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「肇ちゃんは絶対いい奥さんになる気がする。毎日癒されてそうだな~、あいつ。羨ましっ」
「でも志野、お母さんみたいだよ。すぐ心配して電話してくるし友人家まで迎えにくるし、暇人」
お母さんみたいだよ、と言ったのに、違和感がある。
おれは知らないから。
本当の母親はきっとこんな感じなんだろう。
「ははっ、暇人て。まぁ……気持ちはわかる。目を離した隙に誘拐されそうだから」
「おれ志野以外について行かないのに」
「そうじゃなくて、力があんまし強くないだろ? 大の男に無理やり連れていかれたら絶対勝てない」
「じゃあ志野みたいなマッチョになるっ」
「ははは、なんでよ。志野は全然マッチョじゃないし肇ちゃんががんばるとこは他にあるっしょ」
「他?」
「そそ。そういうことは力がある志野にぜんぶ任せたらいいんだよ。肇ちゃんががんばることって言ったら、まずは自分の思いを隠さないってとこな?」
おれの頭上には疑問符だらけだ。
営業を始めてから、世の中には理解できない用語が多いのを知った。
取引先との会話を終えて凛さんに連絡するなり用語の意味を教えてもらうことがたくさんある。
「嫌って言っても離してくれない人かもしれない」
「うん。実際に拉致ろうとしてるやつならそりゃ聞かないね。でも、志野やオレには言えるじゃん? 我慢しなくていいし、助けてって叫んでいいんだよ。肇ちゃんが一番がんばってできるようにした方がいいのはそこな」
「志野はおれのためにたくさんやってくれるのに、おれはそれだけでいいの? ……全然役に立ってないよ」
「いいのいいの。むしろ、それができなきゃずっと肇ちゃんは前に進めないし、志野との距離も空いてしまうからさ。役に立つとかじゃなくて、支え合うもんだろ? 恋人って」
「…………そう……なん、だ」
支え合う、恋人。
__そうか。
おれは志野の召使いでも、売春婦でもない。
恋人だから、甘えてもいいのかも。
しんどいときは、しんどいって……
「あれ、肇ちゃん? え、泣いてる?」
「……ぐす」
「わぁ! なんか悪いっ! そ、そんなのいきなり言われてもあれだよなぁ!」
「おい、一輝」
「ギャアァァア!! ちがう! ちがうんだ、志野!」
「……は?」
シャワーを浴びていたらしい志野が若干引き気味で一輝さんを見下ろす。
ソファから立ち上がった一輝さんはその背もたれに隠れてしまった。
止まらない涙を拭って志野を見上げると、驚いたように目を見開く。
「わ、悪い。いじめたわけじゃ、ないんだけど……泣かせちゃった」
「……」
「志野……一輝さんは、悪くないよ」
「…………ふ、よかったな」
「え?」
「お前、俺以外の人間といるときは相変わらず笑顔満天って感じで、泣いたり怒ったりできないだろ。それができてんだから、また成長したな」
「っ……」
「そうやって心を開けるやつが1人でも多くいれば、肇もいままでより生きやすくなる。人脈はあんのに相談できる友人いなすぎなんだよ、お前は。そういうのは必要だぞ」
「志野、たまに結構辛辣なこと言うよな。おっかね」
「大事な人間だからに決まってんだろ。俺に頼るときは変なプライドなんて捨ててなんでも言え」
くしゃくしゃと頭をなでられ、また涙がにじむ。
志野が好きだ。
誰よりも一番大切な家族になりたい人。
「はは、ほんと肇ちゃんは健気だもんなぁ。顔も性格も志野の好みド真ん中じゃね」
「茶化しにきただけならはやく帰れ」
「はいはい、邪魔者は消えますよ~。あ、そうだ。肇ちゃんのこと知った社長が会いたいってずっと言ってんだけ」
「却下だ」
「でしょうね」
「……一輝、例の件頼んだぞ」
「あいよ」
例の件?
なにもわからないまま、一輝さんは帰っていった。
おみやげにもらったせんべいを手に取って志野の方を見ると、少し険しい表情をしている。
「クスリ?」
「ちげーよ。大したことじゃないから気にしなくていい」
「そっか。……あのさ、志野。課長の仕事って、おれより給料低いの?」
「いきなり変な質問してくるよな……」
「だって志野、あのオジサンに言ってた。おれの方が稼いでるって」
「嘘だよ、あれは」
「え」
「あのオッサン、肇が着てるコートをやたら恨めしそうに見てたからな。実際はNo.2の一輝よりも給料はいいだろうよ」
「じゃあおれ全然すごくないじゃんっ」
「俺からすれば肇は赤ちゃんだ」
「えー! それなんか悔しい!」
「つーか、いまでも十分稼いでんだろ。なにに金を使うことがあるんだ?」
「……もふもふぺん太」
「もふ……? なんだそれ」
「テレビでやってたよ! 水色のかわいいペンギンのグッズ、ぜんぶほしくて……」
「ぶふっ」
「あー! 笑った! もう志野なんてミジンコになればいいのにっ」
「そのグッズだけじゃ金使い切らないだろ」
「なんか服とかも出てたしグッズ自体が100以上あるからぜんぶ揃えようと思ったらまだまだいる」
「それなら頑張んないとな。はは、おもしれえ」
志野は意外とふつうに笑う。
それに優しい顔だ。
怖そうな見た目をしているのに、たぶん誰よりもあったかい人。
「でも志野、お母さんみたいだよ。すぐ心配して電話してくるし友人家まで迎えにくるし、暇人」
お母さんみたいだよ、と言ったのに、違和感がある。
おれは知らないから。
本当の母親はきっとこんな感じなんだろう。
「ははっ、暇人て。まぁ……気持ちはわかる。目を離した隙に誘拐されそうだから」
「おれ志野以外について行かないのに」
「そうじゃなくて、力があんまし強くないだろ? 大の男に無理やり連れていかれたら絶対勝てない」
「じゃあ志野みたいなマッチョになるっ」
「ははは、なんでよ。志野は全然マッチョじゃないし肇ちゃんががんばるとこは他にあるっしょ」
「他?」
「そそ。そういうことは力がある志野にぜんぶ任せたらいいんだよ。肇ちゃんががんばることって言ったら、まずは自分の思いを隠さないってとこな?」
おれの頭上には疑問符だらけだ。
営業を始めてから、世の中には理解できない用語が多いのを知った。
取引先との会話を終えて凛さんに連絡するなり用語の意味を教えてもらうことがたくさんある。
「嫌って言っても離してくれない人かもしれない」
「うん。実際に拉致ろうとしてるやつならそりゃ聞かないね。でも、志野やオレには言えるじゃん? 我慢しなくていいし、助けてって叫んでいいんだよ。肇ちゃんが一番がんばってできるようにした方がいいのはそこな」
「志野はおれのためにたくさんやってくれるのに、おれはそれだけでいいの? ……全然役に立ってないよ」
「いいのいいの。むしろ、それができなきゃずっと肇ちゃんは前に進めないし、志野との距離も空いてしまうからさ。役に立つとかじゃなくて、支え合うもんだろ? 恋人って」
「…………そう……なん、だ」
支え合う、恋人。
__そうか。
おれは志野の召使いでも、売春婦でもない。
恋人だから、甘えてもいいのかも。
しんどいときは、しんどいって……
「あれ、肇ちゃん? え、泣いてる?」
「……ぐす」
「わぁ! なんか悪いっ! そ、そんなのいきなり言われてもあれだよなぁ!」
「おい、一輝」
「ギャアァァア!! ちがう! ちがうんだ、志野!」
「……は?」
シャワーを浴びていたらしい志野が若干引き気味で一輝さんを見下ろす。
ソファから立ち上がった一輝さんはその背もたれに隠れてしまった。
止まらない涙を拭って志野を見上げると、驚いたように目を見開く。
「わ、悪い。いじめたわけじゃ、ないんだけど……泣かせちゃった」
「……」
「志野……一輝さんは、悪くないよ」
「…………ふ、よかったな」
「え?」
「お前、俺以外の人間といるときは相変わらず笑顔満天って感じで、泣いたり怒ったりできないだろ。それができてんだから、また成長したな」
「っ……」
「そうやって心を開けるやつが1人でも多くいれば、肇もいままでより生きやすくなる。人脈はあんのに相談できる友人いなすぎなんだよ、お前は。そういうのは必要だぞ」
「志野、たまに結構辛辣なこと言うよな。おっかね」
「大事な人間だからに決まってんだろ。俺に頼るときは変なプライドなんて捨ててなんでも言え」
くしゃくしゃと頭をなでられ、また涙がにじむ。
志野が好きだ。
誰よりも一番大切な家族になりたい人。
「はは、ほんと肇ちゃんは健気だもんなぁ。顔も性格も志野の好みド真ん中じゃね」
「茶化しにきただけならはやく帰れ」
「はいはい、邪魔者は消えますよ~。あ、そうだ。肇ちゃんのこと知った社長が会いたいってずっと言ってんだけ」
「却下だ」
「でしょうね」
「……一輝、例の件頼んだぞ」
「あいよ」
例の件?
なにもわからないまま、一輝さんは帰っていった。
おみやげにもらったせんべいを手に取って志野の方を見ると、少し険しい表情をしている。
「クスリ?」
「ちげーよ。大したことじゃないから気にしなくていい」
「そっか。……あのさ、志野。課長の仕事って、おれより給料低いの?」
「いきなり変な質問してくるよな……」
「だって志野、あのオジサンに言ってた。おれの方が稼いでるって」
「嘘だよ、あれは」
「え」
「あのオッサン、肇が着てるコートをやたら恨めしそうに見てたからな。実際はNo.2の一輝よりも給料はいいだろうよ」
「じゃあおれ全然すごくないじゃんっ」
「俺からすれば肇は赤ちゃんだ」
「えー! それなんか悔しい!」
「つーか、いまでも十分稼いでんだろ。なにに金を使うことがあるんだ?」
「……もふもふぺん太」
「もふ……? なんだそれ」
「テレビでやってたよ! 水色のかわいいペンギンのグッズ、ぜんぶほしくて……」
「ぶふっ」
「あー! 笑った! もう志野なんてミジンコになればいいのにっ」
「そのグッズだけじゃ金使い切らないだろ」
「なんか服とかも出てたしグッズ自体が100以上あるからぜんぶ揃えようと思ったらまだまだいる」
「それなら頑張んないとな。はは、おもしれえ」
志野は意外とふつうに笑う。
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