薄明かりの下で君は笑う

ひいらぎ

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* side肇

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高熱を出してから数日後、おれは仕事に復帰した。
凛さんは寛容な人で、叱るでもなく体調を気にかけてくれた。


「はい、これ。キャラメルミルクティよ」

「ありがとうございます~」


従業員専用のカフェに案内され、飲みものまで奢ってもらった。
これはおれが志野と関係をもっているからというひいきじゃなく、凛さんならではのスタイルらしい。


「すごいわよ。得意先のよくお世話になってる永井社長、肇くんが担当になってからどんどんうちの商品を注文していってくれるの」

「そうなんですか?」

「ええ。肇くん、見た目も清潔だし笑顔も素敵でしょう?  その時点で期待の新人がきたってはしゃいでたみたいだけど、いまでは肇くんがくるのが楽しみだって」

「わぁぁ、おれ好かれちゃってる」

「うふふ。肇くんは素直でかわいいから好かれやすいのよ。でもダメよ?  ついてったりしたら鬼の志野が怒るから」

「はは、怒りそ~。おれが勝手に遊びに行くだけで怒るもん」

「そりゃそうよ、あなたはいま箱入り娘みたいなものなんだから。志野に心配かけすぎないのよ?」

「凛さん、お母さんみたい」

「いくらでもそう思いなさい。志野も私からすれば自分の子ども同然なんだから」


今年で54歳になる凛さんは、志野の親の葬式費用をすべて肩代わりした人だ。
志野にとって恩人であり、かけがえのない家族。

出世してすべて返そうとした志野に凛さんは、「これは借金じゃないから返す必要がない」といって受け取らなかったらしい。
それを聞いて初めて、そんな神様のような人が存在することを知った。


「凛さんは、志野のことが大好きなんだね」

「もうやめてよ~、子どもみたいって言っても志野はもう31よ?  私がなにかしてあげる歳でもないし、大好きなんて言ったら恥ずかしいわ」

「でもおれも28だよ?」

「肇くんはまだ5歳くらいに思ってるから♡仕事としても新人だしね」

「2歳上がった……おれ5歳……」

「あははっ、愛されてるのよ。たくさんツラい思いしてきただろうけど、その分周りに甘えていいんだからね」

「……はい。凛さんは、神様みたい」

「お母さんの次は神様~?  肇くんってば口がうまいんだからっ」

「ううん、事実だよ。凛さんが本当のお母さんだったら……とか、ちょっと」

「……」


もうおれには親がいない。
つらい時に抱きしめてくれる人もいなかった。
だから、凛さんの子どもが少し羨ましい。


「私ね、実はずっと子どもがほしかったの。さーちゃん……ああ、志野の本当のお母さんなんだけど、さーちゃんが生きていた頃からずっと言ってた。私も子どもが産んでみたいって」

「え……?  凛さん、子どもいないの?」

「実はそうなのよ。昔の病気で子どもが産めない体になっちゃってね、さーちゃんとは幼なじみだったから、ずっと泣きついてたなぁ」

「……」

「志野は無愛想で閉じたような子だったけど、さーちゃんが亡くなって、葬儀の間中はずっと泣きそうな顔をしてた。でもあいつが泣いたのは控え室で着替えを済ませたあとだけでね」

「どうして……」

「さーちゃんと約束してたのよ。自分がいなくなった時は、泣かずに堂々としていてねって。志野には立派な子になってほしい。それがさーちゃんの願いだったから」

「……」

「志野は約束をやぶるようなことをしたくないタチだからさ、さーちゃんが見えない控え室で泣いたんだと思う。だから私がすべて肩代わりしたのよ」


志野のことは知っているつもりだったのに、いま初めて志野を知った気がした。
ふいに涙がにじんできて、ミルクティーを無理やり流し込む。


「どこまでも優しいのよねえ、あいつは。世話を焼きたくなる子だったのにいまじゃあんなに稼ぐ男になっちゃって、感動したわー」


志野に、会いたい。
いま無性に、そう思った。
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