私、異世界へ会いに行きます

飛狼

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第一章 異世界へと誘われ

◇そして、私は異世界で初戦闘を行う。

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 苔から発する光が、通路内の床や天井、壁などを、ぼんやりと浮かび上がらせていた。通路自体の幅はそれほどでもなく、三人が並んで歩くと少し窮屈に感じる程度。

 その通路を、私は全力で駆け抜けていた。
 叫び声を上げながら……。

「だあぁ、ちょっ、ちょっとぉ、これは無理。無理だからあぁぁ!」

 私の後ろからは、真っ黒な子犬大の魔獣が、八本足をカサカサと動かし追い掛けてくる。

 だぁぁ、私は虫系が大の苦手なのよ。てか、得意な人なんて今時の女子にいないでしょう。

 そう、その魔獣の姿は蜘蛛に似た魔物。
 走りながら肩越しに振り返ると、真っ黒な剛毛に全身は覆われ、左右に分かれた口元をカチカチ鳴らして追い掛けてくるのが見える。そのリアルな醜悪さに、思わず背筋にぞっとした寒気が這い登る。

《タランティノの体に浮かぶ、赤い光点を狙ってみましょう》

 そして私の脳内には、何度も同じメッセージが繰り返され響く。

 ――あぁ、ほんとにうざい。

 こいつは、チュートリアルのチューさん。まぁ、私が勝手にチューさんと呼んでるだけなんだけど。

 あの岩室内で浮かんだメッセージ、《チュートリアルモード開始しますか? Y/N》に、イエスを選ぶとあっさりと岩室から出る事が出来た。
 そして、チュートリアルモードとは、所謂、初心者用の簡易モードという事らしい。脳内に響くメッセージの案内のもと、楽に冒険が出来るらしいのだけど……て、ここって現実だよね。それとも、まだ仮想空間の中なの?

《……赤い光点を狙ってみましょう》

 ――あぁ、うるさい。分かったわよ。やればいいんでしょ。やれば……。

 荷物を持って走る私より、魔物の方が素早い。何時かは追い付かれてしまうだろう。それならばと、勇気を振り絞って、這い登る怖気を振り払う。
 私は立ち止まると、背に負う弓を手に持ち矢を番える。

 ――うっ、きもい。

 よく見ると、やはり蜘蛛に似た魔物は気持ち悪い。けど、頭を左右に振って気持ちを落ち着かせようとする。
 魔物までの距離は二十メートルほど。この距離なら、私でも当てられるはず。いつも、部活でやってるようにすれば。

 和弓は、洋弓と違って意外と難しい。照準が付いてる訳でもなく、弓本体はいたってシンプルな作りになっている。
 だから、姿勢や動作、何よりも手の内が大事なのだ。執弓の姿勢、足踏みからの弓構え。そして、打起こし、引き分け、会、離れまでの一連の動作を、心を平静に保って集中して行う事によって、矢はまともに飛んでいく。
 洋弓、いわゆるアーチェリーと呼ばれる競技用の弓とは、弓も動作も根本的に違うのだ。
 和弓は弓の下、三分の一の所を持って引く。これは、世界でも珍しい日本特有の弓の形態らしい。
 これは、諸説色々とあるようだけど、「魏志倭人伝に記述があるように、昔の日本人は海洋民族だったから、舟上で弓を引くには下が短い方が便利だったんだよ」と、勇吾が何時もの如く蘊蓄を披露してたりしてた。
 そして、洋弓が人指し指、中指、薬指の三本の指で弦を引くのに対して、和弓は、ちょうど、電車の吊革を持つような手の形で中指と親指の輪を作り、親指の根元近くに引っ掛けて弦を引く。それに、弓を持つ手、いわゆる押手とよばれるのも重要だったりする。私はどうしても弓に力負けして、下押し、べた押しと呼ばれるぐっと握り込んだ状態になってしまう。これはあまり良くないのだけど、私はチビッ子なのでどうしても、こうなってしまうので仕方がない。
 この押手は、親指と人指し指の間にある皮に巻き込むようにして、捻りを加えて弓を持つ。
 これは、弓の右側に矢を番えているため、どうしても矢は右側に逸れていく。それを、捻って弓を回転させる事によって、修正しているのだ。
 弦の引き方も洋弓と和弓は随分と違う。洋弓が弓を前に突き出し、弦を顎下まで引くのに対して、和弓は前方上部から押し開くようにして引き下ろす。これは、耳よりも後ろに十分に弦を引くために、弓を持つ手は前に押し出し、弦を持つ手を後方まで引くためだ。
 そして、和弓の競技会では、洋弓とは違い、点数制ではなく、○×式、ようは的中か失中かを競う。矢を二本持って一手と言うように、スポーツというより武道なのだけど、今の弓道はどちらかといえば、礼節や精神修養に重きを置いているように思える。

 だから……。

 ――あっ、筈こぼれした……。

 焦って矢を番えようとしたため、弦から外れて矢が手元から転がり落ちたのだ。これが、競技会なら失中と見なされ、射直しは出来ない。

 てか、実戦で、腰に手をあて深呼吸してからの離れまでの一連の動作を、落ち着いてやってられるか!

「ギィギィィ!」

「ひ、ひぇぇぇ!」

 私がもたもたしてる間に、蜘蛛に似た魔物が目の前まで迫っていた。

「あわわわわ……」

 指先が震えて、上手く矢を番える事が出来ない。

 ――あぁ、もう駄目。

 目の前で飛び跳ねた魔物の牙が、私の喉元に迫る。

 ――こんな所で……嘘でしょ。

 私が目を閉じ、その場に踞ろうと……。

「きゅきゅぅぅ!」

「あっ、キキ!」

 その時、今まで私の胸当ての中に隠れていたキキが、外に飛び出し魔物に向かっていく。
 四本の手足を広げて、くるくると回転しながら。その尻尾が、鋭い刃物となり、蜘蛛の魔物を切り裂く。その後は、ブーメランのようにくるくる回転したまま戻って来ると、私の肩に着地した。

 ――おぉ、キキ。あんた……。

 そ、そうだったわね。キキは一応、魔獣? だったのよね。
 キキの可愛らしい姿に、すっかり忘れてた。

「キキ、ありがとう。助かったわ」

 私の言葉に、キキが「きゅきゅう」と嬉しそうに、肩の上で宙返りしている。

 キキのお陰で、取り敢えずの危機は脱したけど、蜘蛛の魔物はまだ生きていた。でも、地に転がるそいつは、足を二本失い上手く動けないようだ。

 これ幸いと、私は一旦、その魔物から距離を取る。そこで、もう一度、深呼吸を繰り返す。

『弓は当てるのではなく、当たるものなのよ。心は平常心に。大きく引いて大きく離す。離す時は左右に開くように自然に離すだけ』

 部活の師範が良く言っていた言葉を思い出す。

 一度大きく息を吐き出すと、私は弓に矢を番えて弦を引く。

 ――心は平常心に。自然と離れの時が訪れるのを待つ。

《赤い光点を狙ってみましょう》

 チューさんの脳内メッセージに従い、魔物に狙いを定める。

 これはどういうことだろう。部活の時にも味わった事がないほど心は落ち着き。まるで、さざ波ひとつない水面のように、心がぴんと張り詰め集中出来る。

 その集中した目で魔物を見ると、確かに、体の中央に赤い光点が見える。それは、大きさは五センチぐらいの小さな的。だけど、今の私なら当たるような気がする。
 そして、自然と弦を離していた。

 弓から放たれた矢は「ヒュン」と、風切り音を鳴らして飛んでいく。その矢は吸い込まれように、赤い光点に到達する。
 的の中心、星を射抜いたのだ。

 部活を通しても、初めてかも知れない。ちょっと感動。

 しかし、直ぐに私はぎょっとする。

 何故なら、赤い光点を射抜かれた魔物が、爆散したからだ。

「えっとぉ……」

 矢が当たるだけで爆発するとか、何?

《クリティカルヒットしました。最初のクエスト、「魔物を倒してみよう」を達成しました。クリティカルボーナスと、クエストボーナスが経験値に加算されます。種族レベルがレベル2にアップしました。スキルポイント5を獲得しました。称号、『炎帝の愛し子』の成長促進により獲得スキルポイントが倍化、10となりました。新たなスキル【集中】と【平常心】を獲得しました。新たなクエスト「従魔に指示を出してみよう」と「スキルポイントを使ってみよう」が発生しました》

「はっ、何それ……」

 ここは、仮想空間? それとも現実?

 何とも奇妙な世界に迷い込んだものだ。もう、何だか今日は色々と疲れた……。

 私は初戦闘に疲れた体を引きずり、一旦、最初にいたあの岩室に引き返す事にした。
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