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第二章

ローザ 2

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「ちょ……っ、お、お前……!」

明らかに一弥を目の前にして、谷塚は完璧にパニクっている。その様子を見た一弥は一弥で、訝しい表情で俺を見た。

「……ああ、ホラ。いいから、……ええっと、食器とか片付けといてくれ」
「――分かった」

胡乱げな視線を俺らに投げつけた後、一弥は一応素直に台所へと向かった。

「……おいっ、おい!」
「煩い、静かにしろよっ」

興奮冷めやらない谷塚に少々うんざりしてきた。

「谷塚」
「……なんだ?」
「あいつのこと、誰かに喋ったら許さないからな」
「誰かにって、お前……。ああっ! 独り占めする気だな! 狡いぞ、それ」

「バカなことを言うな! 変な奴らにいいように利用されるような人生は、終わりにさせてやりたいって言ってるんだ! それに、今のあいつはここの従業員だ。契約書も後でちゃんと作ってやる」

「随分肩入れしてるんだな」
「そんなわけじゃない。それより、いいか? 他言無用だからな」
「わかったよ。誰にも喋らない、約束する」
「ならいい、入れよ」

谷塚はいつものようにリビングのソファに座った。そしてそこから一弥が食器を洗っている姿をしばらく黙って見ていた。

「……随分懐いてるようだったよな」
「そうか?」
「そうだろ! さっきお前の背中にべったり張り付いてたぜ? 俺、しっかり見てたんだからな」
「…………」
「なあ」

谷塚が、声を落として体を乗り出した。

「……なんだよ」

警戒心たっぷりに聞き返すと、谷塚は可笑しそうに口角を上げた。

「ローザにもっと懐いてもらってさ、俺の仕事に貸してくれよ」
「……お前っ! 俺がさっき行ったことちゃんと聞いて無かったのかよ! やっと自由になれたんだろ? 危なっかしい仕事に巻き込むなよ!」

「だからお前は甘っちょろいんだ! 当の本人は今まできっと、俺らになんて想像つかない凄いことをして来たんだぞ。それに比べりゃ俺の仕事なんて、奴には目を瞑ってても出来る簡単な仕事だろ?」

「なんだお前のその言い方は……! 偏見に満ち溢れて……、お、おいっ!!」

お互いヒートアップして言い合いをしている最中に、突然包丁が視界に入ってきてびっくりした。
一弥がいつの間にかやってきて、谷塚の胸倉を掴み包丁を突き付けている。

「おい! アンタわざわざ健輔さんに喧嘩売りに来たのかよ」
「お……、お……、おいっ」

さすがの谷塚も、目の前に逆さ包丁を突きつけられては生きた心地がしないのだろう。真っ青な顔で固まっている。

「一弥! 止めろ!」
「なんでさ? こいつアンタの敵なんだろ?」
「違う、違う。同業者だ! 敵じゃない」

一弥のとんでもない勘違いを俺が慌てて否定すると、一弥は胸倉を掴んでいた手をパッと離した。そして包丁を持って台所に向かう途中、俺の目の前で立ち止まった。

「遠慮しないでもいいんだよ。アンタの気に入らない奴は、俺がみんな殺してやるから」
「一弥……」

本気なのか冗談なのか、二ッと笑っておれに告げる一弥に背筋が冷えた。谷塚も、俺同様蒼い顔をしている。

「……随分川口にご執心だな。犯罪集団のリーダーの愛人から、川口の用心棒に変わったのか?」

強がりなのか何なのか、よせばいいのに谷塚が一弥に意味深な悪態を吐く。見てるこっちが冷や冷やだ。
その声に立ち止まった一弥は、フッと口元を緩ませ静かに笑んだ。

「用心棒じゃないよ。――愛人だ」

!!?

とんでもない爆弾発言に、驚いたのは谷塚じゃなく俺だった。
愛人!? 何でそうなる!
谷塚も、さっきまで蒼くなっていたのに今はそれも吹っ飛ぶ間抜け面で俺を見ている。

「一弥!?」
「昨日一緒に寝たじゃない」

「お……、お前そんな趣味が……」
「ち……、違う違う違うー!!」

何を元にそんなあほなことを言い出すのか、シレっとした態度が、変な信ぴょう性を増していた。おかげで俺もきっと顔は真っ赤だが、谷塚も赤くなったり蒼くなったりと顔色を様々に変えている。

慌てふためく俺らを前に、一弥がニコリと微笑んだ。

「――最も、カイリみたいに抱いてはくれなかったけど。……でもいつかは抱いてくれるんだろ?」
「……一弥……!!」
「……!!」

俺はもう、絶句するしかない。顔は熱いし、汗ダラダラだ。

俺はもしかしなくても、とんでもない奴を拾っちまったんじゃないだろうか……。


どうやらこの流れに、谷塚も色々と理解はしてくれたらしいが……。

「……邪魔したな。そろそろ仕事に向かわないといけないから、俺、もういくわ」
「あ、……お、おう」

玄関に送り出す俺に、谷塚がコソッとささやいた。

「……あいつ、やっぱりローザだったな」
「…………」
「カイリってのは、例の『目を開けた獅子』のリーダーだ」
「谷塚……」
「分かってる。誰にも内緒だ。じゃあな」
「ああ、またな」

パタンとドアが閉まり、足音も遠のいていく。

俺は知らずため息を吐いていた。
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