薄明かりの下で君は笑う

ひいらぎ

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「がお~……」

「肇、目が死んでんぞ。もう寝てろ。家に着いたら起こすから」

「やだ……寝たら志野どっかいく」

「どこにだよ。今日は仕事もないし、このまま帰るだけだ」

「ううん」

「…………はぁ、わかった。寝なくていい。ただ手は離すぞ?  運転できねえから」

「……うん」


眠い。
でも、寝るのは少し怖い。
もしかすると、本当に目を開けたときいないかもしれないから。


「心配しなくても、あいつは二度と近づいてこない。肇を脅かす存在は消えた」

「……志野はさ、大丈夫なの」

「なにがだ?」

「おれ……あのオジサンに何回もされてる」

「っ……それを言うな。引き返して八つ裂きにしたくなる」

「汚く、ない?  おれの体」

「あ?  汚くねえよ。あの気色悪い変態の100倍は俺とヤッてんだろ。そのうち記憶ごと消してやるから安心しろ」

「……ぷふ、頼もし。でもおれ、初めて言えたよ。イヤだって、あんなふうに」

「……」

「母さんと縁切るときも、おれは母さんがイヤだって言えなかった。ひとりで生きたいからって嘘ついたんだ。本当はおれのことを空気としか見てないあの人が……ずっと嫌いだった」


そっと頭をなでられる。
言いたかった。
自分の思ってることも、痛みも、志野に言うみたいにぜんぶ言ってしまいたかった。


「お前は優しいな。他人になんて優しくしなくていい、一番大切な自分に向けてやれ」

「志野は……さびしくない?」

「口数も少ない両親だったよ。だが俺は愛されてた。だからいまの人生になにも後悔はしてないし、肇がいてくれればそれでいい」

「そっか」


志野、かっこいいな……
やっぱり大好きだ。
俺の知らなかった家族の形を教えてくれる。

志野もまた、そう感じてるかもしれない。
二度と会えない家族への愛は、きっと誰よりもあるのだろう。


「かぞく……ふふふ」

「お前ほんと素直だなぁ……」

「かいじゅうズコーっ」

「酒飲んでんの?」

「お酒飲めない」

「缶1本でも立てないくらい弱いよな。まじで28かよ。実は4歳とかじゃねーの」

「かいじゅうおいしい」

「頼むから俺の前以外でそういうのすんなよ。確実に誘拐される」

「そういうのって?」

「……いま分かった、やっぱ肇の頭はマシュマロでできてんだな」

「え?  なになに、怖い。なんの話してるの」

「なんでもない。かわいいって言ってんだよ」

「っ……あそ」


志野にかわいいって言われた……
30手前なのに、嬉しい。
熱くなる顔を見られるのはマズいとぬいぐるみに隠したが、志野の顔を見たくなってこっそり盗み見る。

イケメンすぎる……怖いくらいの男前。
前髪が目を少しおおっている。
そこから覗くグレーがかった瞳が、色っぽさを際立たせている。

組織のボスが仮にこんな容姿だったら、いじめられてみたいかも……って。


「あ~っ、おれのバカバカ!  ムリ!」

「うわ、なんだ」

「志野の横顔きらい……死ぬ」

「諦めろ。これから一生見る顔だ」

「いやだぁ……っ、心臓もたない、ファンに刺される、まだ死にたくないぃっ」

「……安心しろ。俺のファンは訓練されてるやつばっかだ。俺が声をかけてくるなと言えば道端で会っても絶対に話しかけてこない」

「それ絶対、志野の顔怖いからじゃん……志野に言われたら誰だってルールやぶるわけない」

「ものは使いようなんだよ」

「……」


ホストの世界はよく知らない。
でも志野の立ち振る舞いにはいつも上品さがあって、なぜかおれまで圧倒される。
真似しているうちにおれも上品な人間になれそうだ。

そして昼前の帰宅。
家についた途端に緊張の糸が切れ、真っ先にベッドへダイブした。


「うぅぅ~っ、ただいまおれの家ぇ」

「そういや今日、一輝がくるっつってたな」

「え、そうなの?  いつ?」

「昼すぎ。何時かは知らねえ」

「それおれ聞いてない」

「ああ、言うの忘れてた」

「一輝さんに言うよ。志野が一輝さんミジンコだと思ってるって」

「どういう解釈してんだ。肇はいいのか?  あいつと会うのは」

「……?」


一輝さんと会うのはずいぶんと久しぶりのことだ。
だから嬉しい。
あの人は初めこそおれを関わると危険な人物扱いしていたらしいが、それは志野を思ってのことで。


「一輝さん、悪い人じゃないし。志野の友達だから、大丈夫だよ」

「悪いな」

「なにに対しての謝罪だ?」

「……ぷ、似合わね。カタコトじゃねーか」

「志野はかっこいいから似合うんだよ」


かっこいい。
声も視線も色っぽくて、見られるだけで下腹部が熱くなる。
さわられたい。
でも恥ずかしくて言えない。


「……」

「肇、腰が動いてる」

「!  ちがっ、ちょっと……かゆくて」

「へえ?  もうやんねえの?」

「……っ、やらない」


ベッドに腰かけた志野が、変な目でおれを見てくる。
どこを向いても恥ずかしさが消えないのに、それを楽しむような視線を感じる。


「な、なに。こっち見ないで」

「べつに?」

「っ……変な顔してる、!  もういいからっ」


志野の顔にぬいぐるみを押しつけた。
おれのことをイヤらしい目で見るから、変な意識を持ってしまった。


「志野のくせにっ」

「どういうことだ。おい肇、顔隠すなよ。顔が怪獣になってんぞ」

「……おれのこといじめるからやだ」

「いじめてないだろ?」

「変な目で見た」

「それはかわいい反応するお前が悪い。俺の身にもなれ」

「……おれのこと嫌いじゃない?  志野がイヤなら、もう……変なことしないから」

「お前ほんとそういうとこな……そうやって男を無意識に煽んなよ」

「?  わっ」


強い力で抱き寄せられ、志野といっしょにベッドへ倒れる。
おれの好きな匂いと熱が伝わって、鼓動が高なった。
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