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第2章 邂逅

第12話 会合

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 魔法学校の敷地に面した大きな館。

 ヴラムの別邸で、学校の業務で本邸に帰れないときにしか使われないのだが、今日は違う。

 魔王を崇拝する組織『テスタメント』のメンバーが集まり、盛大なパーティーを開いていた。

「貴女が新しい魔王様ですか。まずはご挨拶をさせてくださいませ」

「貴様! 私の方が先に控えていたのだぞ! 順番を守れ!」

「そちらのお二人はお忙しいようなので、私が先に……」

 そんなパーティーの中で、なんだか玉座みたいなのに座っている私は……

「今はパーティーを楽しむ時間、後になさい」

「ですが、ご挨拶だけでも……」

「今はパーティーを楽しむ時間、後になさい」

 『今はパーティーを楽しむ時間、後になさい』BOTになっていた。

「皆様。レムリア様は、魔王の武具継承の儀式を前に、神経を研ぎ澄ましております。今はご遠慮ください」

「そういう事でしたら……」

「では魔王様、また後ほど」

 そう言いながら、たぶん貴族の人たちが去っていく。

「……人気者は辛いわね、魔王様」

「人見知りの私にとって、結構な地獄なのですけど……」

「いい機会じゃない。人見知り克服のために、挨拶ぐらいしてみたら?」

「一年以上ぼっちしてる、私の拗らせコミュ力を甘くみないでください。対面の一対一だったら、挨拶の段階で走り去る自信がありますよ」

「それはそれは。とても立派な自信だこと」

 今日もアオイさんの、ピリッと効いた悪役令嬢コメントは絶好調だ。

(それにしても、料理が美味しくない……)

 せっかくなので、さっきからパーティーの料理を食べているのだが、美味しくない。

 一言で言うと、塩味が足りない。

 この世界は塩がそこそこ貴重品なので、味付けはこんなものなのだが、心も体も、一応JKを名乗れる私には物足りない。

 うちの屋敷は、アオイさんがうちの領地で行っている、地球技術の塩田による採集方法? のおかげで塩に困っていないらしく、どれも私好みの味にしてくれているのだが、こういうときに出される料理は本当に美味しくない。

「手汗でも舐めてなさい」

 そんな私の顔を見て考えていることを察したのか、引き続きピリッと効いた悪役令嬢コメントをかましてくるアオイさん。

 むう、なんだったらアオイさんの指でも舐めてやろうか。

「まったく……少しは緊張感というものを持ちなさい。私たちは今、魔王至上主義であり、人間をゴミぐらいにしか思ってない奴らの中にいるのよ」

「分かってはいますし、緊張感を持とうとしているんですが……」

 会場にいる殆どがいわゆる魔族であり、中にはダークエルフや、獣人などもいるが、人間は私とアオイさんだけ。

 少しだけ共有されている、アオイさん……レムリア・ルーゼンシュタインの記憶のおかげで、魔族領でもないのに、こんなにも魔族が一堂に会しているのは異常だし、ここに居るメンバーが、私たちを差別的な目で見ているのも理解している。

 だが、心はオタクJKであり、魔族って別に姿が違うだけで同じ『人』でしょ? ぐらいにしか思えない私にとっては、好奇心の方が強い。

 なんだったら今すぐ、向こうで生卵に噛り付いているリザードマンさんと話してみたいし、なんだったら、あのやたらスタイルが良いダークエルフさんにサインとかもらいたいぐらいだが……くっ! コミュ力が足りない!

「まあ、貴女がどう思うかは自由だけど、スコールの事だけは忘れないでちょうだい」

「…………あ!」

「……今までお世話になりました、ご主人様。今日より別の主に仕えさせていただきます」

「み、見捨てないで! 一応覚えてましたから! ちょっと忘れかけてたけど!」

 アオイさんの手に縋りつきながら、懸命に引き留める。

(それにしても、スコールか……)

 闇と光が交わる時の中で……通称『ヤミヒカ』には、攻略対象キャラが四人いる。

 聖騎士のロナード、吸血鬼のヴラム、聖闘士のトール、そして最後が、狼の獣人であるスコールだ。

 最初はテスタメントの一員として、ヒロインであり勇者であるエミルと敵対しているのだが、後にエミル側に付く。

 ヴラムと同じでいわゆる『裏切り組』なのだが、スコールはちょっと立ち位置が複雑だ。

(……『魔王』に復讐するのが目的なんだよね)

 スコールは、先代魔王に仕えた『魔狼帝』フェンリルの子孫。

 先代の魔王が人間と戦うときに、いつも先陣を切らされていたせいで、最も被害が大きく、狼の獣人族は、ほぼ全滅していた。

 あれから何百年と経った今でも、狼の獣人は数が少ないらしい。

 そのため魔王を憎んでおり、『レムリアが完全に魔王になった瞬間に復讐する』というのが目的であり、魔王を完全に復活させるには、勇者であるエミルを覚醒させるのが手っ取り早いという理由で、テスタメントを抜ける。

 その後は中立……というより、トリックスター的な位置になり、テスタメントの目的や、魔王復活の現状などの情報をエミルに伝えたかと思ったら、先に見つけた魔王の武具の情報を両陣営に伝え、意図的にレムリアとエミルを争わせていた。

 後々裏切るとはいえ、今すぐ敵に回るわけではない……はずだったのだが、エミルが精霊魔法を使ったことにより、状況が変わった。

「勇者が精霊魔法を使ったことにより、スコールは勇者を覚醒させるという行動目的がなくなったわ。今は何をしでかすか分からない、ヤミヒカという世界の『イレギュラー』よ」

 ――この世で最も恐ろしいのは、何をしてくるか分からない相手。

 柔道金メダリストの父の言葉だが、私も正しいと思う。

 今の状況は、スコールの目的だけは分かっているし、最低限の情報は知っているとはいえ、どんな行動をしてくるか分からない。

(……でも、そんなに警戒心を持てないんだよね)

 ゲームのスコールは、自分の目的のためなら何でもするし、容赦ないタイプなので危険なのは間違いない。

 だが日頃は、気さくな近所の兄ちゃんという感じなので、そんなひどい事にはならないと思うのだけど……

「これはこれは、レムリア嬢。テスタメントの同志としては初めましてですな」

 そう言いながら、小太りの魔族のおじさんが話しかけてくる。

 うーむ、困った。

 この口ぶりから、たぶん私、『レムリア・ルーゼンシュタイン』と繋がりがある貴族なのだろうが、全く覚えていない。

「今はパーティーを楽しむ時間、後になさい」

 とりあえず、BOTに戻って事なきを得よう。

「そう言わずに。もう数年したら同じ公爵となるのですから、これを機に親睦を深めようではありませんか」

「え……」

 同じ公爵となるってことは、この人は現役の公爵ってこと!?

 いや、私が公爵になるというのは、アオイさんからレムリア両親さんの顛末と一緒に聞いたけど、私っていうか、姫川葵はそんな気これっぽっちも無いから困るんですが!

「ご両親はとても残念でしたね……聡明なレムリア嬢ならば立派な公爵となれるでしょうが、心配事も多いでしょう。是非とも、私も力にならせていただきたい」

「……そ、そう」

 とりあえず、適当に流しといた方が良さそうと判断し、相槌だけ打っておく。

 これで終わるかと思ったが、公爵さんはニヤリとしながら指をパチンと鳴らす。

 すると後ろから、やたらイケメンの魔族の人が出てくる。

「ご機嫌麗しゅう、レムリア・ルーゼンシュタイン様。いえ、私の花嫁様」

 ……はい? 花嫁様?

「おいおい、気が早いぞ。失礼、レムリア嬢。こちらは私の息子でしてな。レムリア嬢と婚約し、私たちが新たな家族となれば、お互いの為になると思いませんか?」

 あ~……力になるってそういう事か。

 一応、私は未来の公爵なので、私と息子さんが結婚すれば、二人分の公爵領を手に入れることができると。

 まあ、無視してまたBOTになっておこう。

「もう一度言うけど、今はパーティーを楽しむ時間、後になさ……」

「そんな寂しいこと言わないでください、レムリア様」

 そう言いながら、近づいてくる息子さん。

 ……昔、参加させられたパーティーでも、こういう人いたなー。

 まあ、私なんかに構うよりメリットが多い、一流企業の令嬢見つけたらすぐどっか行ったけど。

「……フィドリック様、お戯れが過ぎるかと。それにここは、テスタメントの会合であり、表の会話は……」

「私の名を知っているのは関心だが……たかが執事のくせに、さかしいぞ。人間風情は黙っていろ」

 間に入ってくれたアオイさんを、目の色を変えて睨みつける。

「おっと、美しく聡明であり、魔王様の力を持つレムリア様は例外ですよ♪」

 そう言いながらも、明らかに私を見下した目で見てくる。

(……これが、この世界の現実ってやつか)

 さっきアオイさんが言っていた、人間をゴミぐらいにしか思っていないというものを目の当たりして、なんだか寂しい気分になる。

 ヤミヒカの世界は、人間よりも魔族の方が圧倒的に強く、勇者と魔王の戦いの時代でも、勇者が現れるまでは人間は劣勢だった。

 だが、勇者に魔王が倒された後は、圧倒的な数の差もあって魔族が劣勢となり、ヴラムが和平を結ばなかったら滅びていたとされている。

 そして、二つの種族が共に暮らすようになったが、その力の差は変わらない。

 自分より劣る存在の者が、国を治め、自分に命令してくる……そう考える魔族が多いのだ。

(……ここにいる人たちは、魔王が蘇って今度こそ勇者を倒せば、この世界は自分たちのものとか考えてるんだろうなぁ)

 秘密結社っぽいといえばそうだが、そういうのは魔王に頼らず自分でやってほしいものだ。

「ふふっ、憂いた表情も素敵ですね……」

 憂いというよりは、呆れ顔だったのだが……まあ、人間を口説くなら、とりあえず褒めとけとか思っているんだろう。

「……」

 この調子で放っておくと、向こうで鬼の形相になっているアオイさんによる殴る蹴るの暴行事件……いや、銃撃ハチの巣山に埋められる殺傷事件になりかねないし、適当にあしらおうと思ったら……

「……へぇ。今回の会合は女口説くのもありだったのか。じゃあ、俺にも口説かせろよ」

「……え!?」

 いつのまにか、私の横に男の人が立っていた。

 完全に気配を感じられなかったこともそうだが、何よりもその姿に驚く。

 赤い髪に、狼の耳と尻尾、そして、腰に差した日本刀。

 間違いない……狼の獣人で、最後の攻略対象キャラ、スコールだ!

「お、お前……いつからそこに?」

 私と同じように、公爵さんも急に現れたスコールに驚いているが、無理もない。

 何せあのアオイさんも、表情を変えて驚いているのだから。

「なんだ貴様は? 下がっていろ下郎が」

 その中で、唯一驚くことすらしない息子さん。

 この状況に気づかないってことは、たぶんこの人、そんな強くないんだろうなぁ。

「この会場は、人間憎い、魔王様万歳以外の話しか聞こえてこなくて退屈でな。というわけで、お嬢さん。俺とあっちで酒……は、まだ早そうだから、ジュースでもどうだい?」

「は、はあ……」

 なんというか、ゲーム内そのまんまの性格すぎて、ちょっと困惑してしまう。

 私を守ってくれてるところもそうだし、本当に気さくな兄ちゃんそのものだ。

「わ、私を無視するとは……決闘だ!」

 そう言いながら、右手に炎の球を出してくる公爵の息子さん。

 いわゆるファイヤーボールだが、ここまで伝わってくる熱波から、かなり強力なのが分かる。

 弱いと思っていたが、この人魔法だけは、かなりの使い手なのかもしれない。

「……へえ」

 その火球を見て、公爵の息子と向き合うスコール。

「やめろ、フィドリック! そいつに関わるな!」

「何を言っているんです、父上。躾のなっていない犬は、調教しないと」

「そうだぜ、ワズルの旦那。自分で言うのもなんだが、俺は躾がなってない。いい機会だし、真の魔族様に、魔族の出来損ないの亜人……しかも、魔力が弱い獣人である俺を躾てもらうのも悪くねぇ」

「ほう、中々、分をわきまえている」

 スコールを見下しながら、火球をさらに強める。

「優しくしてくれよ? 俺ぁ臆病なんだ」

 ……さすがに、これは止めた方がいい。

 そう感じて、アポカリプスを発動させようとするが……

「ああ、それとひとつ忠告だ」

 その言葉のあと、キィィンという風切り音が会場に鳴り響く。

「……俺たち狼に威嚇はない。あるのは相手を仕留める牙だけだ」

 そして、スコールの声と同時に……

「ぐあぁぁあああ~!」

 ……悲鳴と共に、相手の右腕が紅く染まっていた。

「なーんてカッコつけてみたが、俺は狼獣人でも出来損ないでね。牙で仕留めるなんてできねえから、これ使ってるけどな」

 そう言いながら、玩具を与えられた子供のように、刀を掲げる。

(……居合の抜き打ち)

 起きた現象からの想像でしかないが、おそらくスコールがやったのはこれだろう。

 刀を使うことは知っていたが、ゲームでは、『獣人のスピードを最大限に活かした神速の剣』としか言われていなかったし、抜刀状態のスチルしかなかったから、まさかここまで完全な居合の使い手とは思わなかった。

 いや、私が基本はトールくん狙いで、他のキャラはバッドエンド後にちょっと見てみよう程度にしかプレイしていないかもしれないが。

「う、腕が……私の腕がぁぁ~!」

「おーおー、痛そうだねぇ」

 そう言いながら近づいていき、子供と話すときのように、倒れている相手に目線を合わせながら話しかける。

「真の魔族様をこれ以上苦しめるのは申し訳ないし……」

 そして、鋭い眼光を向けながら、

  「……狼の獣人らしく、牙で仕留めるか。今のあんたなら、俺の牙でも『時間をかければ』、殺れそうだ」

「ひぃ!?」

 事実上、時間をかけた拷問を宣言され、恐怖の叫びをあげる。

「やめろスコール!」

 だが、公爵と、その周りに集まってきた部下と思われる魔族たちが、スコールに魔法を向ける。

「息子がやられて父親が怒る……いや~素晴らしい親子愛だ。いつも俺たちに、汚れ仕事を依頼するアンタとは思えねぇぐらいお優しいねぇ」

「……もう一度言うぞ。フィドリックから離れろ狂犬」

「安心しろって。いくら俺でも、オマエら全員を相手にするなんてムチャなことは……いや、いけるか? いやいや、やっぱ無理かなぁ……でも、やれちゃいそうな気もするなぁ……」

 わざとらしく、頭を抱えて悩みだすスコール。

「……ま、ここは無理せず、俺も家族を頼るとしますか」

 スコールがパチンと指を鳴らすと同時に……

「ぐあぁあ!」

「は、離せ……ごあぁ!」

 会場に、新たなる悲鳴が鳴り響く。

「紹介しとこうか。そいつは俺の家族で、ハティってんだ。俺と違って、爪も牙も立派な獣人でな。アンタの依頼でも、大活躍だったんだぜ?」

 スコールとは違い、人の顔ではなく完全な狼の顔をした獣人……巨大な二足歩行の狼といったところだろうか。

 その獣人が、公爵の周りに居た部下を文字通り弾き飛ばし、残っていた者を巨大な手で捕獲し、握るような形で強く締め付ける。

「くっ、この化け物が……ひぃ!」

 ギィィンン! という、スコールがフォークを肉料理に強く突き刺した事で鳴った、皿の傷つく音に恐怖する公爵。

 公爵を睨むスコールの目は、仲間を化け物と呼ばれたからか、怒りの感情を宿していた。

「……おっと失礼。ちょいと行儀が悪かったかい?」

 いつもの調子に戻りつつ、そのまま肉に被り付くスコール。

「ま、俺からの忠告なんていらないだろうが、部下ってのは仲間、仲間ってのは家族だ。もう少し、息子に向ける優しさを向けてやった方がいいぜ」

 そして、近くの椅子にドカッと座り、足を組みながらニヤリと笑う。

「ちなみに、今日はハティだけじゃなくて、他の家族もお邪魔していてねぇ……」

「何……ひぃ!?」

 いつの間にか、公爵の周りに狼の獣人が集まっていた。

 スコールと同じように耳や尻尾以外は人間と変わらない人、顔だけが完全に狼で体は人など、様々な姿をしており、その全員が何かしらの武器を公爵に向けている。

「な、あ……」

「さーて、楽しい楽しい決闘を続けようか。ワズル・グラビス公爵様?」

「ま、待て! 悪かった! 金なら払う! いつも報酬の倍……いや、10倍払う!」

「オトシマエとしては悪くねぇ……と言いたいところだが、ウチにもメンツってもんがあってねぇ。こっちに牙向けてきたやつには、それ相応の礼をしねえといけねえんだわ」

 肉料理からフォークを抜き、そのまま公爵の目にフォークの先端を向ける。

「……というわけで、悪いけど死んでくれや」

「ひぃぃぃ! お、お前たち、私を助けろ! 私がいなくなったら、テスタメントの活動資金は……」

 公爵が周りに助けを求めるが、誰も動かない……いや、動けない。

 このままじゃ、公爵は確実に殺される。

 そう考えた私は、アポカリプスを使って、誰よりも早く動く。

(……まずは、公爵の周りの獣人さんたち!)

「なっ……ぐふっ!」

 突撃から突きで相手を黙らせる。

 相手が多くて、このままじゃ本命にたどり着けないと思った瞬間、複数の破裂音と共に、残りの獣人が倒れる。

 振り返る余裕はないが、アオイさんの魔導銃だろう。

 私が突撃するタイミングを理解してくれていて、完璧なタイミングで合わせてくれる……さすがアオイさん、惚れ直しちゃいます友達になってください。

「……え?」

 ……そして私は、本命の前に立つ。

 慎重に、かつ最速で組み手を完成させ……

「……ごめんなさい!」

「なっ……!」

 公爵さんを思いっきり投げる。

「……ごふっ!」

 公爵さんの悲鳴と共に、ズガァアァン! という轟音が鳴る。

 会場が揺れ、粉塵によって視界が遮られる。

「………」

 そして、粉塵が晴れた後、アポカリプスによってできたクレーターみたいな窪みの中から、クリとも動かない公爵さんが出てくる。

(……やばい。加減ミスった?)

 この人喋っていると面倒くさいし、上級魔族って言ってるぐらいだからロナード程じゃないにしても頑丈だろうという事で、結構本気で投げたのだが……

「あ……が……」

 よし、生きてる! 私、大勝利!

「……はい! 決闘はお終い! スコールさんでも公爵さんでもなく私の勝ち! というわけでお開き! さあ、今はパーティーを楽しむ時間だから、楽しみましょう!」

 そう言いながら、近くにフォークが無かったので、スコールのフォークを取り上げて、肉料理の皿に残っていた料理を一気に平らげる。

 うう……これ一気に食べるのキツイ……お肉硬いし、塩味も足りない……

「お、おい、お嬢ちゃん?」

「むぐむぐ……お代わり! そこの人! お肉の追加持ってきて! パーティーなんだからまだあるでしょ! あと、怪我した人たちを連れて行って手当して!」

「は、はい!」

 そして、ヤケクソ気味に手を前に出しつつスコールに指差し。

「……というわけで、あなたもパーティーに戻って! それと、助けてくれてありがとう!」

「…………」

 驚きの表情のまま固まっているスコールだったが……

「……ふふっ、ハハハっ、アハハハハハッ!」

 思いっきり爆笑し始める。

 えっ、なんか面白い事しました? 無理やり場を納めようとテンパりながらも頑張ったつもりなんですけど!

 アオイさん! 私、そこまで変な事してないですよね……え、何その、本当にこのお馬鹿さんはっていう呆れ顔?

 もしかして、本気でやらかしたりしてます!?

「あ~わりぃわりぃ。あんまりにも面白ぇから、ノリ悪くなっちまってたぜ」

 いい事言うね、スコール!

 そう、ノリでいこう! そして、私の失態? も、ノリで忘れちゃおう!

「余興は終りだ! ヴラムのオヤジが破産するぐらい、食いまくりな!」

 そう言いながら、手づかみで魚料理を食べ始める。

「……俺もお代わりだ! あと食い辛ぇから、このテーブルのフォークも補充しといてくれ!」

「は、はい! ただいま!」

「み、皆さまも引き続き、パーティーをお楽しみください!」


 止まっていた時間が動き出すかのように係の人たちが動き出し、会場全体の雰囲気も、徐々に戻っていく。

 それと対照的に、ダラダラと汗を流しながら止まっていく私。

(……ヤバい。緊急事態ということでほぼ無意識だったけど、勝手に奪って使わせてもらってたんだった)

「お? ようやく気付いてくれたかい? まぁ、さっきの状況で、わざわざ向こうのテーブルのフォークを取りに行ってたら締まらねえわなぁ」

 豪快に笑うスコールと、委縮する私。

「いい啖呵だったぜ、お嬢ちゃん。……いや、新たなる魔王様」

 そんな私を真っすぐ見つめながら話してくる。

「その、公爵さんを投げている最中に攻撃されたら危険だから、あなたの仲間も攻撃しちゃって、ごめんなさい」

「そんなくだらねぇ事気にする奴は、俺の家族にいねえよ。それに、随分と手加減してもらったみてぇだしな」

 そう言いながらスコールが手を上げると、それに応えるかのように手を上げる狼の獣人さんたち。

 その顔は、スコールと同じように気さくで、いい笑顔だった。

「……素敵な仲間ね」

「ああ、自慢の家族さ」

 優しそうな目で家族を見ながら、嬉しそうに笑うスコール。

(……)

 なんとなくその目を見てしまう。

 乙女ゲームあるあるの、魅了される、吸い寄せられる、とかではない。

 ただ、嘘偽りない純粋な目だなと思って。

「このまま正式に口説きたいところだが、あっちでコワーいオヤジが睨んでるから、今はやめとくか」

 騒ぎを聞いたのか、係の人が呼んだのか、向こうでヴラムが腕を組みながら笑顔でスコールを見ている。

 ……間違いない。あれはヴラムのマジギレモードだ。

「それじゃ、また後でな!」

 そう言いながら、観念しましたとばかりに手を上げつつ、ヴラムの方へと歩いていくスコール。

 なんとなくスコールを目で追う私を見て、アオイさんが話しかけてくる。

「……一目惚れでもしたのかしら?」

「そ、そういうんじゃないですよ! ただちょっと、ああいう一緒に何かをする仲間というか、ノリを見て、実家の柔道教室を思い出しちゃって」

 そういえば、今頃みんなはどうしているんだろうか。

 東京に引っ越してから一度も昔の道場に戻ってないから、ずっとみんなに会っていない。

「……」

 そんなことを考えていると、アオイさんがなんか煮え切らないような表情で私を見てくる。

 少し顔が紅くしながら一点を……私の手というか、フォークを見ている。

 え、このフォークなんか問題あります?

 これってスコールも使ってたやつだから……ん?

 スコールが使っていた?

「……あの、もしかして間接キスとか思ってます?」

「べ、別にそういうわけじゃないわ」

「アオイさんってそういうの気にするんですね。ちょっと意外というか、初心で可愛いというか……」

「は、はぁ!? 別に私は、そういうの気にしないわよ? もう立派な大人ですからね!」

 腕を組みながら顔を赤らめ、そっぽ向くアオイさん。

 なにその仕草、ちょっと可愛すぎるんですけど。

「ただちょっと……あ、衛生面! 衛生面とかあるじゃない!」

「それはそうですし、私だってさすがに知らない人とかは嫌ですが、スコールはそんな感じじゃないですから……あ、もちろんレムリアさんが嫌ならやめますよ?」

「体をどうするかはお互い様だし、別にいいわよ」

「そう言ってもらえると助かり……え? お互い様? もしかして、アオイさんもその体で何かしてます?」

「…………別に」

「なんですかその溜め! 気になる! 気ーにーなーる!」

 そんな私をガン無視するアオイさん。

 まぁ、アオイさんが無茶をする必要があるような場合は、たぶん私も同じ事するだろうし、傷付こうが、とんでもない体験させられていようが、別にいいけど。

 むしろ、お風呂に入る度に、「……どこまでなら見たり触ったりしても許される?」みたいな事になっている私の方が、まずい気がする。

「それにしても、少し意外ね。色々引っ込み思案の貴女の方が、こういうその、関節キスっていうの? こういうの気にしているかと思ってたわ。ちなみに、もちろん私も気にしないけど」

 何この可愛い生き物。

 この場で抱き締めそうになるのを懸命に抑えつつ、再認識したことを口にする。

「あ、やっぱり、その辺の個人的な記憶は共有されてないんですね」

 私はさっきの公爵は全く知らなかったけど、アオイさんは名前を知ってたから、アオイさんからすれば一応知人なのだろう。

「うちって昔、教室終わりに、みんなで夕食とか多かったんですよ。それで、自分の分が無くなったら、よく他の人のところに行って、その人が使っている箸やらフォークやらで食べさせてもらってたから、気にならないんです」

「……貴女が、スコールを気にする理由が分かった気がするわ」

 私の服の乱れを直しながら、真面目な目になるアオイさん。

「……でも、緊張感だけは持ってちょうだい。あの男の脅威は、さっきの戦いで分かったでしょう」

「……はい」

 スコールの容赦の無さ、その力の矛先がどこに向かっているか分からない恐怖、自分の考えが甘かったことを痛感した。

(でも……)

 私に仲間を……家族を褒められて、純粋な目をしながら微笑むあの姿から、どうしても完全なる敵という風に見る事ができなかった。
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