二人の『私』のグッドエンド奮闘記~魔王覚醒系の悪役令嬢と入れ替わってしまったので、私(悪役令嬢)と一緒に世界崩壊エンド回避の為に頑張ります~

イチロウ

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第4章 魔法学校実技試験

第51話 賢聖姫

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「……八つ当たり、ですか?」
「ええ。お恥ずかしながらね」

 仮面を付け、黒いスーツを着た吸血鬼が話す。
 まあ、認識阻害のせいでこう見えているだけで、実際はこの姿ではないのだろうが。

(……マジで不気味)

 この吸血鬼の男を見た感想はこれだ。

 これはロナードにも当てはまるが、なんというか、『恋に憧れるの女生徒の理想形』そのもので、存在感がないのだ。
 どうせこの男も仮面の下はさぞやイケメンで、貴族的な動作で優雅に話しかけてくるのだろう。
 うん、マジ無理。

 まあ、あたしがそういうの嫌いなだけで、一般的に考えたらむしろ好印象であり、うちの女性徒からは黄色い声援が飛びそうだが。

(まあでも、一番不気味なのは今の状況だけど)

 吸血鬼はゾンビと同じで神聖魔法に弱く、聖なる光を受けたら問答無用で消滅する存在だ。
 実際に、この男が出した眷属の蝙蝠は一撃で消し飛ばしたし、ご丁寧に服ごと修復されているが、この男の体をなんども消滅させている。

 つまり、この男にとってあたしは天敵のはずなのだが……

「最近、いろいろと鬱憤が溜まっていましてねぇ。本当に申し訳ないのですが、八つ当たりということで、私との戦いに付き合ってください」

 この男はまったく動じず、その態度を崩していない。
 やはり不気味だ。

「ああ、それと、本当の喋り方でいいですよ、賢聖姫様」
「えっ、マジ? あたしの本性知ってるってことは、あたしの顔見知りだったりするー?」
「いえいえ、同じように自分を偽っている方が間近にいたので、そう思っただけです」
「ちょっとー。それじゃあ、こっちの情報をタダで流しちゃったってこと? 不公平だからさ、そっちも何か教えてよ」
「そうですね……では、私は吸血鬼ですが、貴族ではないです。これでいかがですか?」

 上級魔族である吸血鬼は、強力な魔力を持つがゆえに、大体が貴族だ。
 だが、目の前の男は貴族ではない、確かにこれは貴重な情報だろう。

 ……国の国民名簿の確認、未登録の場合は吸血鬼の一族からの情報集め、同時にこの男の目撃情報がないかなどの調査をし、『1年かければ、この男の正体にたどり着けるかもしれない』程度の。

「……よーく分かった。あんた、嫌なヤツっしょ?」
「お褒めに預かり光栄です」

 うわ、本当に貴族的な動作で優雅に頭を下げてきた。
 やっぱこいつ無理だ。

「とりま、その鬱憤っての聞いてあげよっかー?」
「これはお優しい! では、愚痴らせてもらいましょうか」

 今度は貴族的ではなく、仰々しく手を広げ、まるで演劇のように振る舞う。
 もはや無理を通り越して、ただひたすらにキモイ。

「それで、次はどんな手品を見せてくれんの? あたしの知る限りだけど、眷属の展開、古代魔術、吸血鬼の固有魔法と、できそうなことは全部やってきたと思うけど」
「ご期待に沿えずに申し訳ありませんが、完全にネタ切れですね。吸血鬼は上級魔族と言われていますが、大きく分けたら、身体能力と固有魔法も含めた多様な魔法、そして眷属の召喚と……」

 そう言いながら、右手を出す。
 さっきあたしが消し飛ばしたはずの右手を。

「あとはこの、再生能力だけですから」

 その言葉を聞いた瞬間、あたしは全力で魔力を展開する。

「……うん、ごめん。ちょっと、本気で消えてもらうわ」

 ……この男は危険。
 あたしの中から警報が鳴る。
 今まではあたしの神聖魔法による消滅すらを免れる程の、『強い吸血鬼』ぐらいにしか思っていなかったが、ここまであらゆる手を潰され、明らかに劣勢なのに笑っているとなると話は変わってくる。

(……こいつ、自分が負けるとか微塵も思ってない)

 もちろん、ただ強がっているだけかもしれないし、なんなら自己犠牲の時間稼ぎなどの可能性もある。
 だが、この男には『何か』ある。

「……サンクチュアリ!」

 あたしを中心に、地面に神聖なる法陣が展開され、吸血鬼の男を捕らえる。

「ほう、神聖結界魔法ですか」

 神聖結界魔法、サンクチュアリ。
 結界内の神聖魔法の効果を上げるだけでなく、不浄なるものを封じる。
 これで、この吸血鬼の男は動けないはず。

「遥か昔にも、この結界をくらいましたよ。ふふっ、実戦の感を取り戻すのに丁度いい」

 ……だが、それでもこの男は動いている。
 まるで、結界など存在していないかのように。

「……この世界を照らす慈愛の光よ、不浄なるものに安らぎを! ディヴァイン・エクソシズム!」

 あたしを中心に巨大な光球が現れ、凄まじい光が放たれる。

「……」

 言葉を発する暇もなく、光に飲み込まれていく吸血鬼。
 そして、光が収まったとき、その姿は完全に消滅していた。

「……ふぅ。ちょっと焦ったかなー」

 戦いでここまで緊張したのは、鍛練でロナードと戦ったとき以来だ。
 まあ逆に考えると、人を超えた力を持つ魔族ぐらいの威圧感を放つロナードがおかしいだけなのだが。

「とりま、感知魔法で他の連中を……え、トールがやられてる!?」

 命に別状はないようだが、反応が小さく動きがない。
 今のトールに勝つなんてロナードでも大変だろうに、やられるとは。

「……やっぱ、マオちゃんの仲間はとんでもないわ。あー、メンドそー」
「ええ、あのお方の仲間は、面倒なのしかいませんよ」
「……っ!」

 振り返ると、さっきとまったく同じ場所にあの男がいた。
 神聖呪文を、埃をかぶった程度にしか感じていないのか、服を手で払いながら。

「驚きましたよ。ここまで強力な神聖魔法が使えるとは。再生に、1分もかかってしまいました」
「……あんた、マジでなんなの? 魔王組で一番強いのって、主のマオちゃんだと思ってたんですけど」

 マオちゃんの力は、体を隅々まで触ったついでに、図っておいた。
 あたしの知らない魔王の力は、想像でしか計算に入れられないが、それでもあたしがここまで追い込まれるような相手ではないと思っている。

「どうでしょうねぇ。力の底がまったく読めない参謀は置いといて、手の内を知るマオ様には……いや、あの方は何をしでかすか分からないから勝てる気がしませんね。あの狼も、暗殺者能力を活かせる武器を持たれたら手がつけられませんし……」

 そして、本当に悩みながら……

「ご想像にお任せします♪」

 ――とてもいい笑顔で、言い放った。

「……マジ、ふざけんな!」

 すぐさま神聖魔法を放つ。
 放たれた魔法は吸血鬼に命中し、そのたびに体が消滅するが、また再生してしまう。

「……っ~! ほんと、マジウザい!」
「おやおや、嫌われてしまいましたね」

 残念そうに語る吸血鬼。
 安心していい。
 あんたのことは、最初からずっと嫌いだ。

「それより、そろそろ本気になっていただけませんか?」
「……は? あたしはずっとマジで戦ってますけど?」
「ならばなぜ、『本気を出せば勝てる』という目をしているのですか?」

 そう言いながら、まるですべてを見透かしたかのような目であたしを見てくる。

「……なんのことか、マジ分かんない」
「自覚がないなら注意した方がいいですよ。貴女の放つ覇気は、あらゆる魔法が使える者ではなく、『強者』そのものです。それも、自分は最強なんですよ、という系統のね」
「……」
「そんな人間が本気が出せない、いや、出したくない理由の大半は、体への負担が大きい、力を使いこなせないなどですが……」

 おそらく仮面の下はしたり顔なのだろう。
 あたしにとって、非常にイラつく話をしてくる。

「自分を偽ってまで、聖女の印象を壊させないように振る舞う貴女のことです。理由は貴女個人のものではなく、おそらく他人のためでしょう。それも、本当に大事に思っている人のため」
「……うっさい」
「思い当たるのは、貴女の肉親。親とは疎遠と調べがついているので、その相手はおそらく、弟の聖闘士トール。つまり、貴女が本気を出すと、弟のトールが深く傷つく。それこそ、彼が立ち直れなくなるぐらいに」
「……それ以上言うな」
「私が知っている情報では、聖闘士トールは、強さと、聖闘士であることに拘っている。ということは、そのどちらかに関わっているのでしょう。ですが、単純な実力差なら、姉の方が強いというだけで、立ち直れなくなるという程ではない。ということは、関わっているのは聖闘士について」
「黙れ……」
「知られると、トールは深く傷つく。その内容は、聖闘士に関わっている……ということは……」

 黙れ……黙れ……。

「……もしかして、貴女の方が『聖闘士』の力を受け継いでいるんじゃないですか?」
「……黙れぇぇ~!」

 自分の中で感情が爆発し、男に向かって走り、渾身の拳を叩き込む。

「……ぐっ! こ、この拳は……!?」

 神聖魔法を受けてもなんの反応を示さなかったのに、あたしの拳を……本気の一撃を受けて怯む。

「聖闘士はトールだから! あたしは……あたしは違う!」

 声を、いや、自分の感情を吐き出しながら、ひたすらに拳を打ち続ける。
 大嫌いな本気の拳を。

「聖闘士しか使えたない、闘気の拳を打ってきておいてよく言いますね。いえ、これは魔法も込められていますから、闘気を超えた闘気……魔闘気とでも呼ぶべきですか?」

「黙れぇ!」
「……ぐぅぅ!」

 圧縮した神聖魔法と闘気を込めたあたしの拳が突き刺さり、今まで何を受けてもなんの反応を示さなかった男が、声をあげる。

「なんで……」

 男はあたしの攻撃に反応できておらず、攻撃を受けながらも距離を置こうとするが、その行動を読んでいたあたしの攻撃を受け続ける。

「なんで……!」

 こいつがさっき言っていたのはほとんど当たっている。
 ひとつ違うのは、本気を出せばどうとでもなるではなく、『本気を出して勝ちたくない』ということだ。

「なんで、賢聖姫の神聖呪文じゃなくて、あたしの拳が効いてんのよ!」

 あたしは昔、トールと喧嘩をした。
 喧嘩の理由は、あたしがトールに嫉妬した、それだけだ。
 勇者には精霊呪文、聖闘士には闘気のような技があるのに、賢聖姫にはない……あたしはそのことがずっと悔しくて、トールが使えるようになった闘気剣見せてきたときにその気持ちが爆発したのだ。

 そして、あたしはあの子に手を出したのだ。
 魔力と……聖闘士しか使えないはずの闘気をまとった拳を。

 放たれた拳は、トールの闘気剣をも突き破り、そのままトールに叩き込まれた。
 トールは大怪我をし、ショックからなのか、そのときのことを忘れていた。
 ……だけど、あたしは覚えている。
 闘気剣を簡単に破られて驚く顔を。
 気絶する前のあの子を……
『姉ちゃん……僕は聖闘士じゃなかったの……?』
 ……自分の全てを否定されたかのような、涙を流すトールの顔を。

「うああぁぁあああ~~!」

 そしてあたしは、自分が考える最大の拳の放ち方で、すべての魔力を……闘気を込めて、とどめの一撃を放った。

 響く轟音、発される衝撃、その威力は明らかに、現在最強の魔法とされている、最上級の爆裂魔法を超えているだろう。

「……まさか、これほどとはね」

 ――だが、男はその一撃を、紅い障壁で防いでいた。

「なっ……くぅ……⁉」
「セヴェランス・ウォール……私の奥の手で、眷属とともに作る魔法障壁なのですが、まさか50の障壁のうち、48の障壁が破れるとは思いませんでした」

 周りを見ると、吸血鬼の男の眷属と思われる者が辺りを囲んでいた。
 男と同じ顔の吸血鬼、女性、狼、魔物、とにかく多数だ。

「な、なんなの、こいつら?」
「私の眷属……というより、魔力によって作り上げた私そのものです。蝙蝠より、この姿で構築した方が、魔力を扱う媒体としては優秀なんですよ」

「くっ!」

 次の一撃を放とうとするが、やはり、障壁にめり込んだ手が動かない。

「私の八つ当たりに付き合ってくれたお礼に、いいことを教えてあげましょう。貴女は聖闘士ではありません。賢聖姫です」
「え……」
「たしかに闘気を操れるようですが、貴女の技は、貴女の先祖が使っていた魔力と拳を合わせた聖拳そのもの。闘気により威力向上は、おまけ程度と思った方がいい」
「聖拳……?」
「ああ、そういえばベストラは、子供には自分は優しい聖女と思われたいと言ってましたね。聖拳のことは伝えていませんでしたか。格闘なら夫のヨトゥンより強いのに……ふふっ。殺しあった仲ですが、彼らのそういうところは好きでしたよ」

 かつて勇者とともに戦った、ご先祖様の名前をあげながら、懐かしそうに男は笑う。

「もう一度言いましょう。どちらとも出会い、殺しあった私が保証します。貴女は聖闘士ではない、ただの賢聖姫です」

 真剣な目で、男はあたしにそう告げる。

 ……信じられるわけがない。
 ご先祖様はもう、300年以上前に死んでいるのだ。
 だから、この男の話はすべて嘘のはずだ。
 だけど……!

「何かにずっと悩んでいるようでしたから、怒らせてでも聞きだそうとしてみましたが、こんなことだったとは。もっと早く聞きだせばよかったですね」
「それってどういう……くっ!」

 その瞬間、手に呪印が浮かび上がる。

「かっ、あっ……!」

 しかも、体の様子が明らかにおかしい。
 力が入らないだけではなく、苦しさ、痺れ、火照り、挙げていったらきりがない症状があたしを襲う。

「もうお気づきでしょうが、その障壁は一枚破られるごとに、破った相手に呪印を埋め込みます。つまり貴女は今、48の呪いがかけられている」

「くっ……!」

 すぐに解呪をかけるが、その瞬間に、首筋に痛みが走る。

「こう……もり……はぐぅぅぅう!」
「また呪印が追加されましたね。それは……神経過敏の呪印ですか。拷問によく使われるもので、慣れてないときついですよ」

 頭が痛い、息苦しい、体が熱い、風が当たるだけで体が過敏に反応する、人が体験するあらゆる不調の症状があたしを襲い、解呪の魔法に集中できない。

「あんた、さいってい……!」
「ははっ、前にも言われましたよ。吸血鬼の人間を遥かに超えた身体能力と魔力があるのに、真っ向から戦わずに、相手を陥れる狡い男とも言われました」

 そう言いながら、男は苦笑する。

「ですが、私はこう考えます。最強とは、敵を絶対に仕留められること。ですが、身体能力が高くても、打撃斬撃が効かない相手は倒せない。巨大な魔力があろうと、魔法が効かない相手は仕留めることができない。ならばどうすればいいか? 相手を絶対に仕留められる状態にすればいいんですよ」

 総力説しながら、男は続ける。
 言っていることは間違っていないが、この男が言っていることには大きな間違いがある。

「強い力を持つものは、その力を封じればいい。高速で動く相手ならば、動けないようにすればいいですよね。でも、それをやるのは難しい。なぜならば、戦ってみないと相手がどんな動きをするか分からないから。戦いが始まってこちらが戦い方を考えたら一手も二手も送れる、ならばどうすればいいか?」

 あたしの考えていた間違いをそのまま言ってくる男。
 そう、相手に合わせて動くといえば聞こえはいいが、それは短期決戦タイプや、強力な力や魔法で押し切られる場合がとても多い。
 だから、あたしのその問いの答えは、そんな戦い方をするものは愚か者だ、だろう。

 ……こいつに、大量の呪印を埋め込まれるまでは。

「答えは簡単ですよ。すべて同時に打ち込めば、効かないというあらゆる可能性を潰せるのだから」

 可能性を潰す……それをされたのが、今のあたしだ。
 あたしは接近戦なら、この男を凌駕している。
 だから、あたしの拳を真っ先に封じ、同時に動きを、魔法を、あらゆるものを封じてきたのだ。

「そして、あとは絶対に相手を仕留めらえる攻撃をするだけ。貫通力を重視した魔力の回転衝槍、あらゆるものを切り裂く爪、血を手甲にした格闘……この世界に存在するあらゆる属性の攻撃を同時に放てば、どれかの攻撃で相手を確実に仕留められるでしょう」

 その言葉に応えるように、すべての眷属がそれぞれの武器を、魔法を、爪を、あらゆる攻撃手段の準備をしてくる

「……この、ばけもの!」
「昔、私と戦った人類最強の女性もそう言ってました。まあ、その女性は、理解不能な動きと力で、すべて受け止めましたけどね」

 やれやれとばかりに笑う男。
 そして指をパチンと鳴らしながら……

「……それでは、我が眷属とのダンスをお楽しみください」

 一斉に眷属たちを放ってきた。

(本当、こいつのそういう勘違い貴族っぽい動き、まじウザい……)

 心の中で悪態をつき、迫りくる魔力の回転衝槍を放つ女性、襲いくる巨大な魔物、巨大な剣を持つ騎士……『50人のあの男』の姿を見ながら、私は意識を手放した。
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