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第二章
前原さんちでのお仕事 2
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一弥を見送った後、前原さんの家に入った。
一弥のことが全く気にならないと言えば嘘になるが、でもあの横顔を見る限りは大丈夫だろうと思う。
前原さんの所での掃除依頼は、1~2カ月ごとに呼ばれている。
普段から前原さん自身も掃除はするのだが、最近は中腰の姿勢が辛く、行き届いた掃除が出来ないのが気になっているようなのだ。
まずは風呂場から、天井をアルコールを吹き付けた布で拭いてから壁のタイルを流していく。以前来た時にタイルの目地のカビは除去済みだ。前原さんの普段の手入れもいいのだろう。今回はまずまず綺麗なままなので、通常通りの掃除をし、出来るだけ隅々まで綺麗にするよう心掛けた。
「……ふう。うん、綺麗になったかな」
隅に付き始めていた茶色っぽい汚れやピンク汚れも綺麗に除去できたし。大丈夫だよな?
「前原さん、一応風呂場は済んだのでチェックお願いします」
声を掛けると、前原さんがやって来た。
「確認お願いします」
「はい、はい。……まあ、やっぱり丁寧よねえ。……凄くいいわ。ありがとう、オッケーです」
「そうですか、良かった。じゃあ、後はトイレ掃除を――」
「ただいま戻りましたー」
「あら、戻って来たようね。はーい」
玄関に行くと、一弥がしゃちこばったような感じで突っ立っていた。隣ではリクとムムがおとなしく一弥に寄り添っている。
「一弥、お疲れ。突っ立ってないで入れよ」
「……お邪魔します」
「はい。残りのお掃除もよろしくね」
「はい」
前原さんは終始穏やかに話しかけているのだけど、一弥はまだ慣れないのか表情は硬い。窺うように俺を見た。
俺はいつものように、リクとムムの足を手早く拭いてから一弥を促す。
「トイレ掃除とサッシと窓ふきの掃除が残ってるんだが、どっちをしたい?」
「……トイレ掃除がいい。それだと一人でできるし。おばさんの相手しないでいいだろ?」
「おばさんって、……前原さんな。分かった。でも、トイレはああいう隅々まで汚れを落とさなきゃならないが――」
「大丈夫だよ。俺そういうの苦にならないし。それより……、初めて会う人とおしゃべりしないといけない方が苦だもん」
「なるほど」
本人がそう言っているのなら大丈夫だろう。
俺は一応、気になる掃除の仕方を一弥に教え、窓の掃除に向かった。
いつもは一人での作業なので、もっと時間は掛かるし中腰の姿勢を長く続けたりしないといけないので少ししんどいと思う時もあるのだけど、今日は随分と楽だった。
やっぱり人手があるという事は良いことなんだなと、俺は改めて認識した。
「それでは、掃除、総て終了しました。チェックをお願いします」
前原さんにいつものように確認を取りOKをもらって、代金をいただいた。人数は倍だがやることは同じなので特別料金が上がることは無い。
だけどかなりの時間を短縮することができたのは、嬉しい誤算だ。これからのスケジュールの参考になるなと、ちょっぴりほくそ笑む。
「そのまま帰るの?」
「あ……、そうだな。スーパーで食材買ってから帰ろうか」
「OK」
今までと違って食材も一応倍だ。結構な量を購入し、荷物を抱えて帰路に就く。
アパートに着いて、少しゆっくりしようとコーヒーを二人で飲んでいると電話がかかって来た。
一弥の注文していた服が届いたらしく、今伺ってもいいかとの連絡だ。俺は大丈夫だと返事をし、代金を準備した。
「なんの電話?」
「ん? ああ、一弥の服を注文しただろ? これから持ってくるってさ」
「ああ! そっか、そうだったね!」
一弥が嬉しそうな顔で俺を見上げた。やっぱりこういう時の一弥はあどけなくて可愛い。
ピンポーン。
「来たみたい!」
一弥はスッと立ち上がって座っている俺を立たせ、そのまま俺の背を押しながら玄関に向かって行く。
「早く、早く」
催促する一弥に苦笑しながら玄関を開けた。
だからと言って、あんなに急がせたわりには、宅配の兄ちゃんから荷物を受け取ろうとかそういう気配は見せない。一弥は俺が代金を支払い荷物を受け取っている最中も前に出てくることは無く、俺の背中に張り付いたままだった。
「ありがとうございましたー」
礼を言って宅配の兄ちゃんが玄関を出ていくと、素早く俺から荷物を受け取りリビングへと走って行った。
……これも人見知りってことなんだろうか?
嬉しそうに荷物を引っ張り出す一弥を見ながら、少し不思議な気分になる。
彼にはいろんな顔があり過ぎるんだ。
「健輔さん、似合う?」
「ああ、似合ってる。感じいいぞ」
引っ張り出した服を自分に当てて一弥が俺に感想を求めた。それに即座に返事を返すと、一弥は嬉しそうに笑った。
あどけない顔。
例えどんなにたくさんの顔を持っていたとしても、この顔こそが彼の本来の表情なんじゃないかと……、何の根拠もなくても、俺はそう信じたいと思った。
一弥のことが全く気にならないと言えば嘘になるが、でもあの横顔を見る限りは大丈夫だろうと思う。
前原さんの所での掃除依頼は、1~2カ月ごとに呼ばれている。
普段から前原さん自身も掃除はするのだが、最近は中腰の姿勢が辛く、行き届いた掃除が出来ないのが気になっているようなのだ。
まずは風呂場から、天井をアルコールを吹き付けた布で拭いてから壁のタイルを流していく。以前来た時にタイルの目地のカビは除去済みだ。前原さんの普段の手入れもいいのだろう。今回はまずまず綺麗なままなので、通常通りの掃除をし、出来るだけ隅々まで綺麗にするよう心掛けた。
「……ふう。うん、綺麗になったかな」
隅に付き始めていた茶色っぽい汚れやピンク汚れも綺麗に除去できたし。大丈夫だよな?
「前原さん、一応風呂場は済んだのでチェックお願いします」
声を掛けると、前原さんがやって来た。
「確認お願いします」
「はい、はい。……まあ、やっぱり丁寧よねえ。……凄くいいわ。ありがとう、オッケーです」
「そうですか、良かった。じゃあ、後はトイレ掃除を――」
「ただいま戻りましたー」
「あら、戻って来たようね。はーい」
玄関に行くと、一弥がしゃちこばったような感じで突っ立っていた。隣ではリクとムムがおとなしく一弥に寄り添っている。
「一弥、お疲れ。突っ立ってないで入れよ」
「……お邪魔します」
「はい。残りのお掃除もよろしくね」
「はい」
前原さんは終始穏やかに話しかけているのだけど、一弥はまだ慣れないのか表情は硬い。窺うように俺を見た。
俺はいつものように、リクとムムの足を手早く拭いてから一弥を促す。
「トイレ掃除とサッシと窓ふきの掃除が残ってるんだが、どっちをしたい?」
「……トイレ掃除がいい。それだと一人でできるし。おばさんの相手しないでいいだろ?」
「おばさんって、……前原さんな。分かった。でも、トイレはああいう隅々まで汚れを落とさなきゃならないが――」
「大丈夫だよ。俺そういうの苦にならないし。それより……、初めて会う人とおしゃべりしないといけない方が苦だもん」
「なるほど」
本人がそう言っているのなら大丈夫だろう。
俺は一応、気になる掃除の仕方を一弥に教え、窓の掃除に向かった。
いつもは一人での作業なので、もっと時間は掛かるし中腰の姿勢を長く続けたりしないといけないので少ししんどいと思う時もあるのだけど、今日は随分と楽だった。
やっぱり人手があるという事は良いことなんだなと、俺は改めて認識した。
「それでは、掃除、総て終了しました。チェックをお願いします」
前原さんにいつものように確認を取りOKをもらって、代金をいただいた。人数は倍だがやることは同じなので特別料金が上がることは無い。
だけどかなりの時間を短縮することができたのは、嬉しい誤算だ。これからのスケジュールの参考になるなと、ちょっぴりほくそ笑む。
「そのまま帰るの?」
「あ……、そうだな。スーパーで食材買ってから帰ろうか」
「OK」
今までと違って食材も一応倍だ。結構な量を購入し、荷物を抱えて帰路に就く。
アパートに着いて、少しゆっくりしようとコーヒーを二人で飲んでいると電話がかかって来た。
一弥の注文していた服が届いたらしく、今伺ってもいいかとの連絡だ。俺は大丈夫だと返事をし、代金を準備した。
「なんの電話?」
「ん? ああ、一弥の服を注文しただろ? これから持ってくるってさ」
「ああ! そっか、そうだったね!」
一弥が嬉しそうな顔で俺を見上げた。やっぱりこういう時の一弥はあどけなくて可愛い。
ピンポーン。
「来たみたい!」
一弥はスッと立ち上がって座っている俺を立たせ、そのまま俺の背を押しながら玄関に向かって行く。
「早く、早く」
催促する一弥に苦笑しながら玄関を開けた。
だからと言って、あんなに急がせたわりには、宅配の兄ちゃんから荷物を受け取ろうとかそういう気配は見せない。一弥は俺が代金を支払い荷物を受け取っている最中も前に出てくることは無く、俺の背中に張り付いたままだった。
「ありがとうございましたー」
礼を言って宅配の兄ちゃんが玄関を出ていくと、素早く俺から荷物を受け取りリビングへと走って行った。
……これも人見知りってことなんだろうか?
嬉しそうに荷物を引っ張り出す一弥を見ながら、少し不思議な気分になる。
彼にはいろんな顔があり過ぎるんだ。
「健輔さん、似合う?」
「ああ、似合ってる。感じいいぞ」
引っ張り出した服を自分に当てて一弥が俺に感想を求めた。それに即座に返事を返すと、一弥は嬉しそうに笑った。
あどけない顔。
例えどんなにたくさんの顔を持っていたとしても、この顔こそが彼の本来の表情なんじゃないかと……、何の根拠もなくても、俺はそう信じたいと思った。
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