私、異世界へ会いに行きます

飛狼

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第一章 異世界へと誘われ

◇そして、私は魔法を使ってみる。

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 通路の至る所に、無数の如く湧き出るスライム。

 天井からは、ぼたりぼたりと、したたる滴のように無数に落ちてくる。それを避けようと壁にへばりつくと、手のひらにも、ねっとりとしたものが絡み付いてきた。

「ひゃぁぁ!」

 慌てて飛び退くと、壁の隙間からもスライムが涌き出ていた。しかも、飛び退いた足下の床からも染み出てきたスライムが、私の靴に絡みつこうとしている。

 無理、こんなの無理! 数が多すぎなのよ! これだけの数、私が対処できる訳ないよ。

 ――は、早く、逃げなきゃ!

 でも既に、前方も今来た通路も、全てがスライムで埋め尽くされようとしていた。スライムは動きがかなり鈍い。だけど、通路の床にはもう、走り抜ける隙間も無いほどスライムが溢れかえっている。ましてや戦うにも、いくら動きがゆっくりとはいえ、この数の多さにたちまち群がり蹂躙されてしまうだろう。
 完全に詰んだ状態……。

「ど、どうしよう……キキ」

 キキも、「フゥッ!」と、周りのスライムに威嚇の声をあげている。
 キキに声を掛けたのは、少しでも自分を落ち着かせるため。返事を期待してる訳でもない。それに、さすがのキキも、どうしようも無いよね。

 私を中心に群がるスライムが、じりじりとゆっくり迫って来る。もはや、弓に矢を番える余裕もない。
 腰に差した小剣の柄を、震える手のひらで握りしめた時、チューさんの声が脳内に響いた。

《スライムの特徴は、物理耐性は極端に高いですが、魔法耐性は逆に極端に低い生物です。魔法を使って倒しましょう》

 どこか、長閑にさえ聞こえるチューさんの抑揚の無い声が、今は腹立たしい。何か無いかと、メニューを呼び出しステータスを確かめるけど、相変わらず殆んど読み取れない。
 しかも、クエストの3番目、「魔法を使ってみよう」が点滅していた。

 だからぁ、私はまだ魔法を使えないから……んっ、待ってよ。

 ――もしかして……。

 あの炎の精霊? さんは、加護を与えるとか言ってたわね。それに、修得できるスキルの中に、火に関する魔法がなかった。そして、チューさんが魔法を使えと勧め、クエスト覧の3番目が点滅してるのも……。

 もしかして、私って、火に関する魔法が使える?

 藁にもすがる思いで、魔法を使おうとするけど、そこで、ふと気付く……。

 あれっ、魔法ってどうやって使うの?
 当然、あまりゲームの経験のない私には、どうして良いか見当もつかない。
 でも、今はゆっくりと調べてる時間もゆとりもない訳で。
 迫るスライムに、えぇい、ままよと、両手を付きだし大声で叫ぶ。

「燃えろおぉぉぉぉ!」

 それは、以前みた事がある洋画の真似をしただけ。題名は忘れたけど、いじめられッ子の女子生徒が、学年末のダンスパーティーで怒りを爆発させ、生まれつき持っていたパイロキネシス(発火能力)で、ダンスパーティーを地獄の惨劇へと変えるといった映画だった。
 私はその洋画の主人公を思い出し、真似をしていたのだ。

 途端に、体の中心、胸の下辺りからごっそりと力が抜けていく感覚に襲われる。ちょうど、風邪をひいて、寝込んだ後の寝起きのような気怠さで、少し体がふらつく。
 そんな私の周りでは……。

「プギィィィ……イィィィィ!」

 近くにいたスライム達が青白い炎に包まれ、断末魔の叫びを上げている。

 ――へっ……魔法? が発動したの?

 私は「口も無いのに、どこから声を出してるのだろう」と、的外れな事を考えながら、炎に包まれるスライムを呆然と眺めていた。

 炎に包まれたスライム達は、半透明の体を炎によってグズグズと崩しのたうち回る。そして、周囲にいた炎に包まれていないスライムに絡み付き、炎を伝播させていく。
 たちまち、見える範囲の通路の全てが、「ごおぉ」と音をたて炎で包まれていった。

 ――うっ、なにこの匂いは?

 鼻にツンと付く匂いに、ようやく、はっと我に返る。ビニールが燃える時に出る、嫌な匂いに似た悪臭で通路が充満する。

 うげっ! 吐きそう……。

 匂いもだけど、黒い煙りも発生して目にしみて少し痛い。思わず、ちかちかと目をしばたててしまう。
 既に炎は、スライムだけでなく天井や壁、床にまで嘗めるように伝っていく。どうやら、あの光る苔にまで燃え移っているようだ。
 けど、これだけ燃え盛っているのに、何故か、熱さを一向に感じない。それどころか、炎が私を避けていくような感じだ。

 これも、加護とやらのお蔭なのだろうか?

 と、のんびりと考えてる場合でないわね。
 さすがに、この匂いと煙りに目と鼻が限界。取り敢えず、一旦は撤退する事にする。
 キキはというと、いつの間にか、胸当ての中へとさっさと避難して「キュッキュ」と文句を言っていた。

 キキも、この匂いは駄目みたいね。

「ごめんね、キキ」

 胸当ての上からぽんぽんと叩き、騒ぐキキを宥めながら走り出す。

 幸い、私には炎によるダメージが無いようなので、炎に焼かれ蠢くスライム達の横をすり抜ける。だから、そのまま最初の部屋に戻る事にした。
 そんな私に、チューさんからの新たなメッセージが、また届く。

《経験値が一定に達して種族レベルが3にアップしました。各種ステータスが上昇しました。クエスト、「スライム10匹を討伐しよう」を達成しました。クエストボーナスが経験値に加算されます。種族レベルがレベル4にアップしました。スキルポイント10を獲得しました。称号、『炎帝の愛し子』の成長促進により、獲得スキルポイントが倍化20となりました。従魔がレベル2にアップしました。クエスト、「従魔をレベルアップさせよう」を達成しました。スキルポイント5を獲得しました。称号、『炎帝の愛し子』の成長促進により、獲得スキルポイントが倍化10となりました。職業【従魔師】がレベル2にアップしました。新たなスキル【シンクロ】を獲得しました。クエスト「魔法を使ってみよう」を達成しました。スキルポイント5を獲得しました。称号、『炎帝の愛し子』の成長促進により、獲得スキルポイントが倍化10となりました。追加クエスト「新たな魔獣を仲間にしよう」が発生しました》

 えっ、何なに?
 そんなに沢山言われても、覚えられないわよ。
 相変わらず、親切なのか、不親切なのか、よく分からないチューさんにぶつぶつと文句を言いながら、通路をひた走る。

 それにしても、狭い通路では炎の魔法は使わないようにしようと、私は痛切に思うのだった。
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