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高橋さんとの話を終え、カフェに寄った。
そこでおれが開いたのは凛さんからもらった美容成分事典と、化粧品検定テキストという本だ。
文字を書くのは嫌いだ。
でも、凛さんや志野にお返しできる自分になるためにも、苦手なことにも少しフタをしなきゃいけない。
そして問題はもうひとつ。
テキストの文章が難しくて、意味がわからないところがいくつもある。
皮脂腺の皮脂合成を抑制する……?
皮脂腺はたしか、毛穴のなかにあるニキビの元になるあぶらを作る巣みたいなもので。
合成っていうのは、なんだっけ……
抑制。まず読めない。なにこれ。
「米津くん」
「わ」
声をかけられて勢いよく顔を上げた。
誰かと思えば、高橋さんの同僚である町田さんだった。
「あ、町田さんだ」
「勉強中だったのか? 悪いねえ、急に声をかけて」
「大丈夫ですよ~。町田さんも休憩?」
「ああ、今日はもう上がりなんだ。へえ、仕事の勉強なんて若いのに本当に仕事熱心だなぁ」
町田さんはいつも笑顔の爽やかオジサンだ。
おれの提案した商品をいつも注文してくれる人で、そのたびに差し入れもよくもらう。
高橋さんも彼はセンスがいいと言っていた。
「ああ、そうだ。米津くん、このあと少し一緒にどうだい? いつも羽板さんにはとても世話になっていてね。その礼がしたいんだ」
「あー、そんなに長くはいれないけどいいですよ。今日はもう帰るだけだし」
「それはよかった。ちょっと待っていてくれ、差し入れを持ってくる」
「いっつもくれてますよね、毎回ありがとうございます~」
「いいんだよ。君のおかげもあって売り上げがいいんだ。これからもよろしく頼むよ」
「もちろんっ」
取引先の人たちには、あまり粗末なことはできない。
飲み会も宴会もそんなに興味がないけど、凛さんが絡むとそれも言いづらい。
しばらくして戻ってきた町田さんとともにカフェを出て、スマホでレストランを提案された。
写真で見る限り、まだ行ったことがないオシャレな外観だ。
「町田さん、フランス料理好きなんですかー?」
「ははは。あまり普段は行かないけど、君がいるのにファミレスなんてとても提案できないさ。それこそ、羽板くんに殺される」
「あは、凛さん怒ると怖いから」
「おっかないねえ、あの人は。こっちが近道なんだ」
細い路地には雑草が生い茂っていて、なんだか男娼していた頃を思いだす。
よく通ってたなぁ……こんな道。
「……あれ? 町田さん、その先行きどまり……、っ!」
次の瞬間、おれの体は壁に押さえつけられ、口をふさがれていた。
「ンン゙ッ!!」
タオルから香る異様なニオイに意識が揺れた。
爽やかな町田さんの顔から笑みが消え、不気味な目でおれを見下ろしている。
ダメ……だ。
頭が、ふわふわして____
夢を見た。
小さな子どもが泣いている夢。
『あそびたかった……ぼくもあそびたかったぁっ……どうして、だれもあそんでくれないの、? ぼくが、きたないから? よわいから……?』
子どもはずっと泣いている。
すると、背の高い男が現れて、子どもの頭をゆっくりなでた。
『っ……だれ?』
『幸せにする。俺が、お前だけは絶対に守り抜くよ……肇。命にかえても』
苦しい。かなしい。さみしい。
やっぱり、笑うんだね。
どんなおれでも、笑いかけてくれるんだね。
おれの大切な人は。
「っ!」
体がふるえた衝撃で目を覚ますと、見慣れない場所にいた。
おれはベッドの上にいて、どうやらここは薄暗い部屋のようだ。
「しの……?」
夢のなかでなでてくれたあの手が今ここにはない。
気味の悪さを感じて布団を剥いでみれば、おれの足首には足枷がつけられていた。
「っ……! 志野、志野に電話っ……」
カバンはどこ?
スマホはどこに行ったんだ。
おれはなんで、ここにいるの?
それになんでこんなに、体が熱いんだ。
たしか、町田さんに…………
「目が覚めたかな? 肇くん」
「__!」
ドアが開いて、町田さんが部屋に入ってくる。
不気味な笑みを浮かべるその手にはいくつもの卑猥な玩具があって、一瞬で背筋が凍るのを感じた。
そこでおれが開いたのは凛さんからもらった美容成分事典と、化粧品検定テキストという本だ。
文字を書くのは嫌いだ。
でも、凛さんや志野にお返しできる自分になるためにも、苦手なことにも少しフタをしなきゃいけない。
そして問題はもうひとつ。
テキストの文章が難しくて、意味がわからないところがいくつもある。
皮脂腺の皮脂合成を抑制する……?
皮脂腺はたしか、毛穴のなかにあるニキビの元になるあぶらを作る巣みたいなもので。
合成っていうのは、なんだっけ……
抑制。まず読めない。なにこれ。
「米津くん」
「わ」
声をかけられて勢いよく顔を上げた。
誰かと思えば、高橋さんの同僚である町田さんだった。
「あ、町田さんだ」
「勉強中だったのか? 悪いねえ、急に声をかけて」
「大丈夫ですよ~。町田さんも休憩?」
「ああ、今日はもう上がりなんだ。へえ、仕事の勉強なんて若いのに本当に仕事熱心だなぁ」
町田さんはいつも笑顔の爽やかオジサンだ。
おれの提案した商品をいつも注文してくれる人で、そのたびに差し入れもよくもらう。
高橋さんも彼はセンスがいいと言っていた。
「ああ、そうだ。米津くん、このあと少し一緒にどうだい? いつも羽板さんにはとても世話になっていてね。その礼がしたいんだ」
「あー、そんなに長くはいれないけどいいですよ。今日はもう帰るだけだし」
「それはよかった。ちょっと待っていてくれ、差し入れを持ってくる」
「いっつもくれてますよね、毎回ありがとうございます~」
「いいんだよ。君のおかげもあって売り上げがいいんだ。これからもよろしく頼むよ」
「もちろんっ」
取引先の人たちには、あまり粗末なことはできない。
飲み会も宴会もそんなに興味がないけど、凛さんが絡むとそれも言いづらい。
しばらくして戻ってきた町田さんとともにカフェを出て、スマホでレストランを提案された。
写真で見る限り、まだ行ったことがないオシャレな外観だ。
「町田さん、フランス料理好きなんですかー?」
「ははは。あまり普段は行かないけど、君がいるのにファミレスなんてとても提案できないさ。それこそ、羽板くんに殺される」
「あは、凛さん怒ると怖いから」
「おっかないねえ、あの人は。こっちが近道なんだ」
細い路地には雑草が生い茂っていて、なんだか男娼していた頃を思いだす。
よく通ってたなぁ……こんな道。
「……あれ? 町田さん、その先行きどまり……、っ!」
次の瞬間、おれの体は壁に押さえつけられ、口をふさがれていた。
「ンン゙ッ!!」
タオルから香る異様なニオイに意識が揺れた。
爽やかな町田さんの顔から笑みが消え、不気味な目でおれを見下ろしている。
ダメ……だ。
頭が、ふわふわして____
夢を見た。
小さな子どもが泣いている夢。
『あそびたかった……ぼくもあそびたかったぁっ……どうして、だれもあそんでくれないの、? ぼくが、きたないから? よわいから……?』
子どもはずっと泣いている。
すると、背の高い男が現れて、子どもの頭をゆっくりなでた。
『っ……だれ?』
『幸せにする。俺が、お前だけは絶対に守り抜くよ……肇。命にかえても』
苦しい。かなしい。さみしい。
やっぱり、笑うんだね。
どんなおれでも、笑いかけてくれるんだね。
おれの大切な人は。
「っ!」
体がふるえた衝撃で目を覚ますと、見慣れない場所にいた。
おれはベッドの上にいて、どうやらここは薄暗い部屋のようだ。
「しの……?」
夢のなかでなでてくれたあの手が今ここにはない。
気味の悪さを感じて布団を剥いでみれば、おれの足首には足枷がつけられていた。
「っ……! 志野、志野に電話っ……」
カバンはどこ?
スマホはどこに行ったんだ。
おれはなんで、ここにいるの?
それになんでこんなに、体が熱いんだ。
たしか、町田さんに…………
「目が覚めたかな? 肇くん」
「__!」
ドアが開いて、町田さんが部屋に入ってくる。
不気味な笑みを浮かべるその手にはいくつもの卑猥な玩具があって、一瞬で背筋が凍るのを感じた。
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