同業者に呆れられようが揶揄われようが、俺は俺の信条で、俺のような民間の事業者がしてはいけないことはあると思っている。こういう犯罪が絡むようなことは、特にだ。
真剣に話をしなければと真正面から話す俺に、一弥は何を言っているんだとばかりに、キョトンとした表情で俺を見ている。
「なに焦ってんのさ。なんでも屋なら誰でもやってる仕事だろ? 盗まれたものを取り返すくらい、どうってことないじゃない」
「それは違う。犯罪者ってのはな、罪を償わなきゃいけないんだ。そのために法律ってのがあって、裁判にかけられ、自分のしたことを悔い改めるんだよ。警察に捕まるという事は、反省するチャンスを与えてもらうってことと同じことなんだ。それなのに、勝手に俺たちが盗まれたものを取り返してしまったら、そいつは反省する機会を奪われて、また新しい犯罪に走るかもしれないじゃないか!」
「…………」
必死で俺が訴えているにも関わらず、一弥の表情は変わらずキョトンとしたままだ。
……聞いてんのか、こいつ。
「わかったか!?」
「……うん」
ウンと言いつつも、本当に表情は変わらずままだ。……理解してんのか、この野郎。
「つまり、健輔さんは犯人に反省させたいんだね。それなら簡単だよ。俺が腕の一本でも折ってやれば――」
「一弥!!」
とんでもないことを言い出す一弥に、俺は瞬時に背筋が寒くなった。
一弥には、新規の客やお得意様以外はメールからの依頼が多いことを伝え、時々チェックするように伝えた。そして差しさわりの無い仕事内容ならスケジュール表を確認して、いつ頃なら空いていますとまずは返信しておいてくれと伝えておいた。
というのも、俺は仕事の最中はマナーモードにするようにしているし、連絡が入っていてもすぐに気が付かないことが多々あり、ぐずぐずしている内に客が他所に流れていくことを、何度か経験していたからだ。
特に新規の依頼は信頼関係が出来上がっていないから、すぐに返信が無い場合他所に連絡してしまう客が意外と多いのだ。
だったらマナーモードなんかにするなと言いたいかもしれないが、頭が悪いと言われようが硬すぎると言われようが、それが俺の性分なんだから仕方がない。それがどんなに些細な仕事でも、俺は目の前の仕事に集中していたいのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「ただいま」
「お帰りなさい!」
リクとムムの散歩を済ませ、特に用事も無かったのでスーパーで買い物をしてからそのまま家に戻った。
玄関を開けると、ガチャリという音に反応したのか一弥が俺の『ただいま』より早く駆けてくる。
……こういうところはホント、犬っころみたいで可愛いんだよな……。
「健輔さん、仕事! 入ったよ!」
「え? そうか。返事は返しておいてくれたか?」
「うん。なるべく早い方がいいらしいけど明日はだめらしいんだ。で、来週の月曜日に会うことにしたんだけど」
「そうか。で? 仕事の内容は?」
荷物をテーブルに置いてリビングに行くと、一弥がメールを開いて俺に見せた。
『初めまして。佐孝夕海 と申します。先日我が家から盗まれた陶器製の天女像を取り返してほしく、依頼しました。大事にしたくない事情があるため、警察に届けは出していません。どうぞよろしくお願いします』
「おい、ちょっと待て! 引き受けた仕事って、これか?」
「うん、そうだよ。……何? ダメだったの?」
「当たり前だ! こういう事は警察の管轄だろ? どんな事情があるにせよ、俺たちがすべきことじゃない」
どんなに同業者に呆れられようが揶揄われようが、俺は俺の信条で、俺のような民間の事業者がしてはいけないことはあると思っている。こういう犯罪が絡むようなことは、特にだ。
真剣に話をしなければと真正面から話す俺に、一弥は何を言っているんだとばかりに、キョトンとした表情で俺を見ている。
「なに焦ってんのさ。なんでも屋なら誰でもやってる仕事だろ? 盗まれたものを取り返すくらい、どうってことないじゃない」
「それは違う。犯罪者ってのはな、罪を償わなきゃいけないんだ。そのために法律ってのがあって、裁判にかけられ、自分のしたことを悔い改めるんだよ。警察に捕まるという事は、反省するチャンスを与えてもらうってことと同じことなんだ。それなのに、勝手に俺たちが盗まれたものを取り返してしまったら、そいつは反省する機会を奪われて、また新しい犯罪に走るかもしれないじゃないか!」
「…………」
必死で俺が訴えているにも関わらず、一弥の表情は変わらずキョトンとしたままだ。
……聞いてんのか、こいつ。
「わかったか!?」
「……うん」
ウンと言いつつも、本当に表情は変わらずままだ。……理解してんのか、この野郎。
「つまり、健輔さんは犯人に反省させたいんだね。それなら簡単だよ。俺が腕の一本でも折ってやれば――」
「一弥!!」
とんでもないことを言い出す一弥に、俺は瞬時に背筋が寒くなった。
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