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第一章
出会い 2
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「……おいっ、……おいってば……、待て……」
さすが若いだけあって、(俺だってまだ27だ!)早い。見る見るうちに差が付いてしまった。
これは追いつけそうにないなと思い始めたころ、前を走る少年のスピードがだんだん落ちて来た。
……持久力は無いのか?
不思議に思いながら必死で走って何とか追いついた。
「……はあっ、はあっ。……早いな……きみ。さっ、行こう。……謝りにいかなきゃ」
「――なに、アンタ。関係ねーやつは引っ込んでろよ」
「関係なくなんか無いだろ。巻き込まれたんだから、ホラ」
未だ地べたに座り込んでいて一向に動こうとしない少年の腕を取り、立たせようと引っ張った。……のだが、彼は一向に立ち上がろうとはしない。
「おい」
「……腹減ってんだよ。動きたくない」
腹って……。
「…………」
ガシガシと頭を掻いた。
……ったく。
これだから谷塚に、お人好しだのなんだのとバカにされるんだ。
「来いよ。……大したものは無いけど、飯くらい食わせてやる」
「……え?」
心底驚いた顔で俺を見た少年は、フイッと視線を逸らし俯いた。
だけど俺がまた腕を引っ張ると、今度は大人しく立ち上がった。
腹が減ってるというだけあって、いい食べっぷりだ。
たいして上手くない俺が作った焼きそばを、ガツガツと凄い勢いで完食した。
「……ごちそうさま」
「おう。落ち着いたようだな」
「…………」
腹が満たされて安心したのか、先ほどまでのぎすぎすした感じは抜けていた。それにちょっと安堵して、気になってたことを聞いてみた。
「さっきのアレ、なんだったんだ?」
「……あれって?」
「子犬。ペットショップから連れ出したんだろ?」
「…………」
「どうした? 言いたくないのか?」
「…………」
本気で話したくないのか、返事をしようとしなかった。また不貞腐れたような表情で、プイッと向こうを向く。
ったく、しょうがない奴だな。
しばらく二人向かい合わせで言葉も発さずにいたのだけど、それも何となく居心地が悪い。
不意にコーヒーが飲みたくなったので、俺は席を立った。
カタン、と音を立てた途端、少年はハッとした表情で俺を見た。
「……? コーヒー淹れてくる。ブラックでいいか?」
「え……? あ……、ミルクがあったら……」
「わかった。ちょっと待ってろ」
コーヒーと言ってもインスタントだ。特にこだわりもないし、これはこれで美味しいと思うし手軽だ。
彼には冷蔵庫に入っている牛乳を少し入れて、はい、と手渡した。
少年は俺の手元をじっと見て少し小首を傾げた後、「ありがとう」と小さくつぶやいてカップを取った。
俺も座って一口飲む。
コクリと温かい液体が喉を流れて、ホッと一息ついた。
「そう言えば、名前聞いて無かったよな。……俺は川口健輔だ。きみは?」
「……一弥」
「一弥君か。……じゃあ、一弥。さっき、何で子犬を勝手に連れ出したんだ? 何か意味があるんだろ?」
「……意味」
「そう、理由だ。単に悪戯って感じでも無かっただろ」
「……可哀そうだったから」
「え? 子犬が?」
「うん」
「――どうしてそう思ったんだい?」
「どうしてって……」
困惑したようにつぶやいた後、一弥はキュッと唇を噛んだ。表情も、だんだんまた険しくなり始めている。
「……一弥?」
なるべく穏やかに名前を呼ぶと、一弥はゆっくり顔を上げた。
「檻やゲージに入れられて、嫌じゃない奴なんているのか?」
「…………」
一弥の指摘に、今度は俺の方が絶句した。
売る側の、人間の立場になって考えたことはあっても、入れられている犬や猫たちの側に立って考えたことなんて無かったからだ。
だけど、だからと言ってあの店の人たちがそこで売られている動物たちに愛情が無いわけでは決して無い。
「……確かに窮屈だろうし、居心地がいいとは言えないかもしれないけど……。だからと言ってきみはあの子犬を連れ出した後どうするつもりだったんだ?」
「どうするって……。あのまま逃がそうと思ってたけど?」
「……それは身勝手だな」
「なんでさ? 誰だって自由に、好きなところに出ていきたいだろ? 自由にさせてあげたのに、何でそれが勝手だなんて言われなきゃならないんだよ!」
「じゃあ聞くけど、あの子犬は逃げた後どうやってご飯を食べるんだ? 寝るところは? 外は雨も降れば風も吹くし、寒い時には雪だって降るだろう? あの子犬たちは、おそらく生まれた時から人間の手が掛かって育てられてるはずだ。突然外に放り出されても、それが彼らにとっての幸せと言えるのかどうかは分からないんじゃないのか?」
「あ……」
「それにあの店の人たちだって、彼らなりにあの動物たちを大切に思っているぞ? 大事に育てて、彼らを育てたい家族にしたいと思う人たちの下に届けてあげたいって思ってるんだ。なんでもそうだけど、一面だけを見て判断しちゃダメだ」
「…………」
俺の言葉は、ちゃんと届いたのだろうか?
一弥はしばらく俯いて何かを考えているようだったが、ゆっくりと顔を上げた。
「もし……さ」
「うん?」
「……もし、死にそうな子猫を見つけたら……、アンタならどうする?」
「……? 動物病院に連れて行くんじゃないか?」
「近くに病院が無かったら?」
「無かったら? んー、そうだなあ。家に連れてきて、温めてあげて……ミルクを飲ませてあげるくらいしか思いつかないな……」
「…………」
一弥は席を立って、無言で玄関の方に歩いて行った。
「どこ行くんだ?」
俺の声に一弥はゆっくり振り返った。
……あ、『どこ行く?』も変か。ここはこの子の家でもないし。
「――ペットショップに行って謝ってくる」
「…………」
余りにも意外な返事に、俺はびっくりして声が出せなかった。
俺の言葉は、ちゃんと届いていたんだ。
「アンタいい人だね。俺、アンタなら好きになれそうだ」
パタン。
そう一言言って、彼はそのまま玄関を出て行った。
見る見るうちに熱くなる顔に、俺自身も戸惑った。
何照れてんだ、俺は。
だけど……、あの少年……一弥は、谷塚が俺に見せたあのローザという少年に間違いないだろう。
画像以上に綺麗な少年だった。
『今、みんなそのローザの行方に興味津々なんだよな』
脳裏に浮かんだ谷塚の声に、俺は眉を顰めた。
さすが若いだけあって、(俺だってまだ27だ!)早い。見る見るうちに差が付いてしまった。
これは追いつけそうにないなと思い始めたころ、前を走る少年のスピードがだんだん落ちて来た。
……持久力は無いのか?
不思議に思いながら必死で走って何とか追いついた。
「……はあっ、はあっ。……早いな……きみ。さっ、行こう。……謝りにいかなきゃ」
「――なに、アンタ。関係ねーやつは引っ込んでろよ」
「関係なくなんか無いだろ。巻き込まれたんだから、ホラ」
未だ地べたに座り込んでいて一向に動こうとしない少年の腕を取り、立たせようと引っ張った。……のだが、彼は一向に立ち上がろうとはしない。
「おい」
「……腹減ってんだよ。動きたくない」
腹って……。
「…………」
ガシガシと頭を掻いた。
……ったく。
これだから谷塚に、お人好しだのなんだのとバカにされるんだ。
「来いよ。……大したものは無いけど、飯くらい食わせてやる」
「……え?」
心底驚いた顔で俺を見た少年は、フイッと視線を逸らし俯いた。
だけど俺がまた腕を引っ張ると、今度は大人しく立ち上がった。
腹が減ってるというだけあって、いい食べっぷりだ。
たいして上手くない俺が作った焼きそばを、ガツガツと凄い勢いで完食した。
「……ごちそうさま」
「おう。落ち着いたようだな」
「…………」
腹が満たされて安心したのか、先ほどまでのぎすぎすした感じは抜けていた。それにちょっと安堵して、気になってたことを聞いてみた。
「さっきのアレ、なんだったんだ?」
「……あれって?」
「子犬。ペットショップから連れ出したんだろ?」
「…………」
「どうした? 言いたくないのか?」
「…………」
本気で話したくないのか、返事をしようとしなかった。また不貞腐れたような表情で、プイッと向こうを向く。
ったく、しょうがない奴だな。
しばらく二人向かい合わせで言葉も発さずにいたのだけど、それも何となく居心地が悪い。
不意にコーヒーが飲みたくなったので、俺は席を立った。
カタン、と音を立てた途端、少年はハッとした表情で俺を見た。
「……? コーヒー淹れてくる。ブラックでいいか?」
「え……? あ……、ミルクがあったら……」
「わかった。ちょっと待ってろ」
コーヒーと言ってもインスタントだ。特にこだわりもないし、これはこれで美味しいと思うし手軽だ。
彼には冷蔵庫に入っている牛乳を少し入れて、はい、と手渡した。
少年は俺の手元をじっと見て少し小首を傾げた後、「ありがとう」と小さくつぶやいてカップを取った。
俺も座って一口飲む。
コクリと温かい液体が喉を流れて、ホッと一息ついた。
「そう言えば、名前聞いて無かったよな。……俺は川口健輔だ。きみは?」
「……一弥」
「一弥君か。……じゃあ、一弥。さっき、何で子犬を勝手に連れ出したんだ? 何か意味があるんだろ?」
「……意味」
「そう、理由だ。単に悪戯って感じでも無かっただろ」
「……可哀そうだったから」
「え? 子犬が?」
「うん」
「――どうしてそう思ったんだい?」
「どうしてって……」
困惑したようにつぶやいた後、一弥はキュッと唇を噛んだ。表情も、だんだんまた険しくなり始めている。
「……一弥?」
なるべく穏やかに名前を呼ぶと、一弥はゆっくり顔を上げた。
「檻やゲージに入れられて、嫌じゃない奴なんているのか?」
「…………」
一弥の指摘に、今度は俺の方が絶句した。
売る側の、人間の立場になって考えたことはあっても、入れられている犬や猫たちの側に立って考えたことなんて無かったからだ。
だけど、だからと言ってあの店の人たちがそこで売られている動物たちに愛情が無いわけでは決して無い。
「……確かに窮屈だろうし、居心地がいいとは言えないかもしれないけど……。だからと言ってきみはあの子犬を連れ出した後どうするつもりだったんだ?」
「どうするって……。あのまま逃がそうと思ってたけど?」
「……それは身勝手だな」
「なんでさ? 誰だって自由に、好きなところに出ていきたいだろ? 自由にさせてあげたのに、何でそれが勝手だなんて言われなきゃならないんだよ!」
「じゃあ聞くけど、あの子犬は逃げた後どうやってご飯を食べるんだ? 寝るところは? 外は雨も降れば風も吹くし、寒い時には雪だって降るだろう? あの子犬たちは、おそらく生まれた時から人間の手が掛かって育てられてるはずだ。突然外に放り出されても、それが彼らにとっての幸せと言えるのかどうかは分からないんじゃないのか?」
「あ……」
「それにあの店の人たちだって、彼らなりにあの動物たちを大切に思っているぞ? 大事に育てて、彼らを育てたい家族にしたいと思う人たちの下に届けてあげたいって思ってるんだ。なんでもそうだけど、一面だけを見て判断しちゃダメだ」
「…………」
俺の言葉は、ちゃんと届いたのだろうか?
一弥はしばらく俯いて何かを考えているようだったが、ゆっくりと顔を上げた。
「もし……さ」
「うん?」
「……もし、死にそうな子猫を見つけたら……、アンタならどうする?」
「……? 動物病院に連れて行くんじゃないか?」
「近くに病院が無かったら?」
「無かったら? んー、そうだなあ。家に連れてきて、温めてあげて……ミルクを飲ませてあげるくらいしか思いつかないな……」
「…………」
一弥は席を立って、無言で玄関の方に歩いて行った。
「どこ行くんだ?」
俺の声に一弥はゆっくり振り返った。
……あ、『どこ行く?』も変か。ここはこの子の家でもないし。
「――ペットショップに行って謝ってくる」
「…………」
余りにも意外な返事に、俺はびっくりして声が出せなかった。
俺の言葉は、ちゃんと届いていたんだ。
「アンタいい人だね。俺、アンタなら好きになれそうだ」
パタン。
そう一言言って、彼はそのまま玄関を出て行った。
見る見るうちに熱くなる顔に、俺自身も戸惑った。
何照れてんだ、俺は。
だけど……、あの少年……一弥は、谷塚が俺に見せたあのローザという少年に間違いないだろう。
画像以上に綺麗な少年だった。
『今、みんなそのローザの行方に興味津々なんだよな』
脳裏に浮かんだ谷塚の声に、俺は眉を顰めた。
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