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どうしよう。
志野を怒らせる。
おれは大事な思い出を壊した。
絶対に志野はおれに怒るし、嫌いになるかもしれない。
でも謝らないと。
怖い。
電話をかけようとスマホに手を伸ばすけど、ひどく震えてうまく握れない。
ダメだ。
おれは最低なことをしてしまった。
電話をかけたら、怒って出ていけと言われる?
もうここにいれなくなったら、どうしよう。
なんとか直せないか割れたグラスをつかむのに、血がにじんで痛いだけでどこも型が合わない。
でもおれの痛みよりも、志野の方が痛い。
「あや、まらないと……」
ガクガクと震える手を押さえて、なんとか志野の名前を押す。
コール音が鳴るたびに怖くてもう泣きそうだった。
『__はい』
「っ」
優しい声が、逆に怖い。
でも悪いことをしたのはおれだ。
どんな罰を与えられても文句は言えない。
「……あ、し……」
『肇? おい、どうした』
「…………ごめん、なさい……」
『なにがあったんだ』
「志野の……し、た」
『なに?』
「……っ……志野、の、だいじなもの……壊した……ごめ、なさ……」
『大事なもの?』
「グラス……」
『グラス、って……凛さんからもらったあれのことか?』
「っ、ごめん! ころんじゃって……バラバラになってて、くっつけようとしたけど、できなく」
『おいバカ! さわるな!』
「ッ」
あきらかに形相の変わった志野に、体が硬直する。
怒らせてしまった。
一番怒らせたくなかった人を、おれは。
「ごめ……っ」
『グラスが割れたってことだよな。なら絶対さわるな。さわっちまったなら手に水を当てて軽く流せ。どこも怪我してないよな?』
「…………ぇ……指、だけ……」
『小棚に救急箱があっから、消毒して待ってろ。グラスにはさわらなくていい』
「……」
なんで、怒らないの。
わからない。
志野がわからない。
『すんげー深刻そうに言うから誘拐でもされたのかと思って焦ったわ……よかった、グラスが割れただけで』
「……なんで」
『泣きすぎだ、ばーか。べつに故意に暴れてぶっ壊したわけじゃねーのにそんなことで怒るかよ。凛さんだって笑うに決まってる』
「え……」
『1ミリも怒ってねえから、とりあえず消毒は絶対やれ。あと冷蔵庫のプリンも食っていいぞ』
「……」
『肇のことだから思い出を壊したとかでビビってんだろうけどよ……んなもんこれからいくらでも増える。だから気にするな。肇の体の方が100倍大事だ』
「っ……」
涙でもう前が見えなくなった。
嗚咽が止まらなくなり、かかっていたタオルを顔に押し当てる。
耐えられない。
人の優しさに、志野の温かさに、耐えられない。
言われたとおりに手の血を水で流して消毒した。
焼きプリンは表面がザラっとしていて、やわらかくておいしい。
志野はそれから30分後に帰ってきた。
帰ってくるなり救急箱を持ってきて、汚れが入らないようにとガーゼで手当てをしてくれた。
「指、きれいだな。つーかほんと泣きすぎだっつの。目真っ赤じゃねえか」
「……志野が、すごく大事にしてたから」
「大事にしてるっつーか、使い勝手がいいから使ってただけだ。凛さんはやたらと祝いものを贈ってくるし、1個1個舐めまわすくらい大事にする余裕ねーよ」
「おれ……1回、人の家で写真立て割っちゃって。激怒したその人に、一晩中暴力ふるわれた……」
「……」
「だから、ごめん……志野の思い出を壊したことよりも、自分のことばっかりで、怖かった」
「……肇、結構どんくせーよな」
「ごめん」
「俺はホッとしてる」
「え?」
「肇がこういうとき、変な笑顔でヘラヘラしなくなったことが嬉しいよ」
この数年で、おれは恐怖や悲しみを感じたときにうまく笑えなくなった。
どうがんばってみても苦しくて、笑顔より先に涙があふれてしまう。
ぜんぶ、志野と出会ってからだ。
「いままでろくに人の優しさ受けてきてないやつがあっけらかんとしてたら逆に心配だ。でもな、肇は気づいてなくても成長してんだよ。よけいに笑わなくなっただけでな」
「……怒られるかと、おもった。こわかった」
「そんな犬みたいな顔すんなよ。俺が肇を怒るのは死にたいだの別れたいだの言いだしたときだ」
優しく笑う顔が見えた。
壊れてしまいそうなほど、志野の優しさが胸に痛い。
志野を怒らせる。
おれは大事な思い出を壊した。
絶対に志野はおれに怒るし、嫌いになるかもしれない。
でも謝らないと。
怖い。
電話をかけようとスマホに手を伸ばすけど、ひどく震えてうまく握れない。
ダメだ。
おれは最低なことをしてしまった。
電話をかけたら、怒って出ていけと言われる?
もうここにいれなくなったら、どうしよう。
なんとか直せないか割れたグラスをつかむのに、血がにじんで痛いだけでどこも型が合わない。
でもおれの痛みよりも、志野の方が痛い。
「あや、まらないと……」
ガクガクと震える手を押さえて、なんとか志野の名前を押す。
コール音が鳴るたびに怖くてもう泣きそうだった。
『__はい』
「っ」
優しい声が、逆に怖い。
でも悪いことをしたのはおれだ。
どんな罰を与えられても文句は言えない。
「……あ、し……」
『肇? おい、どうした』
「…………ごめん、なさい……」
『なにがあったんだ』
「志野の……し、た」
『なに?』
「……っ……志野、の、だいじなもの……壊した……ごめ、なさ……」
『大事なもの?』
「グラス……」
『グラス、って……凛さんからもらったあれのことか?』
「っ、ごめん! ころんじゃって……バラバラになってて、くっつけようとしたけど、できなく」
『おいバカ! さわるな!』
「ッ」
あきらかに形相の変わった志野に、体が硬直する。
怒らせてしまった。
一番怒らせたくなかった人を、おれは。
「ごめ……っ」
『グラスが割れたってことだよな。なら絶対さわるな。さわっちまったなら手に水を当てて軽く流せ。どこも怪我してないよな?』
「…………ぇ……指、だけ……」
『小棚に救急箱があっから、消毒して待ってろ。グラスにはさわらなくていい』
「……」
なんで、怒らないの。
わからない。
志野がわからない。
『すんげー深刻そうに言うから誘拐でもされたのかと思って焦ったわ……よかった、グラスが割れただけで』
「……なんで」
『泣きすぎだ、ばーか。べつに故意に暴れてぶっ壊したわけじゃねーのにそんなことで怒るかよ。凛さんだって笑うに決まってる』
「え……」
『1ミリも怒ってねえから、とりあえず消毒は絶対やれ。あと冷蔵庫のプリンも食っていいぞ』
「……」
『肇のことだから思い出を壊したとかでビビってんだろうけどよ……んなもんこれからいくらでも増える。だから気にするな。肇の体の方が100倍大事だ』
「っ……」
涙でもう前が見えなくなった。
嗚咽が止まらなくなり、かかっていたタオルを顔に押し当てる。
耐えられない。
人の優しさに、志野の温かさに、耐えられない。
言われたとおりに手の血を水で流して消毒した。
焼きプリンは表面がザラっとしていて、やわらかくておいしい。
志野はそれから30分後に帰ってきた。
帰ってくるなり救急箱を持ってきて、汚れが入らないようにとガーゼで手当てをしてくれた。
「指、きれいだな。つーかほんと泣きすぎだっつの。目真っ赤じゃねえか」
「……志野が、すごく大事にしてたから」
「大事にしてるっつーか、使い勝手がいいから使ってただけだ。凛さんはやたらと祝いものを贈ってくるし、1個1個舐めまわすくらい大事にする余裕ねーよ」
「おれ……1回、人の家で写真立て割っちゃって。激怒したその人に、一晩中暴力ふるわれた……」
「……」
「だから、ごめん……志野の思い出を壊したことよりも、自分のことばっかりで、怖かった」
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「え?」
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優しく笑う顔が見えた。
壊れてしまいそうなほど、志野の優しさが胸に痛い。
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