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1巻

1-2

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「私は普通の庶民です。でもこれから先、自分よりも高貴な人間と出会うこともあるかと思います。ですが、そんな高貴な人間が身分を盾にして、身分の低い者に対して酷いことをしていたり、ゴミ扱いしていたりすることがあるかもしれません。私は、そういうことがどうしても許せないのです。もしそんな場面に遭遇したら、そんな相手には絶対に引くこともありませんし、容赦ようしゃするつもりもありません。こんな不器用な性格ですが大丈夫でしょうか?」

 元いた世界でもこの性格で失敗したことがあった。許せないと思うと相手構わず立ち向かってしまうのだ。
 だから、一応聞いてみたというわけなのだが……

「確かにそういうことをする人間もいるでしょう。そんなときは容赦する必要はありません。私もそのような人間は罰を受けるべきと考えます。タクマさんが納得いかないことなら、あえて見過ごす必要はありませんよ」
「ありがとうございます」
「タクマさんがすこやかに生活していただければ幸いに思います。たまに教会に遊びに来てもらえればうれしいです」

 最後に、といった感じでヴェルドが言う。

「それとひとつ。タクマさんの記憶を見させてもらったとき、タバコというものを理解できたのですが、あまり身体には良くないようですね。すぐにやめろとは言わないですが、少しずつ減らしていきませんか?」

 痛い忠告をされてしまった。
 だが相手は女神だ。従うほかあるまい。

「そうですね……良い機会なので少しずつ減らしていこうと思います。それと、ちょくちょくお土産みやげでも持って伺わせていただきますね」
「楽しみに待っています。それではお戻りなさい。タクマさんに幸あらんことを……」



 2 苦痛と告白


 意識が戻った瞬間、大量の知識の流入が起こった。
 すさまじい苦痛が襲ってくる。

「があ!! うう……うわ~~!!」

 こ、これはキツイ!! 子狼を潰しそうだ! と思いつつどうすることもできない。

「どうした!? 大丈夫か?」

 カイルが心配してくる。

「うう……チ、チ、チビをちょっと頼む……」
「分かった! お、おい!!」

 ドサ!!
 タクマはその場にうずくまってしまった。そのままの姿勢で何とか耐える。

「す、すまん……もう……少ししたら、おさ、収まるから……」


 ――10分後――


「はあっ! はあっ! はあっ! ふ~~~」

 そういえばヴェルドはこの世界の知識を付与してくれると言っていた。いきなりたくさんの情報が押し寄せてきたのだから、こうなるのも当然なのかもしれない。
 そう気づいたものの、タクマは未だ動けなかった。

「おい! 本当に大丈夫なのか? 何があったんだ?」

 依然として息を切らしたままのタクマに、カイルが心配そうに聞いてくる。
 そのとき、シスターがポツリとつぶやいた。

「待ってください、もしや、タクマさんは……世界を渡った人なのですか?」
「はぁ? どういうことだ!?」

 なぜかシスターが気づいたようだ。
 む、バレてしまってるか、まぁ隠すことでもないからいいか、とタクマは呑気のんきに思いつつも、未だに身体の自由は利かない。

「ふー、ふー、もうちょっとで落ち着くので待ってください。ちゃんと話しますから……」


 ――さらに10分後――


 落ち着いたタクマは、2人に事のあらましを話していた。

「――ってなことでいろいろあって、いきなり知識が流入してきて、倒れてしまったわけなんだ」

 シスターが頷きながら理解を示してくれる。

「なるほど、そのような不幸な事故があってここにいらしたのですね。元の世界には帰れないのは確定みたいですが、大丈夫なのですか?」
「ええ、いいんです。それにこの世界で生きていけるだけの知識と技術は女神様に頂いたので、問題ないですよ……」

 女神様に知識を付与してもらったことで、生活に必要な常識などはしっかりと自分自身の中に根付いていた。そういう意味では心配はないし、地球に未練もそれほどない。

「世界を渡ってきた者は、苦痛を代償にして女神様から強力な能力を付与されると聞いておりましたが、でも、あんな苦しそうな思いをするなんて……」

 そう言ってタクマを気遣うシスターに対し、カイルはといえば……

「まあ、世界を渡って無事なうえにそれだけの苦しみに耐えられたなんて、結構な幸運だったんじゃねーか?」

 と言っていた。
 適当な感想のようだが、確かに運が良かったと言えるかもしれない。

「それで、タクマさんは、これからどうしていくんです?」

 シスターが心配そうに聞いてくる。

「そうですね。自分は女神様に過分な力と知識を頂きましたが、力を誇示こじしていくとか、知識をひけらかして生きていくことはないですかね。今は住むところもないので、商売しながら定住場所を探そうかと思っています。あっ、自分のことはどうか内密にお願いしますね。目立ちたくないので」

 何となく考えていた展望を言ってみた。

「分かりました」
「分かってるよ」

 2人は静かに了承してくれたので、タクマはホッと息を吐く。何はどうあれ、目立つのは好きではないのだ。

「ほれ、チビを返すぞ」

 カイルが子狼を慎重に手渡してくる。
 子狼はまだすやすやと寝息を立てて眠っていた。

「ああ、すまない……それにしてもこいつはいつ目覚めるんだ?」
「確かにお前がうなり続けていたときも起きなかったし、結構消耗してんじゃないか?」
「そうだな、今はそっとしといてやるか」

 カイルとそんな会話をしてると、シスターが話しかけてくる。

「ところで、その子狼は今後どうするんですか?」
「どうと言いましても……まぁ、助けたのも何かの縁ですし、自分が育ててみてもいいかなと思っています。自分とコイツくらいなら何とかなると思うんで」

 シスターが感心したように笑みを見せる。

「この子は運がいいですね。普通であれば死んでいただろうに、こうして生きているんですから。でもタクマさん、この子を飼っていくつもりなら首輪を買ったほうがいいですよ。野良のらとして殺されてしまうかもしれませんから」
「首輪ですね。分かりました。なるべく早いうちに買うことにします」

 シスターとの話を終えたところで、カイルが提案してくる。

「そういや、タクマは宿も決めてないんだろ? 案内してやるよ」
「ああ、頼めるとありがたい。シスター、今日はご迷惑をおかけして申し訳ない。感謝します」
「いえいえ、あなたに不幸がないよう祈っております」
「それでは今日はここで失礼しますね。行こうか」

 こうしてカイルとタクマは、町の繁華街方面に向かって移動を始めるのであった。
 歩きながら、カイルがふと思い出したように尋ねてくる。

「タクマよー、文無しって言ってたが、宿屋の金どうすんだ? 俺が出してやってもいいけどよ」
「ん? そういえば……お金ももらったんだよな。ちょっと止まっていいか?」
「ああ、なんだ?」

 タクマは立ち止まると、アイテムボックスを想像してみた。
 そうして思いつくままに声に出してみる。

「ボックス、オープン……」

 すると頭の中にリストが広がった。


[アイテム] :なし
[所持金] :500,000G


(お金の単位がGになってるから価値がよく分からん)

 ひとまずお金そのものを見てみようと、手のひらを上にして10,000G出ろと強く念じてみた。
 手のひらに現れたのは、金貨らしい硬貨だった。

「これは使えるのか?」

 そう言ってカイルに見てもらう。

「ああ、小金貨だな。それ1枚で10,000ガルだ」
「単位はガルっていうのか。まあ、使えるなら何よりだが、例えばこの10,000Gで何日くらい泊まれるんだ?」
「2日だな。金のことがよく分かってないみたいだから教えてやるが、それで中流商人1日分の給料くらいだ」

 続いて、食品の値段を聞いてみる。

「じゃあ、パンとかの値段を教えてくれ」
「そうだな。これくらいの長さのバゲットで300Gだな」

 そう言ってカイルは軽く両手を広げた。およそ30センチメートルくらいだろうか。
 あの長さのバゲットで300Gだとしたら、さっきの給料の話も考慮して大体1Gは1円と見ていれば問題なさそうだ。宿泊料金からしても、この金銭感覚で間違ってはいないと思われる。

「なるほど、分かりやすいな、ありがとう」

 お礼を述べたタクマに、カイルは納得できないことがあるらしく尋ねてくる。

「いやいや、アイテムボックスのスキルを持っているのは理解できるが、金は持ってなかったんだろ?」

 的確な突っ込みだ。歩きながらタクマは返答する。

「この金も女神様にもらったものだな。感謝しかないよ」
「そうなのか。だったらちゃんと感謝して、定期的に祈ったほうがいいな。っと、着いたぞ、ここだ。まり木亭ぎていだ」
「おお、清潔そうな宿だな。案内してくれてありがとう」
「気にすんな。この町にいる間は疑問があれば門に来い。分かることは教えてやるから」
「感謝する。また顔出すよ」

 カイルはイケメンスマイルを残し、仕事へ戻っていった。
 カイルを見送ったタクマは宿に入っていく。
 中はちょっとした食事処しょくじどころになっていて、そのカウンターが宿の受付になっているみたいだった。
 受付の女性に声をかけてみる。

「すみません、2泊お願いしたいのですが大丈夫でしょうか? あと、子狼もいるんですが」
「はいはい、空いてますよ。大きな動物やテイムしたモンスターは厩舎きゅうしゃで預かるのですが、その子は部屋に連れていって大丈夫ですよ。狼の子とお客さんの2泊4食で10,000Gになります」
「はい、これでいいでしょうか」
「ちょうどになりますー。これがかぎです。夕食のときには呼びに行くので、それまでお休みになっていてくださいね」
「ありがとう。あ、よかったら名前を聞いていいかな? 俺はタクマと言います」
「受付のアンリです。お願いしますねー」

 人懐っこそうな笑みを浮かべるいかにも町娘といった感じのアンリに支払いを済ませ、指定された部屋に入る。
 ようやく、落ち着ける環境が確保できた。

「いやー、マジで疲れたな……いろんなことがありすぎてまだ混乱してるけど、何とか生きていけそうだ」

 タクマは大きなため息をひとつ吐いて、ベッドの縁に座った。座ってしばらくボーっとしていると、腕に抱いていた子狼がモゾモゾしているのに気がついた。

「お? 目を覚ますかな?」

 そう言って子狼をベッドの上に降ろして様子をうかがう。

「ク~ン、クゥア~~」
「おお、起きたか?」
「アン!」

 タクマが見ているのに気がつくと、子狼は元気に一声鳴いてみせた。

「大丈夫そうで何よりだな。まずは名前を決めるか……そうだなー、真っ白だし、ヴァイスっていうのはどうだ? 俺のいた世界の言葉で白を意味するんだが?」

 じっと子狼の目を見て、子狼の反応を見る。

「…………アン!!」

 どうやら気に入ったようだ。

「よし、よーし、じゃあ今からお前はヴァイスだからなー。俺には家族がいないから、お前がこの世界での唯一の家族になるんだ、よろしくなー」

 そう言いながらヴァイスの耳から背中にかけてでてやると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
 タクマがしばらくその気持ちいい毛並みを堪能たんのうしていると、ヴァイスは安心したように再び眠りに落ちていった。

「これからどうなるのか正直不安だけど、お前が一緒ならきっと大丈夫かな」

 そう言ってタクマはヴァイスを撫で続けていた。



 3 食堂で


 コンコン。

「タクマ様、食堂が開きましたよ。下りてきてくださいね」

 アンリが呼びに来てくれたので、ヴァイスに声をかける。

「ヴァイス、飯の時間だぞ。起きろー」
「クァア~~~、アン!」
「よし、行くか」

 ヴァイスを抱いて部屋を出て食堂に下りる。一人客が多いのか、すでにカウンターはいっぱいで、テーブル席が空いているだけだった。
 テーブル席に座ると、アンリがテーブルと同じ高さの台を持ってきてくれた。

「子狼ちゃんはこれに座らせてあげてくださいねー。床だと小さいので踏まれちゃうかもなので」
「ありがとう、そうそう、こいつの名前はヴァイスというんだ。性別はオスだよ。よろしく」
「ウァン!」
「あら、ヴァイス君ね、よろしくね。あ、注文はどうしますかー?」
「何がいいのか分からないからおすすめを頼めるかな? ヴァイスには肉を頼む」
「はーい、少々お待ちくださいね」

 食事が来るまでに周りの客たちを観察していると、ほとんどが武器を所持していた。

(こうして見てみると結構物騒ぶっそうな世界のようだ。これは早めに身体を鍛えたほうが良さそうだな)

 そんなことを考えていると、アンリが配膳に来てくれた。

「はい! 止まり木亭名物のオークのステーキセットですよ。ヴァイス君も同じステーキで焼いただけのモノだよ」
「うん。旨そうだな。いただきます」
「アン!」

 さっそくステーキを口に放り込むと、口の中で肉の旨味とソースがいい具合に絡まる。素材はよく分からなかったが、これが最高なステーキなのは理解できた。

「これは……ものすごく旨いな!」
「アッフ、アッフ!」
「分かったから、食いながらえたら駄目だ。食うか吠えるかどっちかにしないとな」
(まあ、言ったところで分からないだろうが……)
「アグアグ、ゴクン。アン!」
「部屋にいるときから薄々感じてたんだが、俺の言うことが理解できてるのか?」
「アン!」

 ヴァイスはタクマの目を見て、尻尾しっぽを振りながら返事した。

「そうか、じゃあなおさら一緒にいられるのはうれしいな」
「アン!」

 ヴァイスが言葉を理解できていることが分かり、上機嫌で食事をしていると――


 ガッシャ~~ン!


「きゃあ!」

 タクマの後方から、皿が割れる音とともに女性の悲鳴が聞こえてきた。

「この女ふざけやがって!! 誘ってやってんだから、大人しく言うこと聞いていればいいんだよ!!」
「ここは娼館しょうかんじゃないし、誰があんたなんかに付いていくもんですか!」

 アンリが冒険者らしき男に絡まれているらしい。
 しかし、周りは関わろうとしない。

(なんで助けようとしないんだ? ……仕方ない。やるしかないか)

 そう思ってタクマが立ち上がったとき、アンリに絡んでいた冒険者らしき男が腰の剣に手をかけた。

(まずい!!)

 その瞬間、タクマは全力で男とアンリの間に入り、すぐさま左足で男の右腰にある剣を蹴り飛ばす。

「っ!!」

 続けて、タクマの右ストレートが男のあごの先端をかすめるように打ち抜く。

「てめー! 俺に喧嘩けんかうっちぇ+*/@」

 男は言葉の途中でしゃべれなくなり、ひざから崩れ落ちた。

「うるせーんだよ。最高な飯食ってるのを邪魔するなんざ死にたいのか?」

 そう言いながら、タクマはその仲間らしき男たちをにらむ。

「なぁ、今なら金払ってせるなら許してやる。とっとと消えろ! まだやるってんなら……つぶすぞ?」
「ひい! すんません! 消えます! こ、こ、これ置いときます! もう来ませんから勘弁してください!」

 男たちはKOされた男を引きずりながら、うように逃げていった。


 シーーーーン……


「ハッ!」
(やっちまった! 飯時を邪魔されるのはどうも我慢できんな)

 アンリのほうへ振り向く。

「大丈夫かい? 怪我はなかったかな?」
「は、はい、転んだだけなので大丈夫です。それにしても強いんですね」

 タクマは、アンリの手を取って立ち上がらせた。

「んじゃ、俺は飯食うから席に戻るよ」

 自分の席まで戻ると、ヴァイスはしっかり自分の分を完食し、すでに丸くなっていた。

「けぷっ」
「……綺麗に食べてるな。お前さっきまで野生だったんじゃないのか?」

 タクマはそんな風に言いながら、冷えてしまった食事を再開するのだった。
 そうして一気に完食してひと息つく。
 すると、誰かが話しかけてきた。

「あのっ、タクマさんでしょうか?」
「ん? そうですが、あなたは?」
「私はアンリの母のカナンです。娘を助けていただいたようでありがとうございます」

 タクマの目の前には、アンリをふっくらさせた感じの、人のさそうな女性がいた。

「ああ、気にしないでいいですよ。俺は食事を邪魔されてムカついてやっただけですから」
「あの冒険者たちは、酒が入るたびに暴れたりしていたので助かりました」

 いえいえそれほどでもと謙遜けんそんし、気になっていたことを尋ねる。

「あの、ひとつ聞きたいのですが、なんで周りの冒険者たちは動かなかったんです?」
「あの乱暴な冒険者たちはBランク冒険者なので、下手に手を出すとかえちにってしまうんです」
「ふーん……」
(あれでBランク? レベル低くないか? あの程度で)
「あの、どうしました?」
「いや、なんでもないです。まぁ、俺に対処ができて良かったです」

 そう言って席を立ち、ヴァイスを抱き上げる。

「すまないが、タバコが吸いたいのだが、部屋で吸って大丈夫かな?」
「タバコ?」
「ええと、葉っぱを燃やして吸うんです。煙とか灰とか出ます」
「そ、そうですか。でしたら、窓枠に小さいカップがあるのでそこに灰を捨てていただければ」
「そうか、ありがとう」

 そう言ってヴァイスとともに部屋に戻るのであった。

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