24 / 73
第2章 邂逅
第20話 魔王が与えたもの?
しおりを挟む「なんだと、兄が鄧禹に殺された!」
李宝には弟がいた。史書に名前が残っていない以上、それほどの男ではなかったかもしれないが、弟として兄を殺されて憤怒するのは当然であろう。
彼は鄧禹との対面に臨場せず、兄の部隊を預かって待機していた。そこにこの凶報である。弟は呆然とした直後、決然として鄧禹への復讐を誓うと、部隊の兵へその意思を説き、彼らを味方につけることに成功した。もともと弟自身がこの部隊の副将であったし、兵も李宝の子飼いである以上、これは難しいことではなかった。
だが復讐自体は困難を極める。鄧禹の本陣は当然のことながら兵は多く、また今そこには劉嘉がいて、彼の兵も近くに駐屯していた。
李宝同様、弟にとっても劉嘉は主君だが、彼が兄の謀殺を受け容れたのであれば、鄧禹共々討つのにためらいはない。しかし鄧禹兵だけでも困難であるのに、劉嘉兵まで斬り破って彼らを討ち取るのは不可能である。
「よし、ならばせめて一矢を報いてくれる」
弟は歯噛みしながら周囲を見回す。と、一つの部隊が少し離れたところに駐屯しているのを見つけた。
鄧禹配下の赤眉将軍・耿訢の部隊である。
弟にとって相手は誰でもよかった。自分の部隊でも充分に戦果が見込め、鄧禹に一泡吹かせるに適当な規模の部隊であれば誰でも構わなかったのだ。
「あの部隊に夜襲をかけるぞ。準備せよ」
弟は自軍の兵にひそかに伝えると、他の部隊にばれないよう夜襲の準備を始めた。
その夜、鄧禹は接収した一家屋で眠っていた。
李宝を斬った件について、劉嘉や来歙への説明はさほど困難ではなかった。理と、皇帝である劉秀の意とをからめての弁は、彼らを納得させた。何の相談もなくいきなりのことだったため、いささかのしこりは残っているかもしれないが、さほど深刻なものでないのは鄧禹にも見て取れる。またこれは鄧禹も知らぬことだったが、彼ら二人もすでに李宝に小さな疑念を持っていたことも事を荒立てない一因だったのだろう。
宴は礼儀を損なわないなごやかさで終始し、劉嘉の降伏は成り、彼は準備の後洛陽へ向かい、劉秀に直接拝謁することも決まった。
また劉嘉はこの日もこれまで通り雲陽城内で寝み、鄧禹が城外で寝ることともなった。これは皇族である劉嘉に対する礼もあるが、鄧禹が自軍からあまり離れたくないという事情もある。
事ここに至ってまずありえないが、万が一劉嘉が襲ってきたとき、即応する必要があるためだ。
このあたり乱世で生きる鄧禹に甘さはなく、劉嘉もその意図を薄く感じ取っていたが、なにも言わなかった。
それゆえ一応は様々に懸念の片付いた鄧禹は、久しぶりに深く安眠できていたのだが、その眠りを破る凶報が飛び込んできた。
「赤眉将軍(耿訢)の陣が襲われております!」
どれほど深く眠っていても即座に覚醒できるのは、乱世の将軍にとって必要な資質の一つである。鄧禹もそれを持ち合わせていたが、状況に対しての混乱は他の兵と変わらなかった。
「誰の襲撃か! どこからだ!」
「わかりませぬ。現在調べている最中ですが、とにかくまずはご報告をと思いましたもので」
報せに来た兵の言うことはもっともなので鄧禹もそれ以上は怒気を飲み込み、急ぎ牀(寝台)から起き上がると、従卒に手伝わせて着替えと武装を急ぐ。
だがこのときすでに耿訢は討ち取られ、襲ってきた兵は逃走に入っており、鄧禹が兵をひきいて駆けつけたときは、完全に逃げ去った後だった。
襲撃してきたのは当然李宝の弟の部隊で、彼らは完全に油断していた耿訢の陣へ飛び込むと、脇目も振らず大将の陣へ突入し、彼を撃殺してしまったのである。もともと鄧禹に一泡吹かせることが目的だっただけに、それ以上は求めず逃げ去ってしまったことが成功の要因だった。
鄧禹は李宝に弟がいて、彼と一緒に劉嘉に臣従していたことを知っていたのだろうか。
知っていたとすれば兄を殺した後、彼を放置していたことが解せない。
知らなかったとすれば、彼の存在を劉嘉たちは鄧禹に教えていなかったのだろうか。
あるいは劉嘉は、鄧禹が弟のことをすでに知っていて、そちらへの対処も独自におこなうであろうと考え、何も言わなかったのかもしれない。
いずれにせよ、鄧禹はこれで遠征当初からひきいてきた将軍をまた一人失った。
李宝をいきなり処刑するという果断を選んだにしては事後処理に難がありすぎ、その報いを受ける形となってしまったが、これもまた鄧禹の失調がさらに浮き彫りになる結果と言えた。
李宝の弟たちのその後はわからない。どこかの勢力に吸収されたか、野盗となったか、それとも窮死したか。
劉嘉としてもこれは部下の不始末ということになるが、原因が鄧禹の拙速のせいでもあり、互いに非難も抗議もできない気まずさを残したまま、彼は劉秀に会うため、洛陽へ向けて出立することとなった。
劉嘉から兵を借りるという話は、ついに切り出すことができなかった。
李宝には弟がいた。史書に名前が残っていない以上、それほどの男ではなかったかもしれないが、弟として兄を殺されて憤怒するのは当然であろう。
彼は鄧禹との対面に臨場せず、兄の部隊を預かって待機していた。そこにこの凶報である。弟は呆然とした直後、決然として鄧禹への復讐を誓うと、部隊の兵へその意思を説き、彼らを味方につけることに成功した。もともと弟自身がこの部隊の副将であったし、兵も李宝の子飼いである以上、これは難しいことではなかった。
だが復讐自体は困難を極める。鄧禹の本陣は当然のことながら兵は多く、また今そこには劉嘉がいて、彼の兵も近くに駐屯していた。
李宝同様、弟にとっても劉嘉は主君だが、彼が兄の謀殺を受け容れたのであれば、鄧禹共々討つのにためらいはない。しかし鄧禹兵だけでも困難であるのに、劉嘉兵まで斬り破って彼らを討ち取るのは不可能である。
「よし、ならばせめて一矢を報いてくれる」
弟は歯噛みしながら周囲を見回す。と、一つの部隊が少し離れたところに駐屯しているのを見つけた。
鄧禹配下の赤眉将軍・耿訢の部隊である。
弟にとって相手は誰でもよかった。自分の部隊でも充分に戦果が見込め、鄧禹に一泡吹かせるに適当な規模の部隊であれば誰でも構わなかったのだ。
「あの部隊に夜襲をかけるぞ。準備せよ」
弟は自軍の兵にひそかに伝えると、他の部隊にばれないよう夜襲の準備を始めた。
その夜、鄧禹は接収した一家屋で眠っていた。
李宝を斬った件について、劉嘉や来歙への説明はさほど困難ではなかった。理と、皇帝である劉秀の意とをからめての弁は、彼らを納得させた。何の相談もなくいきなりのことだったため、いささかのしこりは残っているかもしれないが、さほど深刻なものでないのは鄧禹にも見て取れる。またこれは鄧禹も知らぬことだったが、彼ら二人もすでに李宝に小さな疑念を持っていたことも事を荒立てない一因だったのだろう。
宴は礼儀を損なわないなごやかさで終始し、劉嘉の降伏は成り、彼は準備の後洛陽へ向かい、劉秀に直接拝謁することも決まった。
また劉嘉はこの日もこれまで通り雲陽城内で寝み、鄧禹が城外で寝ることともなった。これは皇族である劉嘉に対する礼もあるが、鄧禹が自軍からあまり離れたくないという事情もある。
事ここに至ってまずありえないが、万が一劉嘉が襲ってきたとき、即応する必要があるためだ。
このあたり乱世で生きる鄧禹に甘さはなく、劉嘉もその意図を薄く感じ取っていたが、なにも言わなかった。
それゆえ一応は様々に懸念の片付いた鄧禹は、久しぶりに深く安眠できていたのだが、その眠りを破る凶報が飛び込んできた。
「赤眉将軍(耿訢)の陣が襲われております!」
どれほど深く眠っていても即座に覚醒できるのは、乱世の将軍にとって必要な資質の一つである。鄧禹もそれを持ち合わせていたが、状況に対しての混乱は他の兵と変わらなかった。
「誰の襲撃か! どこからだ!」
「わかりませぬ。現在調べている最中ですが、とにかくまずはご報告をと思いましたもので」
報せに来た兵の言うことはもっともなので鄧禹もそれ以上は怒気を飲み込み、急ぎ牀(寝台)から起き上がると、従卒に手伝わせて着替えと武装を急ぐ。
だがこのときすでに耿訢は討ち取られ、襲ってきた兵は逃走に入っており、鄧禹が兵をひきいて駆けつけたときは、完全に逃げ去った後だった。
襲撃してきたのは当然李宝の弟の部隊で、彼らは完全に油断していた耿訢の陣へ飛び込むと、脇目も振らず大将の陣へ突入し、彼を撃殺してしまったのである。もともと鄧禹に一泡吹かせることが目的だっただけに、それ以上は求めず逃げ去ってしまったことが成功の要因だった。
鄧禹は李宝に弟がいて、彼と一緒に劉嘉に臣従していたことを知っていたのだろうか。
知っていたとすれば兄を殺した後、彼を放置していたことが解せない。
知らなかったとすれば、彼の存在を劉嘉たちは鄧禹に教えていなかったのだろうか。
あるいは劉嘉は、鄧禹が弟のことをすでに知っていて、そちらへの対処も独自におこなうであろうと考え、何も言わなかったのかもしれない。
いずれにせよ、鄧禹はこれで遠征当初からひきいてきた将軍をまた一人失った。
李宝をいきなり処刑するという果断を選んだにしては事後処理に難がありすぎ、その報いを受ける形となってしまったが、これもまた鄧禹の失調がさらに浮き彫りになる結果と言えた。
李宝の弟たちのその後はわからない。どこかの勢力に吸収されたか、野盗となったか、それとも窮死したか。
劉嘉としてもこれは部下の不始末ということになるが、原因が鄧禹の拙速のせいでもあり、互いに非難も抗議もできない気まずさを残したまま、彼は劉秀に会うため、洛陽へ向けて出立することとなった。
劉嘉から兵を借りるという話は、ついに切り出すことができなかった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

史上最強魔導士の弟子になった私は、魔導の道を極めます
白い彗星
ファンタジー
魔力の溢れる世界。記憶を失った少女は最強魔導士に弟子入り!
いずれ師匠を超える魔導士になると豪語する少女は、魔導を極めるため魔導学園へと入学する。しかし、平穏な学園生活を望む彼女の気持ちとは裏腹に様々な事件に巻き込まれて…!?
初めて出会う種族、友達、そして転生者。
思わぬ出会いの数々が、彼女を高みへと導いていく。
その中で明かされていく、少女の謎とは……そして、彼女は師匠をも超える魔導士に、なれるのか!?
最強の魔導士を目指す少女の、青春学園ファンタジーここに開幕!
毎日更新中です。
小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも連載しています!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる