異世界へようこそ

飛狼

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第三章 カンザキ商会

◇一攫千金というけれど。

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 タンガ達の訓練に付き合わされたその日の午後、俺はサンタール家の居間でゆったりと寛いでいた。
 俺の横にはカリナが立ち、目の前のカップに飲み物を注いでくれる。

 ――ほぅ、良い香りがするな。

 何故だか「ありがとう」と言うと、カリナは真っ赤になって恐縮していた。
 全く、妹のカイナにも見習って欲しいものだ。やはり、脳筋タンガに武術なんかを習ってるから、あんな性格になったに違いない。
 その当のタンガは、正面に座るサラの背後で顔を歪めて立っていた。
 まだ、体が相当に痛むようだが、自業自得なので、俺は知らん顔を決め込んでいる。それにしても、もう動けるとは、よほど頑丈な体の造りだな。結構、本気で攻撃を当てたのだが、さすがは猛獣系の獣人。

 ルークの一件以来、サンタール家の者には常に護衛の獣人が付き従うようになっていた。それは、屋敷内であったとしてもだった。

「やはり、ピメント茶はいつ飲んでも、心が落ち着く」

 タンガに目を向けていると、正面にいるサラはそんな事を言いながら、目を細めカップに口をつけていた。

「……こ、これが、も、もしかして、ピ、ピメントか?」

 美形のサラが優雅に飲む様子は、目もくらむ眩しさがある。だから、思わずキョロキョロと目を泳がせ吃ってしまう。慌ててお茶を飲み喉を潤し、心を落ち着かせる。
 まったく、朝早くから付き合わされたお転婆カイナとは、えらい違いだ。
 目の前には絶世の美女サラが、そして、傍らで給仕してくれるのは、別ベクトルで可愛らしいカリナ。これぞ、まさしく至福のひと時。男子の本懐ここに有りだな。
 俺がにやついていると、サラがピクリと眉を動かし、口を開いた。

「あぁ、中々良い香りがするだろう」

「ん、品薄とか言ってなかったか」

「あぁ、だから街に出回っているピメントはかなりの高額になっている。すでに、去年の三倍の値段がついてるようだ。この分だと困ったことに、来月の新緑祭の頃にはどこまで高騰するか分からん。父上も、頭を悩ませているよ」

「ふぅん、こんなもんがなぁ……確かに、良い香りはするが」

 俺には、さほど美味く感じる訳でもなく、それほど皆が欲しがる理由が分からない。

「ピメントは、人の新陳代謝を活性化させると、昔から云われていてな。だから新緑祭の時に、好んで料理等にも使われる。我らエルフが儀式を行う時に食すと、若返ると言われているからだ。しかし、私はそれほど効果が有るとは思っていないけどな。まぁ、昔からの習慣みたいなものだ」

 あまり表情の変わらないサラが、微かに苦笑していた。

 そうか、縁起物の食習慣みたいなものか。それだと、確かに納得できる。日本だと、正月に食べる餅や雑煮みたいなものが、それにあたるのだろう。そうなると、高い金を出しても欲しがる者は大勢いるだろう。

「そういや新緑祭といえば、あの件、魔族の話はどうなった」

 あのコロビ魔族だったギルド長のバーリントンが、最後に残した言葉がどうにも気になっていた。結局は、詳細までは聞き取れ無かったが、バーリントンはこう言っていた。

『来月の新緑祭には気を付けろ。魔族が……』

 この事からも、新緑祭の時に魔族が、何か事件を起こすのだろうとは想像がつく。だから、この事はサラに話しておいた。
 そして、俺の口から魔族という言葉が飛び出すと、サラだけでなく、タンガやカリナが顔を強張らせ緊張した面持ちとなった。やはり、皆も今回の魔族騒動は気になるようだった。

「……一応、父上に申し上げておいたが、何分雲を掴むような話だ。捜査は始めたようだが、今はまだ何とも」

「そうかあ……」

 俺もここ数日は街中を歩き回り、【気配察知】のスキルを使って魔族を探したりしているが、目立った成果はない。もっとも、午前中はベッドでゴロゴロしているのだが。

 これは、本腰を入れて魔族捜索をしないといけないか。あまり、気は進まないが、サラ達には少し負い目があるからなぁ……。

 俺にはまだ、サラ達に話していない事がひとつあった。それはコロビ魔族のことだ。サラにはギルド長のバーリントンは殺され、魔族がギルド長に化けていたと話している。が、実際はギルド長自身が邪神に魂を売り渡し、魔族化していたのだ。

 サラにはその事を、まだ話していないのだ。何故なら、後に残されたバーリントンの家族の事もあるが、このグラナダに暮らすヒューマン達を心配する気持ちもあったからだ。
 ただでさえ、最下層の身分に甘んじているヒューマン達。コロビ魔族の事が知れれば、それこそ魔女狩りならぬ、魔族狩りが始まりそうに思えたのだ。そうなれば、罪の無い無実のヒューマン達が、大勢傷つけられる事だろう。

 しかし、バーリントン以外にも、コロビ魔族がいる可能性は高い。
 それが、今の俺の頭を悩ませる種だった。

 俺が思い悩みながら、ピメント茶を飲んでいると、この居間に向かって大勢の者が、がやがやとやって来る気配を感じた。

 居間に入って来たのは、護衛の獣人や近侍のヒューマンを引き連れた、サラの家族達。父親エルフのケインに母親エルフのサリナ。それに、サラの弟のルークだった。

 サラの弟も、昨日までは大事をとって部屋で養生していたようだが、もうすっかりと快癒したようだ。
 今では、あの体を覆っていた黒い紋様も奇麗さっぱり無くなり、エルフ特有の透き通るような肌に戻っている。

 さすがに、このまま座ってるのは不味いかと思い立ち上がる。だが、そのルークが目敏く俺を見付けて指差した。

「ヒューマンの癖に、今偉そうに座っていたな。しかも、姉様と向かい合って座るとか不遜だぞ。見掛けない顔だが誰だ!」

 弟エルフのルークが、険しい顔を浮かべ、怒りの声を投げつけてくる。
 そういや、こいつとまともに対面するのは初めてだったな。しかし、父親のケインもめんどくさいと思ったが、弟はそれに輪を掛けてめんどくさそうだ。
 俺は弟エルフを無視してカリナの横に立つと、入ってきたケインとサリナに一礼する。
 名目状とはいえ、一応はサンタール家の家人だから。

「ん、彼は私専属のヒューマンだ。気にするな」

 サラが困ったような声で弟に声を掛け、母親のサリナが「あらあら、サンタール家の者がはしたないわよ」と諭していた。

 どうも、まだ幼い弟のルークには、魔族の事は話していないようだ。だから、恩人であるはずの俺の事も知らないし、新人の家人ぐらいにしか思っていない。
 まぁ、別に感謝されたいとも思っていないので、別に構わないさ。

 ルークは「むぅ」と唸っていたが、直ぐに機嫌を直してサラに甘え始めた。

「姉様聞いて下さい。母様が酷いのです。僕が外に出るのは当分の間は駄目だと……」

 ルークは取り留めのない話を、サラに向かって話す。それをにこやかに見ながら、父親のケインと母親のサリナが席に着く。と、周りのヒューマン達が慌ただしく給仕を始めた。
 ルークは15歳になると聞いていたが、随分と甘やかされて育てられてるようだ。他人の家族にとやかくいうつもりはないが、15歳にしては幼く感じてしまう。
 これは、エルフが長命だからなのかな。だから、他の種族より成長が遅いとか……でもそれならサラは……。

 それにしても、こうして改めて見ると、この家族は絵に描いたような美形家族。少々、羨ましくも感じる。

 ――そういや、お袋や親父はどうしてるかなぁ。

 サラ達家族の和気藹々とした雰囲気を眺めていると、日本にいる両親の事を嫌でも思い出してしまう。

 俺は地方から、就職のため都市部に出て、一人住まいをしていた。
 恋人はまだいなかったが、田舎には大勢の友人達が……皆は今頃、どうしてるのだろうか。俺が行方不明になって、親父やお袋、それに友人達も心配してるのだろうか。十代の頃は、俺もかなりやんちゃをしていた。その当時の友人たちは、未だに仲間意識が強い。だから、タンガみたいな脳筋馬鹿を気に入ってしまうんだが……あの頃は、両親に随分と心配を掛けたりもしたなぁ。今回、一億に目が眩んだのも、ちょっとはその両親に親孝行でもと考えたのが半分ぐらいはある。それが、この有様だ。まったく人生って、どう転ぶか分かったもんじゃないぜ。また、親父やお袋に、心配を掛けるような事になって無ければいいけどな。

 俺が、歓談するサラ達家族を見て郷愁の念にかられていると、サラが父親のケインに新緑祭について尋ねていた。それを、俺は聞くとはなしに聞いている。

「父上、新緑祭はどうですか、無事に滞りなく執り行われそうなのですか?」

 途端に父親のケインが、苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。

「ふむ、あの件に付いては、まだ調査中だ。それより……」

 あの件とは、魔族のことだな。
 ケインはルークを気にしたのか、ちらりと横目に見ている。

「もっと問題なのは、ピメントの方だ。今度、商業ギルド長に就任したのは、モルガン家の息の掛かったヒューマン」

「モルガン家の?」

 サラが、その形の良い眉を顰めている。

「あぁ、私のいない間にモルガン家が、強引に押し通したようだ。モルガン家は前から一部の商人と結託してる節がある。このままでは、ピメントが更に高騰するだろう。放っておけば、暴動にもなりかねん。最近は特にヒューマン達が、国に不満を抱えていると聞く。全く、モルガン家のあやつらは何を考えてるのやら」

 どうやら、話を聞く限りでは、父親エルフのケインが、息子ルークの病気にかまけてる間に、モルガン家が何かやらかしたようだな。ギルドで見かけたモルガン家の家人の驕った態度。それに、バーリントンが魔族に転んだのも、遠因はモルガン家が絡んでいると、俺は睨んでいる。話を聞くだけでも、モルガン家はどうしようも無い家のようだ。
 俺が、そんな事を考えている間も、サラとケインの話は続く。

「そうですかあ……誰か、海賊船を恐れずモルダ島に向け、商船を出す商人がいれば良いのですけどね」

「それも、今の状況では難しかろう」

 ケインが腕を組み、サラも眉を顰めて一緒に考え込む。
 そこで、俺が声を掛けた。会話の中に出てくる、商船や商人との言葉に興味を覚えたからだ。

「ちょっと、良いですか」

「ん、何だ」

 俺が突然、会話に割り込んだので、ケインが顔をしかめる。ルークも何か言い掛けたが、母親のサリナに押さえらていた。

「モルダ島ってのが、ピメントの産地か何かですかね」

「あぁ、そうだが。それがどうした」

 ケインの代わりに、サラが不思議そうに答えてくれる。

「そのモルダ島まで、どれぐらいの日数が掛かるのかな」

「そうだな、片道で5日ほどか……」

 ほぅ、それなら往復で10日から12日ぐらいで帰ってこれるな。新緑祭まで、まだまだ十分な日数がある。これは、勝機。もとい、商機なのでは。魔族の事も気になるが、帰ってからでも十分に間に合う。行ってる間に、サラ達の調査も進むだろうし。

「それなら俺が行ってきますよ。幸い俺はヒューマンなので、なんの問題もないでしょう」

「ん……しかし、お前は商船を持ってないだろう」

「それぐらい、俺が買って行きますよ」

 なんといっても、俺には1億クローネがある。カイナにも仕事もせずにふらふらしてと言われてたし、何か仕事をしないと。またカイナに馬鹿にされそうだしな。
 俺の脳裏には、昔歴史の授業で習った、紀伊国屋文左衛門の故事が思い浮かぶ。確か、嵐の中に船を出し、紀州から江戸に蜜柑を運んで財を為した豪商。
 俺も……。

 俺は、海に商船を駆って乗り出す自分の姿を想像して、男のロマンを感じ興奮していた。
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